”ウサギとS” トライアル連載中 好評なら本格連載します
マイケル・フランクリン
第1話 雑魚ウサギ
流行り病なのか、天罰なのかよくわからないことが起こっている。
名前はシンプルに怪物化現象。体の一部ないし全体が人間とかけ離れた怪物の姿に変わる。
例えば……頭からウサ耳が生えてきて、腕が毛むくじゃらになったりとか……
テレビで放映されていた遠い現実がいきなり近づいてきた。
それに気づいたのは今夜。
よりにもよってウサギか。
運命の皮肉に思わず笑ってしまった。
寂しがりで、死にたがりの僕にはふさわしいかもしれない。
こんな感傷に浸るのは一瞬さ。
車通りの少ない道路を跨ぐように立っている横断歩道橋。
幸いなことに今は、車が一台も通っていない。
誰にも迷惑をかけずに死ねる。
凄く痛いっていうことは覚悟している。
これから生きていてどうにかなるわけでもない。どうにもならない人生を生き続けるほうがきっと苦しいだろう。
欄干に手をかけて下を見下ろす。
「怪物は死にます。母さん許してください」
更に身を乗り出して、飛び降りようとする。
「待ちなさい」
ここには僕しかいないと思っていた。
突然聞こえてきた声に僕は戸惑った。
声の主はカメリア舞。同級生で学園のマドンナ。ストロベリーブロンドと翡翠の目。日本人離れしたしなやかで凹凸のはっきりしている体。
北欧のハーフ美少女だ。
「なんで君がこんなところに?」
「私の自由じゃない」
「それなら僕の邪魔をしないで欲しい」
「怪物になったから自殺するの?」
彼女の笑みには嘲りが含まれているかのようだった。
「なんでそれを?」
「あんたの耳と腕を見ればわかるわ」
「えっ」
僕は思わず体を抱えて耳と腕を隠そうとした。
「無駄。バレバレだから」
「分かっているなら逃げたほうがいい。怪物は人を見境なく襲うんだから」
「あんたのはレベル1だから大丈夫。それよりさ腹いせに殴られてくれない?」
「今なんて?」
カメリアは手慣れているようで欄干と僕とを手錠で素早く繋げる。呆けた僕は対応にすっかり遅れ……
頬と腹に衝撃が走った。
カメリアはまともに身動きが取れない僕にためらいなく暴行を重ねる。
殴られ過ぎて意識がボンヤリとしてくる。
「どうだ死にたがり。死にたいか? 女に馬鹿にされてボコボコにされたんだぞ?」
「ぐっ……やめて……やめて……ください」
情けない。死にたいと思っていたのに生きたいと思ってしまった。
「ざっこ。超笑える」
カメリアはそれだけ言うとその場から去っていった。
「ちくしょう……ちくしょう。僕はなんて弱いんだ」
翌朝。
僕は眠ることができなかった。
『死ぬ前にやること』が書かれたノートを取り出した。そのノートのチェック項目にはすべての項目にチェックが付いている。
死ぬ準備はしていたはずなのに……
僕は白紙の一ページに新たな『やること』をページいっぱいのでか文字で書き込む。
『カメリア舞に思いっきり仕返しをする』
授業が始まる前の教室には喧騒が響き渡る。他愛のないことばかりが聞こえてくる。死にたがりとは縁のない平和な会話だ。
机の木目を眺めていてもなにも変わらない。
朝のHR開始五分前。カメリア舞が登校してきた。彼女は学園のマドンナ。昨日の夜に見せた凶暴な本性は窺えない。
ばれないように見ていたつもりだったが、カメリアはそれを見透かすようにこちらを見てくる。
「くふっ」
なんなんだ。あの女は。
いけないいけない。腹を立てても仕方ない。あの女をギャフンと言わせることだけを考えるんだ。
僕が計画を思案していると、誰かが声をかけてくる。
「おい。寂野。寂野」
「えっ、はっ? はい?」
「教科書五十五ページ目の問い一を答えろ」
「ええと……」
僕はいきなり当てられたことに動揺してしばし沈黙してしまう。
みんなに注目されているような気がする。そして馬鹿にされているような気がする。
「寂野君。この答えは三だよ」
僕が答えに行き詰っている時に助け船を出してくれたのは隣の席にいるもう一人のマドンナ。花川良子さんだ。
「あっ、ありがとう花川さん」
と僕が礼を言うと彼女は柔和な笑みを浮かべて頷いた。
「三です」
「正解だ。ぼうっとするなよ寂野」
先生は僕を軽く窘めた後、授業を再開する。
昼食時。トイレにて。
ぼっち飯だ。普段なら陽キャ組に席を占領されたり、教室に居場所がないなと思いながら過ごす。しかし居場所がない方が、誰とも関わりがない方がいい。
なぜなら僕はこれからカメリア舞復讐計画を考えるからだ。
貴重な昼食時間を復讐計画の立案に費やし、得たことは一つ。
カメリア舞の弱点を徹底的に洗い出すことだ。
そのためには……すとー……いや、尾行をする必要がある。
人を付け回すことに良心の呵責はあったが、カメリア舞のやったことと比べればと考えれば大したことはないと思った。
よし。徹底的に弱点を突いてやるぞ。
胸を躍らせて尾行をした結果……
非の打ちどころがないというのが結論だった。
勉強は当たり前にできる。教科書的な問題ばかりではなく、応用力が求められる問題も簡単に解いてしまうから典型的ながり勉というわけじゃない。更に運動もよくできる。体力測定は歴代の最高記録から大きく差を付けて更新するし、その他の球技や格闘技も完璧であった。
おまけに副科目も完璧。
能力が高いということだけではなく、僕以外の人間には聖女のような態度を取っている。
人間味がない。
「ということなのだよ」
「あなたは誰ですか?」
「カメリア舞ファンクラブの創設者にしてファンクラブ会長の赤熊好蔵だ」
「はっ……はぁ……」
「俺達はカメリアちゃんに手を出さない限り、紳士的に接するつもりだから怯えないでくれたまえ」
「あっ、ありがとうございます。それと僕はファンというほど好きではないので……」
カメリア舞の厄介なファンから逃れたい一心で、適当に繕いその場を離れる。
「おかえりなさい」
誰もいない家に僕の声だけが響く。
母さんはパートに出かけているようだ。
僕は自分の夕飯だけ手早く作り、食事を済ませた。
自室の『死ぬ前にやること』のノートを見た。
今朝でかい文字で書いた『カメリア舞に思いっきり仕返しする』という文字が虚しく踊っていた。
「無理だろうな。完璧なあいつが僕ごとき凡人の仕掛けた罠に引っかかるとは思えない。むしろ反対に利用されてしまうだろう」
でも……あんなにボコボコにされたままなんて嫌だ。やり返さなきゃ死ぬに死にきれない。
「ああ……でもどうしようもないな。カメリア舞は完璧超人だ。真正面からやりあっても普通じゃ勝てないよ」
と独り言を呟いた時、僕は思い出すのだ。
僕は怪物になれるんだって。
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