第6話

「みんな、よく聞けぇええええ!!」


村長はその小さい体でどうやって出しているのかわからないくらい大きな声で叫んだ。


ざわついていた村人たちも村長の方を向いた。逃げる準備をする者、恐怖に震える者……そして家族と抱き合って慰め合う者がいた。その中にトリントンの姿を見てオレは心臓がギュッと込み上げてきた。


「ワシはこの方に全てを託すことにした!!!明日には首だけになろうとも……ワシは無様にここで足掻くつもりじゃああああ!!」


村長の声は、まるで地響きのように村の広場に響き渡った。かすれた喉から搾り出されたその言葉には、決して引き下がらない強い意志が込められていた。その目は血走り、額には冷や汗が光る。だが、その目には、もはや恐れも後悔もなかった。


ただ、覚悟だけがあった。


村人たちは一瞬、呆然とその場に立ち尽くす。誰もが心のどこかで、村長の言葉が一種の狂気に聞こえたのかもしれない。だが、村長の目が一人ひとりを見据えると、その視線に圧倒され、誰もが何も言えなくなった。


「共に覚悟のあるものは、村の広場に家中の食料をもってこい!!!麦、米、稗、粟、黍……否!家に巣食うネズミ一匹逃すでない!!全てを魔術師様に捧げるのじゃああああああ!!!」


村長の叫びが響くたび、周囲の空気が凍りつくような感覚が広がった。今まで動いていた村人たちの手が一瞬止まり、その後、まるで決意が固まったかのように動き出す。必死に食料を運び出し、広場に集める者たち。しかし、その動きに一切の無駄はなく、皆が自分の役目を果たすために、ただひたすらに行動を開始した。


(ネズミ……さすがに、食ったことないな……)


その中に、トリントンが立っていた。彼の目は、村長の背中を見つめていた。恐れと困惑が入り混じった表情を浮かべながらも、彼の心の中にも一つの決意が芽生え始めていた。それを見たオレの胸は、ぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。まるで、あの少年の全てを背負うような気がして、心がざわつく。


オレは何も言わず、ただその目を見つめた。言葉ではうまく伝えられないが、きっと彼は分かってくれる。力強く、そして何よりも自分を信じて進むしかないんだと、オレの心はそう確信していた。


その瞬間、オレはトリントンに向けてグッと親指を立てた。「任せておけ。心配するな!」と、無言で伝えたかった。声をかけるより、心の中でその意思を共有したかった。


トリントンの目が一瞬、驚きと戸惑いで揺れる。しかし、すぐに少しだけ表情が和らいだように見えた。まるで、オレの決意が彼に伝わったかのように。彼の瞳に、かすかな安心が浮かんだのが見えた。


それを見て、オレは少し胸を張った。これでいい、オレたちはもう迷わない。


お互い信じ合って、共に進むだけだ。


◇◆◇◆


その夜、村の広場にはありったけの食料が積まれた。一つのテーブルと一脚の椅子が用意され、オレは山に向かって座っていた。


その山は途方もなく大きく、夜月に照らされてその巨大な姿が暗闇の中で浮かび上がっていた。

頂上がどこにあるのかも分からないほど、山は広がり、見上げるだけで息が詰まりそうになる。

岩肌は荒々しく、ところどころに木々がひっそりと生えているが、その大きさに比べればほんの小さな点のように感じられた。

山の斜面は急勾配で、目を凝らすとその深い溝や割れ目がはっきりと見える。


まるで何もかもが押しつぶされそうな圧迫感を覚えた。


(こんなの……こんなのに穴を開けるなんて……)


想像すらできない。

こんなことをして、本当にいいのだろうか?いや、今はそれをしなくてはならない。

たとえそれが自然を傷つけることだとしても――いや、傷つけるどころか破壊することだとしても。


明日にはここにいるすべての人間が打首にされてしまうのだ。

オレが動かなければ、誰も助からない。

そのためには、何だってしなくてはならなかった。たとえ自分が何を犠牲にしようとも、この一瞬の選択が全てを決めるのだから。


覚悟を決めたオレに、村長が声をかけてきた。


「魔術師様……準備が整いました」


「村長さん。すみません。なにからなにまで……本当にありがとうございます」


オレは立ち上がり、深々と礼をした。村長はははっと笑いながら言った。


「救っていただくのはワシらの方ですじゃぞ」

「いえ……そもそもオレが魔法なんて使わなければ……オレにこんなことできるかどうか……救えるかどうかも分からないのに……」


オレは少し焦りながら、再度村長に頭を下げた。


「もし打首になったらすみません」

「貴方には救えますよ。……なんと言ってもこの村には、こういう言い伝えがあるんです」


村長が腕を広げ、神妙な顔つきで語り出した。


「白い紋様を腕に刻む者。粗末な衣を身に付け、少年を救い、やがて女神に誘われ、黄金の光を携えながら世界を救うという……」


オレはその話を聞いて固唾を飲んだ。


(あれ?これ、なんかナ◯シカっぽくないか?許可必要じゃない??大丈夫なの?)


思わず心の中でつっこんだが、もちろん口には出さなかった。


「いやぁ…ははっ」と、オレが話を誤魔化すように笑うと、村長は片腕を村民に向けて、何かを促すように合図を送った。


その瞬間、村民たちが次々と料理を運び始めた。最初にやってきたのは、どっしりとした大きな鍋を抱えた男が、汗をかきながら慎重にテーブルに並べていく。中からは湯気が立ち上り、トロリとした煮込み料理があふれんばかりに盛られている。その香りは、オレの鼻をクンクンと引き寄せて、思わず食欲が湧いてきた。


次に運ばれてきたのは、手作り感満載のパン。少し焦げ目がついているが、見た目からして素朴で温かみを感じる。その横には、いかにも地元産という色とりどりの野菜が並べられている。小さなトマト、甘い匂いを放つカボチャ、そして葉っぱが鮮やかなグリーンのサラダが、バランスよく盛り付けられていた。


続いて運ばれたのは、大きな陶器の皿に乗った焼き魚。少し黒く焼けた皮に包まれたその姿は、手間をかけて焼かれたものだと分かる。焦げた部分をうまく避けて、魚を取り分けると、思わず唾を飲み込んでしまった。


「これが、この村で採れた全ての食べ物じゃ。」と、村長が誇らしげに言った。


さらに、次々と料理が運ばれてきた。

色とりどりの果物、香り立つハーブがふんだんに使われたスープ、そして何やらとても不恰好な形の焼き菓子――焦げ目がついているが、何だか懐かしい味がしそうな予感がする。


テーブルの上に次々と料理が並べられていく様子は、まるで祭りのようだ。村民たちはそれぞれが料理を置いていき、あっという間にテーブルは食材で溢れかえった。正直、こんなにたくさんの料理を目の前にして、どれから手をつければいいのか迷ってしまう。


「どうだ、魔術師様。この村の誇りじゃ」


村長がにこやかに言うが、オレは料理の山を前にして、しばらく呆然と見つめるばかりだった。そして、頬をぱんっと両手で叩いて気合いを入れると手を合わせて合唱した。


なぜか、オレはあの森で出会った不思議な少女が口に出した祈りの言葉を思い出していた。


「神様仏様女神様……あなたの懐に包まれた、陸と川の糧をお与えくださり、感謝します。欠けなく満ちて恵むあなたの御心のご芳情に。


……いただきますっ!」


オレの、いや村民とオレたちの首をかけた戦いが始まった。

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