第3話
「ウフフ!これは驚いたわね!!」
女は孔雀のように派手な扇を仰ぎながら言った。
裾から覗く腕にはオレと同じように入れ墨が施されていた。それは赤く彩られ、優美なデザインで描かれていた。この女も魔術師なのか?いや、それよりも……。
女が扇を仰ぎ、腕が動くたびに豊満な胸が揺れるようだ。
これこれ!これこそ!異世界転生の醍醐味!!!不必要なほど綺麗な爆美女が現れるやつだ!!!!
オレはこの異世界転生にありがちな展開に少し興奮した。オレの興奮をよそに女は虫を見るような視線を投げた。いや、この後実際にオレたちは虫ケラ以下であったを知る。
「キサマら!サタチアナ様の前で頭が高いぞ!!」
いつの間にか兵士に取り囲まれていた。後ろから組み伏せられ、頭を地面に擦り付けられた。オレはなにがなんだか分からないまま、横を見るとトリントンは恐怖で硬直していた。
オレは嫌な予感を感じていた。
「放出した魔力制御もロクにできないなんて…とんだ下等魔術師だわ」
こんな田舎に派遣されて少しは期待したのにやんなっちゃう。女は、嫌味ったらしく言った。……前言撤回する。こいつは爆美女なんかではない。
「一体どこの魔術学院ご出身でいらっしゃるのかしら?」
サタナチアは顎をクィッと動かすとそれに合わせて兵士がオレの腕の衣服を無理やり捲った。
腕にはびっしりと独特な言語で描かれた入れ墨が刻まれていたが、女はそれを一目見て驚きの表情を浮かべた。
「あはっ……!あはは!これは偶然!まさかアナタみたいな下等魔術師と同じ学院の卒業生だなんて!しかもアナタ!」
あの噂の【無能なガルストン】じゃないーーーー!
オレはここで初めてオレの名を聞いた。
地面に押し付けられた顎が震え、口の中に土の味が広がるようだった。
◇◆◇◆
「む、無能……?」
トリントンが困惑ぎみに声を絞り出した。
「はは、アンタ坊やになにも話してないのネ?」
この男は魔術学院始まって以来の無能にして最弱!国も士官を拒否し!ギルドへの登録も拒絶された三流以下の下等魔術師よ!!
女は声高に叫ぶ。
心底人を見下すのが好きなようだった。
「そんな…だって、あんなすごい蛇を出したじゃないか……!」
「おおかた、違法な魔力増強剤でも使ったんでしょ。いやーねぇ」
「お、オレは……」
「うるさい!胸が大きいだけの性悪女!!」
トリントンは叫んだ。
周りの兵士たちもサタチアナにこき使われてそう思っているのか、一瞬だけ「おお」と、同調するような空気が広がった。しかし、それもサタチアナの表情が歪むとすぐに凍りついた。
「……様子を見るだけにしてあげようかと思ったけど、どうやらお仕置きが必要なようね」
サタチアナはパチっと扇を閉じると、トリントンの顎に乗せてグイッと持ち上げた。
「貴方ご存知かしら?国への登録のない魔術師に魔術使用を依頼するのは違法なのよ」
オレの頭に手から出て来た巨大な蛇が思い出された。
「脱法魔術師も、当然……依頼者も打首よ」
その言葉が響くと同時に、トリントンの首が一瞬にして動きを止めた。
サタナチアは冷然とした表情のまま、扇の端をスーッと一閃させた。その動きはまるで、首を刎ねるかのように鋭く、空気を裂く音さえ聞こえそうだ。
オレの目はその扇の動きに釘付けになり、トリントンの首が切り落とされる幻影が頭に浮かぶ。だが、サタナチアは首を刎ねることなく、その扇を優雅に返した。
トリントンは動けないまま、顔を青くして硬直していた。彼の喉が、言葉にならない喘ぎを漏らした。
「でも……私は優しいからそんなことはしないわ」
トリントンは少しホッとしたような顔をした。
その顔を見てからオレの嫌か予感は的中した。
「貴方、あそこの村人よね?……村人全員で明日までにあそこの山にトンネルを掘りなさい」
「……はっ?」
「明日の夜明けまでよ。トンネルが出来なければ……村人全員、打首よ」
そういうと、サタチアナは背中を向けてさっさと行ってしまった。兵士たちは心底気の毒そうに2人を見下ろしながらサタナチアの後に続いた。オレの体を抑えていたひょろりと背の高い兵士がオレの肩を慰めるように叩いて、森の中へと歩いて行った。
山にトンネルを掘るだって……?
そんなことできるわけがない。
しかも明日までにだと?
オレは、オレのしてしまったことの重大さに震えた。いや。知らなかったんだ。知らなかったのなら仕方がないじゃないか。それなら先に言ってくれよ。異世界転生だろ?主人公に優しくて都合の良いことだけ起こるのが醍醐味だろう?
だが、いつまで待っても下等生物と言われたオレたちは地面に付したままで、助けてくれる仲間も無論、爆美女現れることはなかった。
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