4. 闇堕ち美子ちゃん、あるいはエリザベス・ホームズは美文字だったのか問題

いつぞやあった某女優の不倫騒動は、(当事者以外の外野が)大騒ぎしたわりに思ったよりあっさり解決して、どんな結果であろうとまあよかったよかったてなものであった。

私自身は大して興味もなかったので、X(旧Twitter、までが正式名称ですよ)のトレンドとかタイムラインに大量に流れてくる、謎の有識者の声を流し見していただけだったんだが、あることが話題に上った時は俄然興味を持った。

と言っても、その女優自身に対してというより、彼女にまつわるとある一点についての世間の声になんだけど。

それは、彼女が不倫相手の男性に送っていたという手紙のこと。

今どきメールでもSNSでもなく、手紙という古風な手段で思いを伝えたということも驚きだったけど、それ以上に彼女の書く文字が、上手下手とかでなく、言うなればこの女優のイメージに沿った何とも可愛らしい字だったのが、面白いというか納得したというか、そんな感慨を抱いたわけ。

で、そう思ったのは私だけではなくて、世間(というかネット上)の声も似たようなものだったのが、更に興味深いと思った。と同時に、この件でとある女性のことを思い出した。

かつて、首都圏において年配の男性が次々と殺された事件があったのをご存じかしら?

「首都圏連続不審死事件」として有名なこの事件は、結婚詐欺などを働いていた木嶋佳苗(2017年に死刑が確定)による連続殺人事件である。


女が事件を起こすと、窃視症的下世話趣味を爆発させるのが世の常だけど(レベッカ・ソルニットの本の帯じゃないが、殺人犯の大半は男なんだがな)、特にこの事件は、マスコミもネットも巻き込んで世間の耳目を集めていた記憶がある。

それは、木嶋佳苗という女性が結婚詐欺を起こすような容姿のイメージではまったくなく、むしろ正反対の、言ってしまえば「不美人」の類いに属するような容貌の女性だったからだと思う。

たとえ一般的には結婚と縁遠い年齢と思われている老人が相手だったとしても、

「いくら何でもこんな醜女と……」

と思ってしまう容姿だった(思えば、人の容姿をあれこれ言いたがる人間の容姿だって似たようなものなんだが、誰でも自分のことは神棚に置くものだ)。

でも、そんな印象もとあることでひっくり返る。

木嶋佳苗の書く字が、それはそれは綺麗な字のお手本のような文字だったから(あと、本人が言うところでは世間で言うところのいわゆる「名器」だったというのもあるらしいけど、それは経験した人間でなければ証明できないことなので無視する!)。

たかが文字ごときで印象なんて変わるのかよ?

そう思われるだろうし、私も思っていた。

だけど、思ったより「書く文字=書く本人」というイメージは根強いらしく、木嶋佳苗の事件を扱った解説動画を見た際、その動画についていたコメントには、


「あんなに綺麗な字を書くのに」


というものが結構な数あったので、世間のイメージというのはそういうものらしい。

まー確かに、真偽のほどは不明だけど、

「文字は書く人の心を表している」

みたいなことを言う人もいるし、

「心を込めて書けば思いは伝わる」

てな信仰を持っている人も少なくない。

そういうこともあって、木嶋佳苗は本当は心の美しい人ってイメージを抱いてる人もいるんだろう。私にはちっとも理解できないけど。

でも、毎年末になると、本屋には年賀状の素材集と並んで美文字練習帳的な本もかなり並んでいる。それも平積みで。

平積みってことは需要があると見込んでいるからだろうし、自分の字にコンプレックスを持っていて綺麗な文字を書きたい、美文字を書きたいと憧れている人が相当数いるから、毎年同じような内容だろうとせっせと出版してるんだろう。

でもさー、いくら字が綺麗でも、書いてることがバカみたいなのだったらどうよ? と思うんだがな。

実際、かの女優が書いていたことだって、お相手だけに向けた秘密の、すんごいプライベートな、はっきり言って下世話な内容じゃなかったっけ?

とはいえ、そんな内容をあの字で書いていたってことが、萌えポイント高いってことなんだろう。

そりゃあ読めないような汚文字よりは、そりゃ綺麗な字の方がいいとは思うけど、読めれば十分じゃね?

なーんて言っておきながら、

「植草甚一の字好きなんだよねー」

「(翻訳家の)柴田さんの字も可愛いんですよー」

なんて、上記の話題で司書さんや職員さんと、図書館で文字談義していた私も似たようなもんかもしれんが。


と、ここでこの人の字はどうだったのか気になった。

エリザベス・ホームズ(Elizabeth Holmes)、アメリカのバイオテクノロジー企業セラノス(Theranos)の創業者であり、詐欺罪で有罪判決を受けて、現在は刑務所に収監中である。

ホームズならびにセラノスは、

「指先からした採取ごく少量の血液で、病気などの検査が出来る」

というアイデアを実用化したバイオベンチャー企業だった。

フォーブスの「Under 30 Dores Award」に選ばれたり、タイム誌の「影響力のある100人」に選ばれるほどで、一時期のセラノスはトレンドの投資先ナンバーワンであり、エリザベス・ホームズは人類の未来を救うヒロインのように持て囃されていた。

しかし、セラノスの技術に疑問を持ったウォール・ストリート・ジャーナルの記者が調査し、会社の実態を記事にしてからはあっという間に転落、今に至っている。

セラノスのゴタゴタはもちろん面白いのだけど(企業の不祥事でご飯3杯イケるし、第三者委員会の調査報告書マニアでもあるので)、それ以上にエリザベス・ホームズという人がめっちゃくちゃ面白い。いかにも、大量の砂を盛って盛って、ちゃんと踏み固めずに100階建てビルを建てちゃった感じの、イマドキの「最高瞬間風速だけは最速の時代の寵児」って印象が。

スティーブ・ジョブズを尊敬しているから、公の場に出る時は彼の真似をして必ず黒のタートルネックを着用していたなんてのはまだ序の口で、プロモーションやインタビューに答えている映像を見ている限りでは、女の人としてはだいぶ低い声なのねと思ってたんだけど、実はそれは作っていたもので、実際は「女性らしい声」だったなんて証言がある(かすれ気味の男声で、小さい時から「男の子ですか」だの「風邪引いてる?」とか言われて育った人間としては、彼女の声は確かに違和感があったな)。

それだけなら、セルフ・プロモーションに長けてるんだなってだけで、特に面白い人とは思わない。

けど、エリザベス・ホームズが並みの女、並みのベンチャー企業のトップと違うのは、異常なほどの「人たらし」なところ、それもアメリカのエスタブリッシュメントの面々を軒並みメロメロにしていた。

セラノスが勢いに乗っていた頃の、取締役会のメンバーをざっと挙げていくとだね……


・ルパート・マードック(言わずと知れたメディア王)

・ウォルトン一族(ウォルマートの創業者一族)

・ベッツィ・デヴォス(トランプ政権で教育長官を務めた。ちなみにデヴォス一族はアムウェイの創業者一族であります)

・ヘンリー・キッシンジャー(元国務長官)

・ジョージ・シュルツ(元国務長官)

・ウィリアム・ペリー(元国防長官)

・ジェームズ・マティス(トランプ政権で国防長官を務めた)

・サム・ナン(元上院議員)

・ゲーリー・ルグヘッド(元米海軍提督)

・リチャード・コバケビッチ(元ウェルズ・ファーゴ会長兼CEO)

・ライリー・P・ベクテル(アメリカの建設会業グループのベクテル元CEO)


と、うんざりするくらい大物揃いの脂っこいメンツが並んでいて、読んでるだけで胃がもたれてくる。

中でも、今年100歳で亡くなったキッシンジャーは、相当彼女に首ったけだったらしい。ジイさん、老いてなおお盛んでしたなぁ(失笑)

それ以前からホームズは自分よりかなり年上の、主に男性を夢中にさせてしまう魅力はあったようで、セラノスのCOO(最高執行責任者)としてホームズのビジネスの、そしてプライベートでもパートナーでもあった(そして、一緒に捕まって、裁判で互いに非難し合うことになった)ラメシュ・”サニー”・バルワニとは、高校卒業直後に北京で出会って、その後大学中退後から恋人関係になっているんだけど、二人の歳の差は何と19! それも二人が出会った時、バルワニは既婚者だった(その後離婚している)。

これほどの社会的地位も名声もある人々が、将来性なんてまったく分からない小娘に良いように使われて、結果恥をかいちゃったわけだけど、その手練手管がどんなものだったのか気になる。


さすがに枕……ってことなないはずなので、よほど言葉が巧みなのかもしれないし、やはり木嶋佳苗方式に時代に逆らって手紙で落としたのかもしれない。

エリザベス・ホームズの書き文字を探そうとしたけど、出てくるのはバルワニが書いたものばかりで、彼女がどんな字を書いていたかはいまだ謎である。

そして、現在彼女は新しいパートナーとの間に二人の子どもをもうけているのだけど、妊娠したのが一人目は公判中、二人目は判決後というタイミングだったので、

「もしかして、裁判の延期とか減刑を狙ってわざとその時期に?」

なんて疑惑を持たれていたなんてニュースもありました。

どこまで話題の中心にいたがるんだか。

(と、ここで余談。イタリアのオムニバス映画『昨日・今日・明日』には、この「妊娠中は法的に猶予される」ことを逆手に取ったエピソードがあって、すごく面白いよ。

でも、最後には夫のマルチェロ・マストロヤンニが「体が持たない」と根を上げて、妻のソフィア・ローレンが仕方ないわねーって刑務所に入るんです。どっちの体がしんどいんだよ。まったく、これだから男ってやつはよー)


文字を書くことが少なくなったことで、逆に手書き文字が新鮮に見えるようになったのも事実なので、みんなも美文字を目指そう!

そんでもって、平安時代よろしく(今年の大河ドラマの舞台は平安時代だしね)手紙でイケメンを落とそう!

と、無責任に書いてみたでやんす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る