一章
一人暮らしと鬼と学校と
朝の5:30、高校生にしては早い時間に起きた彼方は弁当作りに励んでいた。二段の弁当箱の片方に白米を入れ、もう片方には卵焼きやウインナーを詰めてふたをすれば大体の準備は完了し、後は登校するだけである。ただし、厄介な同居人を無視すれば、だが。
「ふぁあ、眠」
「おはよう。君の朝ごはんならダイニングにもう用意してあるよ、ぐれ———
「名前で呼ばないでくれる?弱っちいやつには呼ばせたくないの」
二階から降りてきたのは、可憐な少女である。もっとも、額に生えた角が彼女が人間でないことを高らかに主張しているが。
彼女は、紅蓮。召喚士である雨宮彼方の召喚獣である。
「…わかった。俺はもう出るから、頼むから家からは出ないでくれよ。ゲームとかマンガは好きにしていいから」
「朝からうるさいわね」
「しょうがないだろ、お前のことは秘密にしてるんだから」
「ふん。で、ご飯は?」
「ダイニングにもう置いてあるよ」
彼方はダイニングを指さす。出来立ての朝食からは湯気が立ち上っていた。
「アタシそれ食べたい」
しかし、紅蓮が指をさしたのは彼方の弁当だった。
「これ俺のなんだが」
「あれじゃ足りない。アタシの召喚主サマは自分の召喚獣を飢えさせるおつもり?」
「……わかったよ」
からかうような口調とは裏腹に、彼女は満面の笑みで弁当を受け取る。食い意地が張るのか、それとも彼方から何かしら奪って意地悪をしたいのか、判断はつかない。
彼方の一人暮らしは彼女の存在ですっかり様変わりしてしまった。そも、一人暮らしというのかすら怪しい。増えた負担を必要経費と無理やり割り切って、彼方はいくらか軽い鞄とともに高校へと向かった。
「おはよう、彼方。今日も弁当?」
「いいや、寝坊したんで学食。てか、朝から昼の話かよ」
「食い意地張りすぎなんじゃない。そんな体してるよ、岡本」
「誰がデブだ」
朝、早めの時間に登校した彼方の席には二人の友人が集まってきていた。ふくよかな体をしているのは岡本で、小さめな背丈に黒縁のメガネが磯原だ。入学のころからつるんでいた三人は、3年とも同じクラスになるという幸運により、朝はこうやってしゃべることが普通になっていた。
「ちょっとは瘦せたらどうよ、ダイエットしたって言ってたじゃん?」
「しょうがねーだろ、俺そういうジョブだし」
「太るジョブなんてないでしょ。ほら、彼方もなんか言ってやって」
「ジョブが重戦士なら脂肪じゃなくて筋肉をだな……」
「余計なお世話だ!」
いつものようにたわいもない会話を続ける三人。朝のクラスルームはまだ先で、空いた時間は他のクラスメイトにとっても雑談のいい機会なのか教室はにぎやかだ。そのとき、教室に一人の少女が入ってきた。
「あっ、四条院さん、おはよー」
「「おはよー」」
「おはよう、みんな」
少女の登校は、クラスメイトの注目を引く。入ってきたのは長い黒髪でポニーテールを作っている少女だった。その少女の名前は四条院凛。名前の通りの凛とした美貌にさっぱりとした性格、風紀委員長を務めることもあってクラスの人気者である。だが、それだけではない。
「今日も剣の練習?」
「えぇ、毎日欠かせないからね。うち道場だし」
「ホントすごい。ジョブも剣士なんでしょ?いいよねぇ」
「そうかな。別にそんな―――
「いやいや、剣士って大当たりじゃん。そうだったっしょ?」
「ネットの感じ、ぽいわ」
「でしょ~」
彼女のジョブは剣士。名の通り剣を扱うことに優れることで知られる剣士は、優秀なジョブの一つとして有名であった。身体能力や剣の扱いに対する恩恵、場合によっては斬撃の延長といった不可能すら可能にするそのジョブはあこがれの的であり、また、第一線の冒険者にも剣士が多くいた。そのジョブを得ているということは、彼女にもその道が開けるということである。
彼方たち3人はそのやり取りを聞き、ため息をついた。
「ジョブかぁ。いいよな、優良ジョブ引けた奴は」
「お前の重戦士も割と当たりじゃないか?岡本」
「ビミョいよ、案外。おかげで人気もないわ」
「デブだし」
「デブは関係ないだろ。てかデブじゃねぇし」
岡本は不服そうだ。
「磯原はいいよなぁ。ジョブ薬師でもう内定出てんだろ?」
「まあね」
「高3とはいえ、今6月だぞ?羨ましいわ」
「ごめんねぇ~?」
「「けっ」」
磯原のジョブは薬師。これもまた、有名なジョブの一つである。このジョブは特に、ダンジョンから産出される素材から優れた効能を持つポーションを作り出せるジョブとして有名である。ダンジョン内で取れる素材は、そのほとんどが地上での入手に期待できないものであり、また、加工についても特別な操作や機械、ジョブなどを要求することがほとんどだ。『薬師』は、素材によっては難病や四肢の欠損すら治すものを作ることから、基本的に引く手あまたである。
「四条院さんを羨んでるの頭に来るな。お前の方がよっぽどだろ」
「流石、召喚士の言うことには説得力があるわ」
「殴るぞ」
「ごめんて」
いつも通りの軽口の応酬。ただ、磯原には引っかかることがあるようで―――
「召喚士はハズレっていうけどさ、実際どうなん?」
「実際って?」
「どうハズレなのかなって」
「あぁ~、俺も気になる。何ができるかも知らないし」
二人は彼方に説明を求めているらしい。
「聞く覚悟はあるのか?」
「なんで覚悟がいるんだよ」
「9割がた愚痴になるんだよ、俺の」
「まじかよ」
「そこまで言うなら聞いてやろうじゃんか、なあ磯原」
「えぇ~、いや、まあいいけど」
二人は乗り気だった。それをみて、彼方も話す覚悟を決める。
「そうだな。じゃあ、昼休みに屋上で」
「今じゃねえのかよ」
「私は召喚士に憎悪を抱いているが、それを言い終えるにはこの時間は短すぎる」
「フェルマーかよ」
「そんな長くなんの?クーリングオフできない?」
「逃がさん」
結局のところ、説明は昼休みに持ち越しになった。
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