ハズレジョブ召喚士で最強になるために、俺は召喚獣に教えを乞う。

ココノエ

プロローグ

土下座、それは最もシンプルで効果的で情けない一手

 薄暗い石室は、揺らめくロウソクの明かりであやしい雰囲気を醸し出していた。


 閉塞感のある空間に、カリカリと何かをひっかくような音が木霊こだまする。その音に耳を傾けたものがいたならば、それが何かを描く音であることが分かるだろう。


 石室には一人の少年がいた。上下ジャージに汚れたスニーカー、ヘルメットを着用した姿はどうにも不格好だった。関節や股間を守るプロテクターも着用していたが、それに不慣れなことが一目でわかってしまう。


「……出来た」


 少年が顔を上げた。立ち上がった彼の足元には円や複数の曲線、いくつかの図形からなる複雑な紋様が描かれている。


 少年は緊張した面持ちでヘルメットを脱ぎ、部屋を見渡した。何かを確認すると、そのまま彼は部屋の端まで歩いていく。床の紋様に目を向ければ、それが大きな円の内側に描かれていることが分かるだろう。


 それはだった。


「……よし」


 部屋の端、魔方陣と向き合う形になった少年はしゃがみ込み、陣に手を置く。すると、少年の行動に呼応するかのごとく、魔法陣が白い光を発した。密室に風が渦巻き、蠟燭の炎が揺らめく。空間そのものが莫大なエネルギーを帯びるように圧迫感を増し、大気に火花が散った。


「来い!」

 少年が叫ぶ。

 刹那せつな、目も眩むような極光が部屋を包んだ。






 少しして光は収まった。だが、少年は動けずにいる。眩んだ眼はいまだ回復していないが、それ以外の感覚が全力で警鐘を鳴らしている。

 いる。が、彼の前に。肌の粟立つ感覚に、少年の背筋に冷たい汗が伝う。


「へぇ、アンタがアタシを呼んだのね」


 突然の問いかけに、少年は体を強張らせた。ゆっくりと顔を上げれば、魔法陣の中心で仁王立ちするが目に入る。


「弱そうね。こんなのに呼ばれちゃったのかしら?」


 凛とした声が響く。言葉の主は落胆したようで、ずいぶんと辛辣であった。

 だが、少年は言葉を忘れ、じっとを見つめていた。


 そこにいたのは、鬼だった。

 

 薄暗い石室であっても艶めいて見える長い黒髪に、額から突き出て髪をかき分けるのは一対の角。背丈こそ平均的な少女のそれであるものの、肉付きが良く健康的な肢体がはだけた着物からのぞくその姿は、思わず見惚みほれるような魅力を感じさせる。美しく整った顔立ちもまた彼女の魅力を一段高いものにしているが、それ以上に、ひそめられた眉と釣り目がちなその赤い瞳は勝気な印象を与える。


「アタシは紅蓮ぐれん。ねえ、黙ってないででなんか言いなよ。潰しちゃうよ?」


 同時、途方もない威圧感が少年に圧し掛かった。

 あまりの恐ろしさに、息をすることすらままならない。全身から力が抜け、膝から崩れ落ちてしまいそうになる。気づけば少年は後ずさりしていた。

 相対する少年は確信していた。この鬼の機嫌を損ねてはならない。次の一言、自分の発するそれの内容によっては、自分はそこまでの命だろうと。


 極限の緊張感の中、少年は覚悟を決める。ここが分水嶺ぶんすいれいだと。ここを逃せば自分は、その考えが脳裏によぎるや否や彼は行動を起こしていた。


「なっ――」


 行動を起こすなどとは思っていなかったのだろう、鬼の少女の驚きを置き去りにして、少年は前に跳ぶ。

 一歩目の踏み込みは強く床を踏みしめ、加速は一瞬で周囲の光景を置き去りにする。

 二歩目の踏み込みは鬼の少女の目の前、時が止まったかと錯覚するような刹那は紛れもない少女の隙。


 得た一瞬、それは、彼にとっては十分すぎる時間で―――






「俺に戦い方を教えてください!」

「……はぁ⁉」




 どさり、と。

 頭を低く下げる形で、彼は両手を床について倒れ伏した。


 土下座である。

 恥も外聞もかなぐり捨てた、全力の懇願こんがん







 その日、雨宮彼方あまみやかなたは自分の召喚獣に教えを乞うた。

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