夫の真実 妻の秘密

凛子

第1話

 小学生の娘を持つ料理上手な専業主婦の佐谷さたに絵美子えみこは、結婚して十年になる。

 毎日美味しい料理を作って、夫と子供の帰りを待つ……そんな専業主婦になる夢を叶えてくれた優しくて家族思いな夫の春馬はるまと三人で、幸せな生活を送っている――ように見えるが、絵美子は気付いていた。


 春馬は浮気をしている。


 だが、春馬は真面目で働き者で、休日には毎週家族と一緒に出かけるようないい夫だった。絵美子にも優しく、子供が小さいうちは子育ても積極的に協力した。

 そんなこともあって、絵美子は一度くらいの浮気は目をつぶるつもりでいた。


 月に数回、飲み会だと言って帰りが遅くなる日に、浮気相手と会っているようだった。

 浮気は、する方にもされる方にも原因がある、などと言うが、確かに絵美子には思いあたる節があった。

 最近、春馬を構ってあげれていなかったのだ。




 夕食時、春馬が言った。


「明日は会社の飲み会だから、晩御飯はいらないよ」


 ――来たか、と思いながらも冷静に「わかったわ」と絵美子は返事した。


 その夜、先にベッドに入った春馬が完全に眠りに落ちたことを確認すると、絵美子はそっと布団をめくり、息を潜めて春馬のパジャマをゆっくりとまくり上げた。

 そして起こさないように、慎重を期して事に及んだ。


 翌朝、絵美子は朝食の準備をしながら、まだかまだか、とドキドキしながら春馬を待った。

 スーツ姿でダイニングテーブルに着いた春馬は、着替えをしながら寄ってきた娘の美香みかと話しながら、普段と変わらぬ様子でコーヒーを啜り、トーストを頬張っていた。

 向かいの席に座った絵美子は、逸る気持ちを悟られないように装うので必死だった。

 出勤時刻になり、いつものように絵美子は玄関で春馬を見送った。


 春馬はどんな顔をして帰宅するのだろうか。


 浮気相手の前でワイシャツを脱いだ時の春馬を想像すると……。

 帰宅して自分と視線を合わせた時の春馬の表情を想像すると……。


 絵美子はドキドキが止まらなかった。


 ぱっと思い付いたイタズラだった。

 春馬の乳輪を鼻に見立てて、アン◯ンマンとバイ◯ンマンの絵を描いたのだ。




 玄関の鍵が開く音が聞こえた。春馬の足音が近付いてくる。

 絵美子の心臓が鼓動を速める。

 そしてリビングの扉が開いた。


 春馬は――


 視線を交わした絵美子は、胸が張り裂けそうになった。


 春馬の頬には涙が伝っていた。


 これでおあいこだよ、とはならない状況を目の当たりにして、絵美子は罪悪感に苛まれた。


 春馬は今日までドキドキしながら過ごしていたのだろうか。

 バレはしないだろうか、と絵美子のように……。



 絵美子はスマホを手に取ると、メールを送信した。


『もう会えません さようなら』






【完】

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夫の真実 妻の秘密 凛子 @rinko551211

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