カントリーハッキングロード
中野半袖
第1話
「ハッカー様」
俺はこの村でそう呼ばれている。
村の人たちは、村長の家の離れに住んでいる俺のところに毎朝来ては手を合わせて頭を下げていく。
中には数珠をじゃらじゃらと鳴らしながら、お経をブツブツと唱え出す者までいる。
俺は宗教の類いは全く信じていないし、興味も無い。だから例えば、俺が某かの新興宗教の一番偉い人というわけではない。そんな胡散臭いものはこっちから願い下げである。
ところが村人たちは、毎日毎日、俺が起床するまで庭で待ち、縁側の木戸を開けたところでわっと近づいてくる。
「ハッカー様、是非これを召し上がってください」
そう言って、村人の一人がまんじゅうを差し出す。するとまた別の村人が、こちらもどうぞとポットに入った熱々のお茶をくれる。
俺はニコニコ笑って「どうもありがとう」と頭を下げる。
そうなると、村人は慌てて土下座状態となり「もったいねえもったいねえ」と言って、地面に額を擦りつけんばかりに頭を下げるのだった。
ここ一ヶ月は、ずっとこんな調子だ。
村人の訪問が一段落したところで、俺はお供え物のまんじゅうを頬張り、高級玉露入りのお茶を飲んだ。
俺は喋るお地蔵様でも、仏様でもない。
新品のハイライトの封を開け、一本取りだして口に咥えた。すると、横からにゅうっとライターを持った生白い腕が伸びてきて火をつけた。タバコをひと吸いしてから「ありがとう」と言って振り向くが、もうそこには誰もいない。
この家のお手伝いさんらしいのだが、まだ一度も顔を見たことがない。影に徹するのがお手伝いのプロということなのかもしれない。プロ意識が高いのは良いことだ。
空にはトンビが旋回して、食べ物を探しているようだ。
小高い丘の上に建っているこの家の縁側からは、村が一望できる。
一望できたところで、せいぜい見えるのは田んぼと畑と田舎造りの民家と軽トラ、それと、ぐうぃんの祠くらいである。
軽トラは一家に一台あるらしく、田んぼや畑の周りに駐まっているとその近くには村人が農業にいそしんでいる。
車を脚にするということを本当にそのまま行っているようで、隣家や畑までのほんの十数メートルでも必ず軽トラに乗っていく。なので、俺への訪問のために毎朝この家の庭は、軽トラックでごった返している。
縦横無尽に停められた軽トラックで埋め尽くされた庭に、さらに軽トラックが入ってくる。これではどうやっても出られないと思われるのだが、村人には超能力が備わっているようで、事故も起こらずすいすいと出て行くのだった。
お昼になると、食卓にはできたての料理が並べられる。俺ひとりでは到底食べ切れまいと思うほど様々な品があり、イワナのような川魚の塩焼きと沢庵と白米以外の料理は一切なんだか分からない。
しかし、どれもこれも絶品に次ぐ絶品で気がつくと全部腹の中に収まっている。
「オベツの煮付けは美味いどな」
村長の村重重三郎がそう言っていたが、どれのことを言っているのか分からない。最初に挙げた3品以外はすべて煮付けだからだ。
昼寝をした後、家の周辺を散歩する。
ここは本当に何も無いので、向こうの山を見たり、空を見たり、川を見たり、飛んでいるトンボを飽きるまで追いかけたりしているうちに夕暮れが近づく。
そうするとまた、村人たちが集まってきて「今日も一日ありがとうございました」と、拝んだり、農作物を持ってきたりした後、ぐうぃんの祠へと寄ってから自宅に戻っていく。
夜は夜で、また豪勢な料理が出され、この辺で一番上等だという酒を飲まされる。良い気分になったところで、風呂に入り、部屋に戻ると綺麗に布団が敷かれている。吸い込まれるように寝転ぶと、朝までぐっすりで一日が終わる。
あ、忘れていたが、晩ご飯の前にパソコンを少しだけ触る。その時間になると、村重が部屋にやってくるからだ。
村重は、パソコンに向かっている俺を見るなり「今日もお疲れ様でした。ハッカー様が来てからというもの、この村の未来は安泰です」と言って、頭を畳に擦り付けると「ではまた明日もよろしくお願いします」と言い、紫色の風呂敷に包まれた一〇〇万円の札束を置いて部屋を出て行くのだった。
ほとんど何もしていない俺が、なぜこんなにも贅沢な扱いを受けるのか。夜にパソコンを少しだけ触るだけで、どうしてこんなにも好待遇なのか。
正直、俺にも分からない。
だれか、助けてくれ。
カントリーハッキングロード 中野半袖 @ikuze
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