自分で自己記憶を消したの仙人はただ平和に暮らしたい

KINSHINNAKI

第1話ー自由的笼中鸟

「磔家の大長老、そして霊界の大仙 千名せんみょうによる判決。非道で恩知らずな者ーー磔無間ジェ ムケンを釈放させる!」


 通天高いの鎖仙柱くさりはしがゆっくりと上昇し、無間の背中の肉を引き裂いていく。熱い血が細い流れとなって背から滴り、冷たい石床に凝り固まっていった。


「はぁ…」


 無間は霊力を巡らせて裂けた肉を徐々に癒し、服を着直すと、守柱の者の声に従って出口に向かって歩き出した。


「まるまる一年か…」


 無間は振り返り、巨大な四角い石に目を向けた。その四面に霊界の石工が手ずから刻んだ「封」の大きな字が浮かんでおり、凶悪な悪仙を封じ込めるためできた柱だった。


 久しぶりに見た外の太陽の光があまりに眩しく、しばらくの間に、無間の目が段々慣れていく。磔家の掟によれば、鎖仙柱から解放された人は祠堂に行き、大長老の判決書を受け取る必要がある。無間は記憶を頼りに祠堂に向かうが、広大な堂内には誰の姿も見当たらない。


「誰もいない。。。」


 無間は即座に警戒を強めた。磔家の上層部が急に手の平を返すことには慣れているし、磔家は仙人の名家でもある。何人かの仙人が突然現れて自分を捕らえる可能性も否定できない。


「ワシがいるんだから何が怖っている?」


 後ろを振り返ると、古風な祠堂の入り口に立っていたのは、流行のグッチのスーツに身を包んだ老人だった。切り揃えた短い白髪がピカピカと光っており、見た目もやたらに若々しい。


「おはようございます、師匠。」無間はその老人に礼をしながら言った。「その姿が、ちょっと目立ち過ぎませんか?」


「今時の若者ってのはみんなこうな風にしてるじゃない。仙服よりよっぽどマシだろ。さぁ、空港へ行くぞ。」老人は胸ポケットにサングラスを仕舞うと、無間の手を取って剣に乗り、磔家を後にしようとした。


「スーツ着て剣に乗る人なんて。。。」


 無間はぽかんとしたまま、その老人に連れられて空港に向かう理由も分からず呆然としていた。まだ15歳の自分は学業を放り出して、どこへ行こうというのか。

「学校に戻らないといけないんですけど。」無間が老人に告げる。


「あんな家庭がある限り、学校で勉強よくできるのか?」老人は剣の先に立って両手を広げ、吹き付ける風を味わっていた。「それにお前の彼女のところに行けばいいでしょ?」


「。。。」遊び人の師匠がどうしてその話を知っているのか、無間は驚いて尋ねた。「どうしてそんなことを知っているんですか?」


「お前の秘密ぐらい分かりやすい。お前の糸玉のような乱れる霊力がその証だ。」老人は無間の頭を軽く叩きながら言った。「千名様は名誉をかけてお前を鎖仙柱から救い出した。磔家がある限り、お前が暇な日々ができん。それならちょうどいい、あの小娘の元に送り出してやろう。」


 無間は下を向いて、口をつぐんでしまった。


「そんなに沈んだ顔をするな。長いこと柱の下で過ごして、ワシの言う事も聞き取れなくなったか?」


「別に…そういうわけじゃないんですが…」


「安心して行ってこい。あの子との縁はまだ終わっていない。」



 重慶、江北空港…


 無間が剣から飛び降りると、ターミナルの入口には年齢もまちまちな一衆が彼を待っていた。その先頭には霊剣宗れいけんしゅう掌門ちょうもんが無間の荷物を手に持っている。


「おはようございます、師匠たち。」


 そこにいる仙人たちは、無間に法術を教えた恩師たちであり、皆、化神けしん大円満だいえんまんの境界に達した霊界の頂点に立つ者たちだ。無間は、自分ごときのためにこのような偉大な師たちが見送りに来ることなど、全く想像できなかった。


「ほら、これがチケットだ。」霊剣宗の掌門は、機内チケットと荷物を無間に手渡した。「飛行機がすぐに到着するぞ、急げ。」


 霊剣宗の掌門は無間の服装をさっと整え、他の人たちも道を開けて、彼が直接搭乗口へ向かえるようにしてくれた。


「ありがとうございました。」


「それから虚淵環ひょうえんリングも忘れるな、青虹剣も中に入っているぞ。鞘をしっかりつけておけ、変な件が起きるを避けるためにな。」


 人ごみの中から、黒い手首輪が飛び出してきた。無間はそれを素早く受け取り、右手に装着する。


「承知しました。」無間は虚淵環に霊力を注ぎ、人差し指を前にかざすと、指先に小さな黒い穴が現れる。そこに手を突っ込むと、手にはひび割れた翡翠の玉佩が現れ、「磔無間」の三文字が刻まれていた。


「そのぎょくは身分証明として使うものだぞ。何でわざわざ出してきたんだ。」掌門の一人がそう言う。


「玉を霊界に返還したいんです。もはや自分にとって不要なものですから。」


 驚いた無間の師匠が、彼の手首を掴み言った。「そんなことをすれば、現世で仙人の身分を放棄するも同然だぞ。この事はお前は知っているはずだ。」


「わかっています。この一年間で、僕の丹田は干上がり、わずかな霊力も剣を使うことと虚淵環を開くことくらいしかできません。」無間は師の手をそっと外し、玉佩を霊剣宗の掌門に差し出した。「むしろ普通の人間としてそこに暮らす方が良いのです。でも、もし霊界に何かあれば、何があったも僕も全力で参ります。」


「お前はそう言うと思った。」霊剣宗の掌門は、色とりどりの瓢箪を無間に差し出した。「この瓢箪を持っていけ。機内で開けるなよ。飛行機に乗ったら瓢箪を振ってすると大きな丹薬が出てくる。それを飲めば少し霊力が回復する。残りの丹薬は、お前の丹田と霊脈を滋養するためのものだ。」


 葫蘆の口には赤い封蝋が施されており、側面には「太上炉」の三文字が刻まれていた。霊薬として有名な太上炉から作られたこの薬は、数千年の貴重な薬草で作れたものだ、どうのくらい劣ったでも上品もの。無間は瓢箪を受けた、胸は複雑な思いでいっぱいになった。


「前のは壊れていたから、この新しい玉を持って。」別の掌門が歩み寄り、袖から取り出したのは、龍と鳳凰の彫刻が施された新しい玉佩だった。先ほどのものよりも精巧で、内部に乾坤図のような霊力の模様が透かし彫りされ、中には何かが収められていた。


「ありがとうございます。ところで師匠、この中には何が…?」


「お前の第二の身分証と、ニュース・オフ・ディのようなものにすればいい。」


「そろそろ時間だ。皆、道を開けて無間が登機できるようにしよう。」


 師匠たちは道を開け、その先にはターミナルの入口が見えていた。無間は喜びに満ちた師匠たちの視線に、入口に進み、その前で振り返り、掌門たちに向かって深々と一礼した。


「無間は、師匠たちの教えことを、心よりありがとうございました。。」


「早く行きなさい。」


 無間は手荷物を持ってターミナルに入り、師たちは彼を見送りながら、その場を離れられずにいた。


「哀れな子だった。。。」


「若くして親を失い、混沌の中で独り霊界を救うの責任を背負う、その恩に霊界中が報いるべき。だが、磔家共の目に無間は親に骨を削り肉を削る親に返す、鎖仙柱にまで縛りつけて程の苦しみを与えた。。。あの愚か者どもめ、彼のような貴重な人材をもう少しで失うところだった!」


「彼は自分が霊界を救ったことすら忘れているかもしれんな。歴史から自らの名前を消したのだから。」掌門の一人がため息をつき、袖から剣を取り出し、その上に立った。「まあ、それでも助け出せてよかった。さあ、そろそろ宗門に戻らねば。あの弟子たちがまた何をしでかしているかわからん。」


 他の掌門たちも次々と剣に乗り、霊界へと戻っていく。その場に残った無間の師匠は、静かに空を見つめ、どこか虚ろな目をしていた。



「ワシの賢い弟子が、なぜあんたたちのもとでは不忠不孝の罪人にされるのか!」


 無間の師匠が怒りの声を上げ、立ち上がった瞬間、爆発的な霊力が周囲の窓ガラスを粉々に砕いた。彼は燃えるような怒り目で、対面する磔家の長老と無間の両親を睨みつけた。


「上仙様、どうかお聞きください。無間は幼い頃から言うことを聞かず、怠けてばかりで。。。ですから。。。」


「ふざけんな!無間が封仙柱に縛られたと知ったとき、ワシはすぐに様子を見に行った。そのときも首からは血が流れ続けていたが、どうせあんたたちが闇相場から買ったGPS首輪を仕掛けたのだろう!ワシが治療しなければ、彼は封仙柱の下で死んでいたぞ。無間が死んだら、霊界への損失をこの磔家ごときが補えると思うか!」


「すべては彼のためを思ってのことで。。。」


「彼のため?」無間の両親が口を開きかけたところ、師匠がすかさず遮る。「彼のため首に首輪をはめる?」


「彼があの首輪を壊さなければ、爆発することもなかったはず…」


「その首輪が爆発することを知っていたとはな。先ほどまでは大人しく話していたが、これ以上無間を解放しないなら、この磔家を灰にしてやるッ!」


 磔家は慌てていた。


 無間は、面倒なことを避けるため自分が霊界を救った英雄としての名を歴史から消した。ただし、彼は霊界のすべてを記録する「天書府(てんしゅうふう)」の存在を知らない、その天書府の内部では、その功績を知る霊界や政府の高官たちだけ。しかし、磔家には天書府に関わる者がおり、無間の過去を探り出していた。彼のことを公開にすれば、その名声や金銭が磔家の地位を九州全土で一気に引き上げるものになる。


 このまま無間を渡せば、これまでの「投資」が泡の幻になる。そこで、磔家の大長老は、冷静にその場を見渡し、策を巡らせた。


「お前が無間を欲しいのなら、渡そう。ただし、本物かどうかは保証できないがな…」


 磔家大長老は、面前の老仙人をただの「金丹大円満」程度の雑仙と侮っていた。金丹以上の者に無間のふりをさせれば、追い払えると考え、封仙柱の下に真のドル箱を隠しておけばいいという腹積もりだった。


「無間を解放するぞ。」


 その言葉を聞いた瞬間、磔家の人々は震え、何人かは顔を覆い涙を流し始めた。

「ここまでか。。。」と、誰もが心中で呟いた。


 磔家大長老は杖を地面に軽く打ちつけ、咳払いをしながら、鎖仙柱の「玉」を取り出して、無間の師匠に手渡そうとした。


「本当に、これで無間を解放するのか?」


 大長老は無言で無間の師匠を見つめ返した。「ただの金丹大円満が磔家を滅ぼすと言うとは、笑止。。。」


 だが、無間の師匠はこの狐の意図を見抜いていた。鎖仙柱の鍵を目にしたことがあり、その玉が偽物であると即座に気づいたのだ。そこで、袖から一枚の法印を取り出し、大長老に手渡した。


 大長老はその法印を手に取り、隅々まで観察した。普通の法印と違い、縁には青色の霊鉄があしらわれ、細かい彫刻が施されている。しかし、裏に「千名」の漆黒の文字を見た瞬間、彼の顔から血の気が引いた。


 開拓大仙「千名」の法印だ!


 無間の師匠は偽の鍵を握りしめ、冷笑を浮かべて言った。「ワシに噓をつくない方はいいぞ。」


 磔家大長老は震える手で法印を返した。彼の策は崩れ去り、千名法印を目の前にしては何もできなかった。偽の鍵で事を荒立てれば、磔家が自滅するのは明らかだった。しかし、本物の鍵を渡せば、自らの威厳は地に落ちる。それでも、磔家の未来を守るためにはそうするしかなかった。


「無間はすでに骨を削り肉を削る親に返した。」師匠が磔家家主に向けて一本の短剣を投げつけた。短剣には腐った血の臭いが染みついており、磔家の大長老の目の前に突き刺さった。


「待て!」磔家大長老は無間の師匠を呼び止め、渋々と第二の翠玉を投げ渡した。その翠玉こそが鎖仙柱の本物の鍵であり、無間の師匠はそれを受け取った。


 本物の鍵を手にした無間の師匠は、袖を翻し、飛行剣に乗って窓を突き破り、磔家へと飛び去った。


 無間の師匠は、ふと回想から意識を戻し、頭を軽く振って気持ちを整えた。足元に霊力を集め、三歩で空へと舞い上がる。二歩で霧を纏い、そして一歩で雲を踏み、遥か空に飛び立ったばかりの飛行機を見送った。


「あっちに楽しに暮らしてくれ。」


 無間はぼんやりと座席に座り、翼の下に広がる果てない雲海を見つめていた。飛行機に乗るのはこれが初めてだったが、剣を登る頃に空を切って疾走感はなく、手を伸ばしても、綿菓子のようにふわふわした雲に触れることはできない。


「ママ、見て!雲だよ!」前の席の子どもが窓に顔をぴったりつけ、過ぎ去っていく雲に目を輝かせている。


 まあ、それもそうだ――人は昔から空に登るの夢を抱えている、だが、人は仙人のように自由に空を駆けられない。だからこそ、今自分が乗っている飛行機が発明したこそ、その夢を叶えていたのだ。雲の柔らかさを直に感じることはできなくても、一生空に登る機会がないかもしれない人にとって、これだけでも十分なのだろう。


 無間は無意識に首の傷跡に手を当て、少し安堵した。この傷は、自由を勝ち取った証。束縛された過去を彼は忘れない、もう二度とそれに縛られることも再現しない。


 無間はふと、師匠たちがくれた瓢箪のことを思い出した。「そうだ、丹薬を飲んで体を療養しなきゃ」と呟きながら、バッグを開けて瓢箪を取り出す。軽く振ってから、紅い封印の蝋を割り、手のひらに向けて傾けると、親指ほどの大きさの丹薬がコロリと転がり出てきた。無間は考えず、それを一気に飲み込んだ。


 丹薬が腹に落ちると、丹田から温かな流れが湧き出し、体中に広がっていく。「これは三千年ものの三昧霊烎草さんみ れいいんくさと陰陽泉の露…」と無間は思い当たり、すぐに目を閉じてその温流を丁寧に導き、全身の霊脈に行き渡らせていく。長い間使っていなかった霊脈や丹田が次第に潤い、薬効を霊力となって丹田にたまっていくのが感じられた。


帰元貝きげん かいがら万年星河草まんねん おしかわくさ、それに見たこともない天材地宝たから。。。相当な手間がかかってるな。」無間は呼吸しながら体内の汚れを吐き出し、薬から生じた霊気をしっかりと凝縮し、少しずつ丹田に蓄積していく。やがて、体内で霊力が増え続け、最終的に一つは赤く、一つは青い、同じ大きさの小さな丹が二つ生まれた。


「さすが太上炉。相反する水と火の性質をこんなに安定させるとは。。。」


 無間は再び息を整え、体の気血をこれらの小丹に集め、丹をまとめて砕こうとした――が、突然、丹田内で激しい気の嵐が巻き起こった。


「まずい!」


 無間は慌てて、わずかな気血を薬炉に見立てて二つの小丹の破片を包み込み、煉化する。一時に、無間の口と鼻から時々、烈火が吹き出したり、冷気が漏れたりして、隣に座っていた乗客が驚き慌て始めた。


「乗務員さん!乗務員さん!」


「どうされましたか?」


「この人、口から火を吐いてますよ!」


 乗務員は無間が小テーブルに置いていた玉を手に取り、微笑みながら女性に説明した。「ご安心ください、彼は霊界の仙人です、修行中なんです。」


 女性は少し安心したようだったが、それでも無間が突然爆発でもしたらどうしようと不安げに彼をちらちらと見ていた。


 無間はその驚異的な薬効に内心驚きつつ、一気に全てを取り込むのは無理だと判断し、ゆっくりと小丹の効力を解きほぐし、慎重に丹田に戻していった。


 次第に無間の吐息も安定し、ついに二つの小丹もほぼ完全に体内で溶けきった。無間が目を開くと、窓の外には星空が広がっており、すでに夜になっていた。すべての丹薬を消化し終えた無間の霊力は少しずつ回復し、全盛期には及ばないが、今頃の無間にとして十分だ。


 今の無間はまるで薄い紙のように、触れれば破れてしまいそうだった。鎖仙柱に長い間縛られていたせいで、霊力も気血も尽きかけ、疲労が身体中に染み渡っている。師匠たちがくれたのは霊力を回復させる丹薬のみで、気血を補う丹薬は持ち込めなかった。自分の判断のミスので、元に少ない気血を霊力に回してしまい、ますます弱っている。このままでは、飛行機から降りたあと何かあったら、霊力がどれ程に回復したでも術を使わずに死んでしまう。


「今のうちに何か食べて、少しでも体力を回復しておくか」と考え、無間は椅子の背もたれを支えにして乗務員のところへ向かった。


「どうされましたか?」


「まだお弁当は残っていますか?」


「はい、鶏の照り焼き丼と椎茸焼きそばがございますが、どちらになさいますか?」


「鶏の照り焼き丼をお願いします。」


「お飲み物はいかがですか?コーラ、スプライト、お茶、コーヒーなどがございます。」


 気血を補えるものは見当たらなかったので、無間はコーラを頼み、席に戻って弁当を食べ始めた。食べながら、前座席のモニターで目的地までの距離を確認し、どれくらい眠れるかを計算する。


「まだ時間があるだし。。。」


 そう呟き、無間はそのまま眠りに落ちた。目を閉じて、目を開くと、すでに翌朝になっていた。椅子のモニターを見ると、飛行機は日本に接近しており、青森空港への降下を始めていた。


 着陸し、機内放送を聞きながら他の乗客と一緒に飛行機を降りた無間は、葫芦を取り出して養脈丹を二粒飲み、虚渊環に収めた。日本語は問題なく理解でき、話すこともできる。空港でまずSIMカードを買い、データをオンにすると、イヤホンから一斉にメッセージ通知音が響き渡ったので、慌ててサイレントモードに切り替えた。そして師匠に連絡を取るため、ウィーチャットを開いて電話をかける。しばらくして、聞き慣れた年老いた声が聞こえてきた。


「着いたか?」師匠はまだ眠そうな声でそう尋ねる。「すぐに学校と住まいの場所の位置を送る。」


「うん…うん?住まいの場所?」無間は少し疑問に感じて尋ねた。「寮に住めるじゃなかったの?」


 師匠は欠伸をしながら答えた。「その学校には寮がない。適当に家を見つけたから、そこで住めばいいだろ。じゃ、また寝るぞ。後はお好きに~」そう言うと、師匠は電話を切ってしまった。


 無間は呆れつつも、師匠の無責任さには慣れていた。弟子になる初めの日から、ほとんど放任されてきた。法術も、秘訣と呪文だけを教えられて、あとは自分で工夫しろというスタイルだったのだから。


「本当に気楽なもんだな。。。」


 空港を出ると、シベリアから吹きつける冷たい風が北海道を通り抜け、青森の山林の澄んだ空気が体に沁み渡ってきた。街中には桜が満開で、舞い散る花びらに合わせて写真を撮る人々がちらほらと見受けられる。街を行き交う人々の姿も多様で、出勤中の社員や、後ろについている異性がばっかりの若旦那とお嬢様と、早くも社会に出た若者たちが行き交っていた。ちょうど入学シーズンらしく、制服姿の学生も多い。


 住むどころに向かうため、無間は地下鉄に乗り込んだ。駅はそれなりに混んでいたが、許嘉峰しゅう かふぅが話していた「死亡3号線」に比べればまだましだった。目的地に着いて、出口を出て西に少し歩くと、塀に「磔無間」と刻まれたプレートがかかっているのが見えた。そのプレートの横にある扉を開けると、そこが無間の新しい家——クラシックな小さな洋風の屋敷だった。


 家は二階建てで、玄関を入ると左手に広いリビングがあったが、小さなテーブルがぽつんと置かれているだけで少し殺風景に見えた。リビングは庭と直結しており、右手には小さなキッチンがある。奥へ進むと浴室とトイレがあり、玄関の突き当たりには二階への階段があった。二階には二つの寝室と一つの物置きがあり、こぢんまりとしながらも必要なものはそろっていた。無間は通風と採光が良い部屋を自分の部屋に選び、荷物を置くと、身軽に窓から飛び出し、学校へ向かっていった。


「磔無間さんですね?」


「そうです。」


「では、こちらが制服です。この用紙に必要事項を確認して署名をお願いします。そして、明日には四階の生徒会で入学試験を受けてくださいね。」


「分かりました。」


 手続きは無間が思っていたよりもあっさりと進んだ。どうやら、師匠が裏で手を回してくれて、面倒な手続きをすべて整えてくれたらしい。


「昼食にはまだ早いし、今のうちに学校の中を見て回るか。」


 そう思い立つと、無間はそのまま歩き出した。校舎の構造は彼の知っている学校と似ているが、違うのは一階のロビーが下駄箱で埋め尽くされているところだ。無間が見渡すと、生徒たちはそれぞれ自分の席で、暇つぶしにスマホをいじったり、友達とお喋りしたりしている。中には、慌てて宿題をやっている生徒も見えるが、その表情からして昨日の宿題のやり残しだろう。


 無間は廊下を歩きながら、明日からこの学校での生活が始まることを思うと、心の奥底からワクワクが湧き上がってきた。


「あなたは、どちらの生徒さんの親さんでしょうか?校服をお渡ししましょうか。」


 後ろから声がかかり、振り返ると、大量の資料を抱えた教師が無間に声をかけていた。無間は少し慌てて説明した。


「いえ、僕は保護者じゃなくて、この学校に入学してばっかり生徒です。」


 教師は驚きの表情を浮かべ、無間に謝ったと足早に去って行った。


「僕はそんなに老けて見えるのか…」


 無間は少し呆れたが、気を取り直して四階へと階段を上った。しかし、そこにはただ廊下が続いているだけで、部屋のドアは一つも見当たらなかった。だが、廊下のあちこちに微妙に絡み合う、見知らぬ霊力の気配を感じる。


 無間はふと思った。仙人だけでなく、現世には陰陽師、勇者、魔族、騎士といった妙な力を持つ人がいる。この世界では、彼ら「マナ」を持つとされている、「異能者」と呼ばれている。


「この学校には、きっと強者が潜んでいる。」


 無間の胸は興奮で高鳴った。彼は霊界で約10年を過ごしたが、仙人以外の異能人に出会うのは初めてだった。


 そのままさらに上へと進むと、天台にたどり着いた。ネットで見た話とは異なり、この学校の天台の扉には鍵がかかっていなかった。もっとも、鍵など異能人には何の障害にもならないのだろう。


 天台からは学校全体を見渡すことができた。校舎を中心に、北には正門、南には食堂、西には礼拝堂、東には体育館がある。さらに遠くには、グラウンドやプールが見え、その隣には何かの施設らしき建物が見えるが、用途はわからない。


「なんだこれ、アニメでは見たことない建物だな…」


 じっと目を凝らすと、その建物の入口には「立入禁止」と書かれた封条が貼られている。「多分まだ完成していない。」と思って、無間は天台から軽々と飛び降り、周囲の生徒たちの驚きの声を背に、地面に着地すると何事もなかったかのように歩き出した。


「よし、今日はゆっくり休んで、明日の試験に備えるか。」
















 

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