彼女の事を思う
修行の日々が続いている。
午前中の修行が終わったので、汗を流すために外に出た。
石が敷き詰められた庭を歩いていると、門の方から二人の影が近づいてくるのが見えた。
一人は見覚えのある師範代だったが、もう一人は全く知らない顔だった。
紫色の着物を身にまとい、真っ白な髪はかんざしで整えられている。
歩き方は折れ曲がっていて、ペンギンのようなよちよち歩きに見えた。
シワだらけの顔ではあるが、穏やかな表情をしていて気品に満ち溢れている。
裕福な家庭に属している貴婦人だろうと思った。
その二人の後ろには、さらに二人の男がいた。
彼らは黒いスーツを着て腰に刀を携え、周囲に目を光らせている。
その女性の方を護衛する剣客だろう。
年齢や事情によって刀を持つことができない人々(例えばご高齢の方や小さな子供たちを襲う輩も存在する)が襲われないように、あるいは襲われても対処できるように雇われた護衛役である様子だ。
門下生になるために門を叩くものは後を絶たないが、ああいった女性がこんなところへ来るのは何かと珍しく思っていた。
どういった要件なのか気になるところではあるが、俺は口を出してはいけない立場なので、彼女たちを見ることしかできなかった。
昼飯を食べ終えて休憩時間になり、俺は部屋に戻って巾着袋から宝物を取り出した。
絹のように細くて滑らかな肌触りを持つ、銀色に輝く髪の毛の束だ。
幼い頃、ハクアが俺に自らの髪の毛の束を切って渡してくれたものであり、長い年月が過ぎても、あの頃から何一つ変わっていない艶やかさと光沢を保っている。
顔を近づいて嗅いでみれば、今でもかすかに彼女が使用していた洗髪薬の香りが漂ってくるように感じた。
山籠もりをしていた時は、巾着袋から髪の毛を出すことはなかったが、今ではこうして彼女との思い出を振り返りながら髪の毛をいじっている。
「はぁぁ…」
あぁ、……久々にハクアに会いたいものだ。
しかし、願いが叶うことはないだろう。
なぜなら、今の俺には里帰りに必要な経費を全く賄う金がないからだ。
それだけでなく、彼女と別れてからもう7年が経過している。
長い年月だ。
もしかすると、もう忘れ去られているかもしれない。
彼女が俺のことを忘れ、幸せに生きているのだとすれば、それはそれで幸せなことかもしれない。
しかし、それでも少し寂しいと思うのが本心だ。
実際に出会ってみて俺のことなんてすっかり忘れてしまっているかも知れない。
そう思うと少しだけ胸が締め付けられる思いをしてしまう。
結局のところ彼女に会うのが怖いのだ、俺は。
今はこうして彼女が送ってくれた大切な宝物を握りしめて過去の思い出の郷愁に縋るばかりであった。
「すまない、アカシ、話がある」
そんな俺の自由時間。
思いがけず来訪者がやってくるのだった。
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