ユノのおすそわけ
ユノは木の枝に座りながら足をぷらぷらとさせて俺の逃走劇を見ている。
俺を助ける様な真似はしないらしく、彼女に期待する事は出来ない。
そうして俺が逃げ続けている時。
古い木材で作られた、鳥の巣箱の様なものを大きくした様な祠が建っていたのを発見した。
「あったッ!あれが、祠ッ!!」
既に、祅霊から背後から攻撃されて、至る箇所に新たな傷を作っている俺は、祠へ向けて全速力で駆けると共に、祠の戸を破壊する勢いで手を突っ込み、その中にある刀を入手する。
「こ、これでッ!!」
叫び、俺は祅霊たちに顔を向ける。
俺が刀を手にした所で、祅霊達は怯える事すら無く、にたにたと笑いながら近づいて来る。
獣の姿をした祅霊がいの一番、俺の命を狙うべく疾走し飛び掛かって来ると同時に、俺は刀の柄を強く握り締めて排気孔を開き、空気を吸い上げる。
「はぁァ!!」
炎子炉で酸素を燃やして闘猛火を生成。
残った
抜き放つと共に、獣の祅霊を一撃で切り裂く。
一番硬いであろう頭の部分を真っ二つにし、そこから胴体を半分に切り下ろす。
「ッ、重ッ」
そして。
黒と紫の闘猛火が散る刀身がそのまま地面に突き刺さる。
俺の闘猛火は『焔転変火』によって重力を纏う闘猛火であり、刀は闘猛火の熱伝導を倍増させる効果があるので、俺の刀は重さが倍増して、兎に角重たくなっていた。
「ふ、振れるか、こんなのッ!」
刀に流れる闘猛火って、どうやって消すんだっけ?
そうこうしている内に、第二陣として祅霊が俺に向かって来る。
今度は蜘蛛の様な姿をした祅霊で、顔面が般若の様な顔をしている鬼蜘蛛だ。
接近し、俺に向けて糸を飛ばしてくる。
その糸に触れない様にしながら、俺は刀から手を離した。
「ふッ、ぅ!!」
刀から手を離すと、排気孔が簡単に閉じる事無く、闘猛火が漏出していた。
腕の先から紫と黒の闘猛火を見ながら、俺は片腕を抑える。
「くッ収まれ、俺の右腕ッ!!」
いにしえの中二病患者が言いそうな言葉を発しながら右手を左手で抑える。
右手は小指の無い手であり、傷口が塞がって四本指になっていた。
その右手の手首を思い切り握り締めると、血管と共に排気孔も圧迫されて、漏出が少なくなっていく気がする。
しかし、多くの祅霊が相手の状態で、何時までも別の事に気を取られる事など出来ない。
早く、なんとかしなくては、刀ですら、俺の手元から離れてしまった。
どうする、どうする?どうする!?
頭の中で巡る考え、答えを求めて藻掻く脳内。
焦燥に駆られる気持ちを、俺は深く息を吐いて冷静になる。
「すぅぅぅ…はぁぁぁ…」
冷静さは武器であり生き残る為の術。
俺が憧れた多くの人たちは、戦闘において焦る姿など見せた事など無いし、想像すら出来ない。
先ずは、…焦るな、一つ一つ、原因を探るのだ。
根本的に、解消出来ない原因は出来ないものとして保留する。
・闘猛火による身体能力強化〈炉心躰火〉の使役。
祅霊と言えども、身体能力の強化無しでも、刀さえあれば戦える。
なので、〈炉心躰火〉の使用を断念。
次に右腕の闘猛火の放出。
腕が重たくなる状態では移動や行動に支障が生まれる。
それならばどうするか、簡単だ。
「はぁぁぁぁ…」
俺は相手の方を見ながら息を吐き続ける。
肺に入り込んだ空気を排出し、酸素を血流と炎子炉の両方に送る行為を、一時的に血流のみに優先。
酸素が無ければ炎子炉は燃料が枯渇し、闘猛火を放つ事が出来なくなる。
段々と微弱になる俺の右腕。
今まで俺の闘猛火に警戒していて攻撃して来なかった小鬼の祅霊が接近して来た。
同時に、蜘蛛の祅霊が再び糸を吐き出した。
「ふっ」
最初に糸を避ける。
次に空っぽになった肺に呼吸を行い、酸素を流し込む。
その後に迫るのは二体の小鬼たち。
鋭く尖った爪を俺の方へ向けながら攻め込んで来る。
「はッ」
呼吸を終える。
炎子炉は使役しない。
小鬼の見た目、筋肉量から見て俺よりも能力値は弱いだろうと察する。
攻撃の手段は指先の爪、口から見える牙、噛みつきと引っ掻きだろうか。
掌を開けて指先を伸ばす。
拳で相手を殴る事はしない、指を痛めてしまえば刀を握る事も出来ない。
一体目の小鬼が俺に向かって来る、それを掌で体を押す様に叩き、相手の勢いを利用して転ばせる。
次に飛び掛かって来る小鬼。
その懐に俺は体を沈めながら接近し、小鬼が本来俺に飛び掛かる筈だった地点をズラす。
そして小鬼は俺に飛び掛かる事が出来ず、四本の手足を使い地面に着地すると共に、それを狙って俺は小鬼の体を思い切り蹴り込んだ。
足が柔らかな胴体に沈み込み、小鬼の体はごろごろと転がっていく。
ここで俺は息を吐く。
次に炎子炉に酸素を送り込んで闘猛火を生成する。
蜘蛛は口から出した蜘蛛の糸を自らの歯で切った。
先程の蜘蛛の糸は、樹木に被弾しているのを確認する。
蜘蛛の糸の速度と樹木に被弾した際の損傷を鑑みて、当たってもそれ程痛くは無い事を考える。
それでも万が一の為に衣服を脱いで片手に巻き付ける。
俺が後ろへと後退しながら着物を腕に巻くと、再び蜘蛛が俺に向けて蜘蛛の糸を噴出した。
今度は逃げる事も回避する事も無く、俺は着物に巻いた腕で蜘蛛の糸を受ける。
衝撃はそこまで無い、しかし、一度張り付いた蜘蛛の糸は、引っ張っても中々剥がれる事が無かった。
蜘蛛の祅霊は俺を捕らえたと思ったのだろう、口から伸ばした蜘蛛の糸を、まるで掃除機のコードの様に口の中へ高速で巻き取っていき、俺はそのまま引っ張られてしまう。
「はぁぁぁ…」
其処で俺は空気を吐く。
此処までは順調だ、蜘蛛の糸によって俺は素早く引っ張られるのを利用して、逆に蜘蛛の祅霊に向けて走り出す。
勢い良く、蜘蛛の祅霊へと接近すると共に、蜘蛛の祅霊の腕が伸びて来る。
俺の体を捕まえようとするのだろうが、俺は捕らわれる寸前で高く飛んだ。
蜘蛛の背中に体を預けて、そのまま転がり、着地、そのまま着物を脱ぎ捨てて、地面に突き刺さる刀を回収する。
刀を強く握り締めると、闘猛火が溢れ出す、やっぱり、排気孔の開閉が思う様にならないらしい。
それならばそれで良い、軽く握れば、闘猛火の漏出は少ない。
その状態で俺は蜘蛛の祅霊へと向かって上段の構えをする、胴体が無防備になると、蜘蛛の祅霊は馬鹿の一つ覚えの様に、蜘蛛の糸を放出し、俺の胴体へ付着させる。
そのまま、俺は引っ張られるが、これで良い。
刀を強く握り締める。
闘猛火が放出されていき、刀身に莫大な熱量と重大な重力が蓄積される。
再び蜘蛛の目前まで迫る。
蜘蛛の鎌の様に鋭い前足が開かれて、俺の体を抱き締める様に開かれた。
俺はその状態で蜘蛛が俺を捕らえる前に、重たくなった刀を振り下ろす。
ただの刀ならば振り下ろした所で蜘蛛の祅霊を一刀両断に出来るかも怪しい。
だが、今の俺の刀は自らの力に加算して、何百倍にも重たくなった刀を振り下ろす。
単純な問題であり、重たくなった刀を落とされれば、重さに押し潰される様に物体は切断される。
即ち、重さを自らの力として加算する事で、一つの技として昇華するのだ。
「重力ぶった切りィ!!」
俺は叫んだ。
これが俺の技の名前だ。
…正直、俺には名前を付けるネーミングセンスは無いらしい。
それでも技名を叫ぶのは、炎子炉によって燃やされた排気瓦斯を放出する為により早く吐き出す為に必要なもの。
それ以外にも仲間の連携を取る為に、技名を叫ぶ事があるので、この世界では技の名前を言うと言う文化が残りつつあった。
…ささいな豆知識はさておいて。
俺の重力ぶった切りによって、蜘蛛の頭部は真っ二つになる。
軋り声を挙げる事も無く、蜘蛛は動かなくなった。
刀は相変わらず、地面に突き刺さったままであり、重たくて仕方が無いが、俺は敵を倒したと言う充足感を覚えていた。
「はぁ…はぁ…こっからだ、俺の成長、いや、進化はッ!!」
頑張れ俺!!と、そう鼓舞しながら刀を持ち上げようとするが。
「ぐぎぎゃ…」
「ぎゃーすッ!!」
先程、張り倒した小鬼達が立ち上がって俺の元へと駆けて来る。
…刀捨てて逃げた方が良いだろうか?
夜である。
山籠り初日はとにかく過激なものだった。
このまま眠れてしまえば良いのだが、そう言う訳にも行かない。
何せ夜である。
昼間とは違い、夜になれば、祅霊が活発になる時間帯。
流石にこの時間帯に山の中を出歩く者はいない。
多くの、更に強大な祅霊を相手に立ち向かうことは自殺することと一緒なのだ。
なので、誰にも見つからない場所に隠れる。
根本が腐り、倒れた樹木の下で、俺は息を潜めながら瞼を閉ざす。
昼間とは違い夜になると冷気が漂う。
おまけに、何処からともなく祅霊たちの声が聞こえてきて、恐ろしさを感じつつあった。
何時でも逃げられるように、樹木を背中に引っ付けながら刀を立てて眠る。
緊張している為に、中々眠ることが出来なかった。
と言うよりかは。
「…腹が減った」
そう。
腹が減っている。
昼間は妖霊と出会い戦闘を行い、食料を探す暇は無かった。
喉もカラカラで、唾を口の中に溜め込んで飲む事で渇きを満たそうとする。
しかし、それでも渇きは満たされることは無かった。
コップ一杯の水を、冬の夜に蛇口を捻り出てくるきんと冷えた水を、頭から被る様に一気に煽り飲み干したい。
そんな事を考えて、叶わない願い故に虚しくなって、考えるのを止めた。
「…ん?」
真夜中でずっと暗闇を見続けた為か、視界は夜に慣れて何かが来ているのが見て分かった。
俺はあまり警戒しなかったのは、それは自分の背丈よりも高い刀と、小さな背丈をした少女の姿だったからだ。
「ユノか…」
俺ははぁ、と息を吐いた。
夜辺りになると姿を見せなくなったユノだったが、今になってようやく現れた。
「山籠もり、まだ一日目だったけど、俺の動き、どうだった?」
なんて、そう聞いた所でユノは答えない。
それは分かり切っていたが、こうしてユノが現れてくれるだけでも寂しさを紛らわせる事が出来る。
ゆっくりと近付いてくるユノ。
そして、彼女は小さな手を開くと、それを俺に渡してくれる。
俺は、それが何であるか分からず受け取ると、何やら、冷たくてねっとりとした感触をしていた。
鼻を近づけて、それがなんであるか嗅いでみると、そこはかとなく、血の臭いがしていた。
しかし、それは祅霊の様なヘドロの様な匂いではない、まだ、生物的な、生きた臭さを感じるものだった。
そしてその触り心地から、捌かれた魚の切り身である事が知覚出来た。
「生魚…ぐっ」
ごくり、と生唾を呑み込む。
山で採った魚を切って食べやすくしてくれたのだろうか。
しかし山魚には寄生虫がついていると聞いている、それを生で喰らうのは危険だ。
だが、そうと分かっていても空腹には抗えない。
俺は、魚の切り身を野生の獣が如く被り付いた。
ぶちりと、魚の肉を引き千切りながら頬一杯に肉を頬張った。
…味は、正直に言えば新鮮味に救われている。
冷たくて舌触りが良く、嫌悪感無く咀嚼出来る。
有難い事に、魚の骨も無く、喉に引っ掛かる事も無かった。
これがまだ常温だったりしていたら、生臭さも相まって嗚咽を漏らしていただろう。
「んぐ…くっ、はぁ…腹、膨れたよ、ありがとう、ユノ」
俺は飯を寄越してくれたユノに感謝の言葉を伝える。
するとユノは俺の前にしゃがむと、俺の頭に向けて手を伸ばし、左右に動かしていた。
「…撫でているのか?」
俺は疑問を浮かべながらそう聞いた。
褒めているのか、慰めているのか。
どういった意味合いで俺を撫でているのか疑問だった。
しかし当然、彼女から答えが出る事は無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます