山籠もり一日目
「正確に言えば、ユノはお目付け役よ、お前が死に瀕した時に補助をする存在」
と、台明寺先生はそう言った。
これから一体、何をするのだろうか。
「儂が腕を落とされた時と同じ方法でお前を強くする、人によっては勧める事はせんが、お前ならば…必ず強さの糧とするだろう」
他の人には勧めない、台明寺先生の修行。
俺だから出来ると言われると、なんだか出来そうな気がして来た。
そう思いながら、台明寺先生は修行内容を語り出す。
「これより半年、九頭龍山へと入り、其処で生活をして貰う」
この〈衆難山〉は一番高い山であり、隣接する山も台明寺先生の保有する土地だ。
その内の一つである九頭龍山で生活しろと言う事は、いきなり山籠もりか、修行らしくなって来たな。
…って、半年も、山で生活しなくちゃいけないのか?
「九頭龍山には儂が捕らえた祅霊が存在し、割合で言えば、大祅が一割、中祅三割、小祅六割となっている、刀は山に備えた祠にあるので、其処で回収し、護身をすべし」
…実際の所、俺は祅霊と言うものをあまり見た事が無い。
始めて出会ったのは、銅島先生と父さんと一緒に巡回した時で、其処で銅島先生が祅霊を討伐した時の一度きり。
基本的に、抜刀官が戦うのは祅霊であり、妖刀師との戦闘は滅多に無いらしい。
しかし、武器を持たせて貰えないと言うのは少し心許ない気になってしまう。
丸腰で山の中を歩くと言うのは、祅霊と出会う危険性もあるので、とにかく恐ろしい感情が膨れ上がってしまう。
「そして、十日に一度、山へ儂が入る、そこで、もしもお前に出会った場合…」
何か、食べ物とか、ご褒美とかがあるのだろうか。
そんな甘い考えをしていた俺を、台明寺先生は軽く打ち破ってくれる。
「儂はお前を追いかけ回す、刀を持って駆逐する、お前は儂と戦うか逃げるかの選択をし、其処で儂が合格と判断しなければ、山籠もりの期間を更に半年伸ばす」
…スパルタなんてものじゃない。
子供に与える様な修行の内容か、これは。
「さて、以上が今回の修行の内容であるが…辞めたいのならば今言えば、辞めても良いぞ」
「やります」
俺は即答する。
例えどの様な内容であろうとも。
俺はそれを乗り越えなければならない。
如何なる状況でも環境に適する試練。
「台明寺先生、それが、俺に見合う個の成長なら」
台明寺先生がそれが必要な試練だと言うのならば。
俺は、それを乗り越える事で、抜刀官としての道を切り拓く。
「良い、それでは、今日より始める、荷物はユノただ一人、それ以外は此処へ置いて行け」
俺は言われた通り、荷物を石庭の上に置いた。
そして、これから九頭龍山へと入る事となる。
一日目、九頭龍山の麓へと向かう。
山の麓は厳重で、赤色の鳥居が複数、山を囲うように建てられていた。
その山へ人が入らない様に、奇怪な文字で描かれた呪札の様なものが沢山張られていて、鳥居の入り口には進入禁止の立て札と鳥居の柱に何重にも渡って注連縄で入り口を塞がれている。
と言っても、隙間があるので入ること事態は出来る。
ユノが隙間から鳥居に入るので、俺も臆する事なく鳥居の奥へと入った。
鳥居は建てられているけど、そこから先は舗装されていない。
草木がぼうぼうと茂っていて、人が入ったような痕跡が無かった。
普通、森の中に入れば、何かしらの動く音が聞こえる筈だ。
だが不思議なことに、俺がいる山の中は、途轍もなく静かだった。
小動物が草木を踏む音も、鳥が木に留まり囀ずる声も、風が樹木の葉を揺らすさざめきも、何一つ聞こえない。
ただ聞こえるのは、ユノが茂みを歩く音と、自分から発生する音だった。
「ふっ、…はッ」
緊張しているのか、兎に角、自分の心音と乱れた呼吸が山の中に響きだす。
動きもぎこちなくて、歩くだけでもかなりの体力を消耗しつつあった。
それ以前に、俺の体は、こんなにも重たくなっているのか?と痛感する。
歩ける程の回復をした時は、筋肉を動かしてないから体が鈍っているものだと思っていた。
だが、こんなにも、体が重たくなるものなのだろうか?
俺は汗を拭う。
相変わらず、ユノは歩みを止めない。
俺よりも早く動いているのに、何故、汗一つ、呼吸一つ乱れないのだろうか。
そう思った矢先だった。
ユノは、途端に俺の方を向いてきた。
顔をこちらに向けて、紫水晶のような瞳に俺の姿を写し込んだ。
綺麗な瞳だった、しかし何故俺の方を向いたのか、そう聞こうとした矢先。
「え?」
一瞬だ。
ユノはその場から一瞬で消え去った。
まるで最初からそこに居なかったかのように、だ。
あまりの速さ、瞬間移動めいた身体能力。
周囲を見回す、ユノの姿は、大きな樹木の木の枝に座っていた。
「跳躍したのか?…凄いな…」
素直に感服するが、しかし解せない。
何故、急に彼女は木の枝へと移動したのか?
その理由を聞いても、彼女は答えないだろう。
ならば考えるしかないが、思いの外、俺の疑問を解消してくれる答えが、あちら側から来た。
先に言ってしまえば、ユノは避難したのだ。
そう、今まで山の中を歩き続けたが、普通は出会うものだ。
俺は気配のする方へ視線を向ける。
にたりと、こちらを見て笑う、大きな口をした化物が近づいてきた。
一日目。
その日は兎に角走り回った事だけ覚えている。
「ひぃッひッぐぉあああッ!!」
汗水垂らして全力で足を動かして森の中を逃げ惑う。
背後からやって来るのは、数十体の祅霊であり、俺を餌と認識して追って来る。
「くッ、くそッ!!」
ただでさえ肉体は完治していないのに、これ程までに肉体を酷使し続ける事になるなど思っても居なかった。
だが、それを嘆いても仕方が無い事は理解している、今の俺に出来る事は、ただひたすらに走り続けるだけなのだが。
「なん、でッ、くそッ!!」
肉体の全身に張り巡らされた排気孔を、外へと放出せずに体内で循環させる事で肉体の筋肉と神経を刺激させ、超常的な身体能力を発揮させる事が出来る〈炉心躰火〉が上手く扱う事が出来ない。
怪我をする前はあんなにも〈炉心躰火〉を使役して活動する事が出来たのにッ。
これも、怪我をした時の影響であるのか、考えても考えても、知識の無い俺では答えなど出す事は出来ない。
「せめてッ、刀が、あればッ」
刀。
そう、刀だ。
魔剣妖刀を使役する時、俺は刀に闘猛火を流し込む事が出来た。
それを考えれば、刀を使っての戦闘は出来るだろう。
だが、その刀ですら持ち合わせて居なかった。
「ゆ、ユノッ!せめて、刀だけ、貸してくれぇ!!」
空を見上げながら、樹木の幹から幹へと飛びながら移動するユノの姿。
下駄の歯が長く、地面でも歩き難そうなものを履いていると言うのに、よくもまあ楽々と木の幹を移動する事が出来るものだ。
無論、関心などしていない。
俺は時折、樹木の根に足を引っかけて転がってしまいながらも、必死になって逃げ続ける。
祅霊の中から突出してくる獣の影。
犬の様な姿をした一つ目の祅霊が牙を剥いて突っ込んで来ると、俺の体目掛けて飛んで来る。
「ぐ、おッ!!」
俺は息を吐く。
炎子炉で酸素を燃やし闘猛火を放出しようとするが、不発。
祅霊の牙が俺の首筋を噛もうとした時、俺は木の根に足を引っかけて転んだ際に拾った木の棒を振るう。
「ッらあッ!!」
木の棒は祅霊の頭部に命中する。
ごつん、と乾いた音と共に祅霊が地面に倒れてしまう。
頭部を叩いたので絶命したのでは無いのか?と言う俺の浅い考えとは裏腹に、ゆっくりと獣の祅霊が起き上がった。
俺は木の棒を強く握り締める。
其処で俺は気が付いたが、強く木の棒を握り締めると、排気孔の穴が広がる感覚があった。
そうか、だから炎命炉刃金を使役する際に、闘猛火が掌の排気孔から出るのか。
ならば、俺は酸素を大きく吸い上げて、酸素を炎子炉へと流し込む。
作り出された闘猛火を排気孔へ向けて放出し、木の棒へと闘猛火を流し込む。
これで…なんとか戦えるっ、のならばどれ程良かっただろうか。
炎命炉刃金は特殊な金属で作られた武器だ。
闘猛火の熱量を何十倍にも倍増させる事が出来る。
たかが木の棒に闘猛火を当てても、燃える事すら無かった。
「畜生ッ!!」
俺は化物の群れからそっぽを向いて走り出す。
今はただ、逃げ回る事しか出来なかった。
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