抜刀官って何?



「良いかアカシ、抜刀官と言うのは、だなぁ?」


父さんが語り出す。

その話はとても興味深いので、俺は父さんの言葉に被り付きで聞いていた。

一時間にも渡る父さんの話に、俺は思わず目を輝かせてしまう。


つまり、抜刀官と言うものは何であるのかと言うと。

・祅霊と呼ばれる化物を退治する事。

・妖刀師と呼ばれる刀を使った悪党の処刑や、確保をする事。


これが主な業務であり、それだけならば危険な仕事である事に違いないのだが、俺が興味を引いたのは刀に関する事だ。

父さんが腰に携える刀は、所謂、異能を宿す刀であり、必要に応じて使用する事が許可されている。

そして、刀を器用に扱う為には、体術の基本となる炎子炉の操作と、其処から発生する、闘猛火ともしびと呼ばれる運動エネルギーを扱う事らしい。


「取り敢えず、俺が炎子炉の遣い方を教えてやろう」


父さんはウキウキとしながら俺を庭へと出した。

そこで父さんは、俺の胸元に手を当てて教えてくれる。


「先ずは炎子炉を知る事だな、普通は肺の中心からやや下の部分、心臓の下にある臓器の事だ」


炎子炉と言う概念は、肉体の内部に備わる臓器であり、心臓の高鳴りに重なる様に、どくん、どくんと、炎子炉が微かに動いているのを感じている。


「心臓の役目は血液を運ぶ事だ、口から酸素を供給して、肺にたっぷり膨らませると、そこから血液が酸素を運んでくれる、其処から通常は心臓を通して二酸化炭素を排出するんだが、呼吸をして肺へ空気を送った時に、心臓にじゃなくて、炎子炉へと流し込むんだ、口にして見ると分かり難いだろうが、一度出来たら、後は簡単だ、それが出来る事が当たり前になるんだ」


父さんの言葉は何やら難しい。

炎子炉と言う臓器の概念は何とか分かる。

俺の過去の記憶、前世では俺の肉体には無い筈の臓器、それが現世では異物として違和感を覚えていた。

この炎子炉と言う臓器があると言う事を明確に理解している。


俺は深く深呼吸をする、胸が大きく膨らんでいくのが分かる。

そのまま大きく息を吐き続ける、自らの吐息には二酸化炭素が排出されるが、これはあくまでも心臓に酸素を供給しただけに過ぎない。

再び俺は呼吸を大きく吸う、心臓に酸素を送るのではなく、炎子炉に酸素を送るイメージを持ちながら酸素を吸い続けると、ぼこんと、胸元の空洞が膨れ上がった様な感覚を覚えた。


「ぐうッ」


そして俺は息を吐く。

胸元が熱くなっていき、苦しくて俺は胸元を抑えると、父さんは背中を擦りながら俺の手を掴んだ。


「炎子炉を稼働させたな、初めてにしては凄いぞッ!!このままだったら熱が体内に残り続けてしまう、だからそれを排出するか、体内に廻らせて熱を冷却させる必要がある、…後者はまだお前には難しいから、排出させる事を優先するぞッ!掌に意識を集中させるんだ!!」


興奮して声を大きくする父さん。

その言葉に頷いて、俺は目を細めながら指先に集中する。


「炎子炉は熱を排出する排気孔が全身にある、毛穴よりも小さくて普段なら見えないけど、その孔に熱を通すイメージを浮かべるんだッ」


言われた通りにする。

兎に角、この苦しい熱から解放する為に、掌から排気孔へ放出するイメージを持ち続ける。

すると、胸元に感じる熱は次第に肩へと移っていき、二の腕、上腕と続き、手首、最後に掌から、白い煙が排出された。


「凄いぞ、アカシ…ッ!これが闘猛火ともしびだ、抜刀官が、刀を扱う為に必要な生命力の源なんだ」


一発で成功した事で、父さんは喜んでいた。

俺も、まさか成功するとは思って無かったので素直に喜び、笑みを浮かべる。

ただ、苦しいのは変わらない、胸元に感じる熱は消えたけど、どうすればこの苦しみは消えるのだろう。


「…?おい、アカシ!?大丈夫か!?空気を吸え!!肺に貯め込んだ空気を炎子炉に流し込んだんだ、体内には二酸化炭素しか無い状態、吐いて、酸素を取り込め」


あ、成程、そういうこと、か…。

しかし、少し言うのが遅かったらしい。

頭の中に酸素を供給する事が出来ず、俺は酸素不足で気絶をしてしまう。


「あ、アカシーッ!!」


父さんの叫び声だけが聴こえてくる。

でも大丈夫だよ父さん、やり方は覚えた、後は失敗なんてしないから…。

そんな事を考えながら、俺は気絶をするのだった。



翌日。

平凡に生きる俺の人生に新たな目標が生まれていた。

それは炎子炉を育てる事だ。

呼吸を行う事で、炎子炉に酸素を供給し、闘猛火を生成する。

それを両手から放出しながら、体内に残る二酸化炭素を吐き出す。

これを三十分、体調が良ければ十分ずつ増やしていき、気絶するまで繰り返す。

単純な作業ではあるのだが、自分が超能力者になったと思うと楽しくて仕方が無かった。

一時間、俺は呼吸を繰り返しながら炎子炉を順調に稼働させる事が出来た所で、父さんが俺に話し掛けて来た。


「アカシ、お父さんの働きぶり、見たくないか?」


父さんの仕事とは、抜刀官としての仕事だ。

基本的に時間毎に活動する事が多く、早番、中番、遅番で時間内容が割り振られているらしい。

本日の父さんは遅番であり、尤も祅霊が出やすい時間帯であると聞く。


「田舎町だからな、あまり祅霊が出ないが、夜になると一体くらいは祅霊が出やすいんだ、心配するな、父さん以外にも抜刀官が居るし、話は通してある」



子供を連れて、父さんの仕事ぶりを見る機会に恵まれる。

父さんの仕事と言うのは一体、どの様な活躍なのだろうか。

そう思いながら、夜に備えて昼頃から眠るのだった。


そして。夜。


俺は父さんに連れられて外へ出ていた。

考えてみれば、昼間に母さんと共に外へ出る事はあっても、夜の時間帯は今まで一度も出た事が無い。

成程、何処か、暗闇の先から嫌な空気を感じ出す。

暗闇に目が慣れないときは、目と鼻の先に祅霊が存在すると思うと、恐ろしくて仕方が無い。

若干の恐怖を覚えながら俺は父さんの体を抱き締める。

なるべく、父さんから離れない様にすると、父さんは面白そうに笑いながら俺の体に手を添える。


「大丈夫だアカシ、父さんがついてる」


父さんはそう言って俺を励ましてくれた。

そうして歩き続けると、道路の先に誰か人が居た。

少し、父さんより年老いた男性で、父さんの顔を見ると、次に俺の顔を見る。


「この子が、アキヒトくんの息子さんかい?」


と、そう言った。

白髪交じりの男性は、丸眼鏡の縁を挙げながらピントを合わせていた。

父さんが、その人に挨拶する様に肩を押すので、俺は前に出て自己紹介をする事にした。


「はじめまして、ちぎら、あかし、です」



名前を言う。

自己紹介をするのも初めての事だった。

俺の自己紹介に、その人は目を細めて微笑みを浮かべると俺の頭を撫でてくれる。


「初めまして、僕は銅島どうじまセンジ、キミのお父さんのね、上司なんだ」


と言われて俺は思わず畏まってしまう。

父さんよりも上の人だ、俺が粗相をしたら父さんが何か言われてしまうかも知れない。


「アカシ、初めての人で緊張しているのか?安心しろ、銅島さんは、銀嶺家の分家でな…要するに、とても強いってワケだ」


ギンレイ?…それはこの世界での、貴族か何かなのだろうか。

いや、強いと言う事に紐づけるのであれば、道場とか、達人が住む家か?


「アキヒトくん、昔の話だよ、結局、僕は分家だからね…」


少し悲しそうな表情をする銅島さん。

その顔を見て、父さんは慌てる様に言った。


「で、ですが、強いのは変わりないですよね?俺は、その強さに憧れてるんですよ!!」


慌てながらフォローを入れていた。

銅島さんは少し調子を取り戻したのか、それとも仕事を開始しようとしているのか、少し気を引き締めて声を掛けてくれる。


「じゃあ、巡廻を始めようか、祅霊が出ない事を祈ろう」


銅島さんはそう言った。

いや、俺としては祅霊と言う存在を一目見ておきたい。

確かに危険な生物とは聞いているが、父さんたちがどの様に戦うのか見たいのだ。


そんな事を考えながら巡廻をした時、俺の願いが叶ったのか…祅霊と出会った。


「銅島さん、出ましたね」


「久し振りだね、祅霊が出るの」


二人はそう言いながら腰に携える刀を構える。

祅霊、そう呼ばれた化物は、人よりも一回り大きな鬼だった。

鬼、と言う特徴は、頭部に生える角と、鋭い牙、筋骨隆々とした肉体。

それら特徴を合わせて、俺は鬼と断定した。


「キミは、息子さんを守っていなさい、祅霊は僕が倒す」


そう言って、銅島さんは刀を引き抜いた。

銅島さんの手からは、闇を切り裂く様な紫電が散っていた。


「よく見ていなさい、アカシ、銅島さんはな、銀嶺家の古流斬術を学ぶ人だ」


古流斬術?

古流剣術、では無いのだろうか。


「炎子炉から発生した闘猛火は、掌から放出し、その手に握り締める刀に熱を与える、特殊な金属で造られた刀は、闘猛火を吸収し、倍以上の熱量を放出するんだ」


闘猛火はその様に使われるのか、と俺は思った。


雷迅流らいじんりゅう斬術戦法ざんじゅつせんぽう


銅島さんが声を漏らすと刀身に熱が籠る。

銅島さんの闘猛火が刀身に集中しているので、刀身からは紫電が散っていた。

両手で刀の柄を強く握り締めると。


「〈角雷凱かくらいがい〉ッ!!」


呼吸の全てを吐き出す様に技名を口にした。

刀を大振りで振り回すと銅島さんへと接近する祅霊に向けて斬撃が飛ぶ。

それも唯の斬撃じゃない、まるで稲妻の様にジグザクしながら飛んでいく紫電の斬撃で、祅霊は一目見て危険な斬撃だと察したけれど、ジグザグに動く斬撃は紙一重で避ける事が難しく、真横に飛ぶように回避したかと思えば、それを見越して斬撃は直角に曲がり、祅霊に斬撃を直撃させた。


「ぐぎゃああああああッ!!」


叫び声と共に、祅霊の胴体が裂けた。


「どうだ、凄いだろう!?あれが銅島さんの斬術戦法だッ!!」


そう言われて、確かに俺は驚いた。

…これ、剣術じゃ、なくない?


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