第52話 北の森
ゼロの今回の冒険者ギルドへのゴブリン討伐の報告は特殊個体のゴブリンチャンピオンの出現によるものと言う報告に留めておいた。
ゼロ自身の抱いた疑問に関しては何も言わなかった。何故ならゼロ自身にもまだはっきりとした事が掴めていないからだ。
ただ同様のケースが他にもあるかも知れないので明日からは森に入ってみようと思っていた。
それは森の魔物の生態を調べ為に。ただ建前上は薬草採取にしておいた。
その為に今回は少し採取の難しい薬草にした。その方が森の奥まで踏み込める。
「おい、あいつらこの前はやっとゴブリン討伐なんてまともな事やってたと思ったらまた薬草だとよ。よっぽどゴブリンに酷い目にあわされたんじゃねーのか」
とまたこの様な陰口を叩かれていた。
ゼロ達がゴブリンチャンピオンを討伐した事はギルドの上層部しか知らないのでこうなっているのだがゼロはその方が面倒がなくていいと思っていた。
ここの森は町から歩いて1-2時間の所にあり特に名前はないが冒険者達の間では修練の森と呼ばれていた。
それは余り強い魔物がいないので冒険者の初心者やランクの低い者には向いていたからだ。
ランクの高い者はダンジョンを目指す。そう言う形で上手く振り分けられていたがその分この森で狩をする者は軽視される傾向にあった。
とは言えそこそこには広い森だ。中心に向かえばそれなりに強い魔物もいるが危険地域に指定されるほどではないが。
なるほどゼロ達が軽視され侮られる訳だ。まして薬草採取などと言えば。
それはいつもの事なので気にもしなかったが、ゼロ達がゴブリンチャンピオンを倒した事を知るギルド職員にしてみれば歯がゆい思いをしていたのだろう。
ケルンの様にゼロ達に魔力がない事を知りながらも警戒する者はいる。
それを一番良く知っている者はゼロ達に叩きのめされた連中だろうがそれでもまだゼロ達のほんの一部しか知らない。
ゼロとシメは今日も薬草を求めて森に入って行った。
今日の薬草は螺巻草と言う一種の精神安定剤を作る薬の元になる薬草だ。それなりに森の奥深い所に生えている。
森を調べるには持ってこいの薬草だ。
森の周辺部にはFランクやEランクの冒険者達が多くいた。将来の高ランク冒険者を目指して頑張っているのだろう。
とは言え今は恐らく食べて行くので精一杯だろう。
もう少し奥に入って行くと流石に冒険者の数も減った。
そこに現れる魔物はそれなりには強い魔物が出て来る様だが特にこれと言った特殊個体はいなかった。
どう言う事だこれは。森自体に異変がある訳ではなさそうだ。しかし強い魔力値は感じられる。つまりそれは個別の魔物に限られると言う事か。
「ゼロさん」
「ああ,誰かが戦ってるな。行ってみるか」
そこにいたのは4人の冒険者達だった。ランクは全員Dランクか。
不思議な事にこの場所で十数匹のゴブリンに取り囲まれていた。ここは普通ゴブリンが出て来る様な所ではない。
ゴブリンはもっと低位の魔物だ。こんな所にいたらゴブリン自体が餌にされてしまうだろう。
しかしこのゴブリンは強かった。あのサルギル村に現れたゴブリンと同等かそれ以上と言った所か。
なるほどこれならDランクでも苦戦するはずだ。しかもこれだけの数になると。
そして殆どの者が手傷を負っていた。まだ動けるだけましと言う所だろう。リーダーが辛うじて持ち堪えているがそれも何時まで持つか。
「ゼロさん、またゴブリンですか」
「そうだな、さてどうするか」
「どうするかって、それはやっぱり助けるでしょう」
「だな」
「おーい、ちょっと聞くが助けはいるか」
「えっ、ええっ、はい。お願いします」
「だとよシメ」
「えっ、何でまた私なんですか」
「俺は薬師だ」
「わかりましたよ。やればいいんでしょう、やれば」
「よし。一匹は殺すな」
今度はシメはその辺に転がっていた太めの木の枝を拾ってそれでぶん殴り始めた。
一撃ずつゴブリン達は吹き飛ばされて即死だった。勿論これは単に木の枝で叩いている訳ではない。その木に気を乗せて叩いているので鉄棒で叩かれているのと同じだ。
その間ゼロは怪我人の治療をしていた。ゼロは治癒魔法は使えないが薬で殆どのものは治せる。
中に一人治癒魔法の使える者もいたがその本人が怪我をして使いものにならなかった。それに魔力も枯渇していた。まぁそれだけ激しい戦いだったと言う事だろう。
ゼロがみんなの治療をしている時に一匹のゴブリンがシメの攻撃をすり抜けてゼロの後ろに迫って来た。
きっとこちらの方が襲いやすいと思ったのだろう。ゼロは後ろも見ずに裏拳の一発で吹き飛ばした。勿論即死だ。
シメがゴブリンの殆どを倒して戻って来ると全員が安堵したと同時に精も根も尽き果てた様にがっくりとなっていた。
「一応ゴブリン退治は終わりました。あっ、すいません。一匹すり抜けられちゃいました」
「お前わざとやっただろう」
「えっ、あっ、いえ、何だか暇そうにしてましたので」
「おまえな」
『何なんだこの人達は。この状況で遊んでいると言うのか。いや、遊べるのか。そんな馬鹿な』
最後の一匹にはゼロがマーカーを付けておいたのでこれで後で追跡出来るだろう。
ゼロは全員に体力回復のポーションを飲ませてやった。これで何とか体力も回復するだろう。
「ありがとうございました。本当に助かりました。もしあなた方が来てくださらなければ俺達は全員死んでいたでしょう。本当にあなた方は命の恩人です」
「気にするな、命のやり取りは冒険者の常だ」
「そうは行きません。俺達で出来る何かの恩返しをさせてください。あっ、申し遅れました。俺はベルトン、こっちからポッポ、ティモ、それとデリアです。俺達『金色の矢』と言うパーティを組んでます」
「『金色のの矢』か、良いパーティ名だな。それと随分と義理堅いんだな。じゃー今晩の飯でも奢ってもらおうか」
「えっ、そんなんでいいんですか」
「ああ、それで十分だ」
「あっ、はい」
「では俺達はまだ薬草採取が残ってるんでな。また後で会おう」
「えっ、それだけの力を持っていて何故薬草なんですか」
「俺は薬師だからな」
「そ、そんな」
ベルトン達もゼロ達の噂は聞いていた。しかし噂と事実とは天と地程の差があった。
彼らと別れたゼロ達はさっき逃がしたゴブリンを追いかけた。行き先はわかっている。マーカーがその場所を示していた。
こちらもまた洞窟の様な所に入って行った。ここもまたサルギル村の洞窟に近い作りになっていた。
ゼロはあの時から洞窟内に作られた祭壇の様な物が気になっていた。それはここにもあった。
今回もまた中央に大きなゴブリンがいた。前回のゴブリンチャンピオンよりも大きい。恐らくはゴブリンキングだろう。これはまさにS級だ。
何でこんな物がここにいる。そしてその周りにはホブゴブリンが数体いた。
前回よりも強い個体が集まってる。なら普通のゴブリンのあの強さもうなずけると言うものだ。
全ては中央のゴブリンキングの魔力覇気による魔力共有によるものだろう。どうやらその力でゴブリンの力を底上げしている様だ。
しかし誰がそんな事を。これは魔法ではないだろう。
「誰だ人間か。何しに来た。いや、よくここまで来れたものだ。普通ならわしの魔圧で圧死しているはずだがな」
「お前もまた随分と人語が上手いな。まるで人間と話してるみたいだぞ。この前のゴブリンチャンピオンみたいにな」
「何だと、あのゴブリンチャンピオンを倒したのはお前だと言うのか」
「ああ俺だ。そしてお前もな」
「ふん、ぬかせ。お前ごときにSランクが倒せるか。敵討ちも兼ねて塵にしてくれるわ」
「つまりお前らは繋がってると言う事か。何処の組織だ」
「しゃらくさい。全員で殺せ」
「シメ、気功剣を使え」
「了解です」
そこから先は地獄の修羅場だった。地獄の鬼を狩る二匹の修羅。そんな地獄絵だった。
数体のホブゴブリンと数百のゴブリンがたった二人に殲滅されてしまった。こんな光景を誰が信じられるだろうか。
「まさかな、こんな人間がいようとは思わなんだわ。おぬしら何者だ。本当に人間か」
「お前だってそうだろう。人間のバケモノが」
「よかろう。地獄に送ってやろう」
「シメ、波動結界を張っておけ」
「わかりました」
膨れ上がった魔力から放出されたものは高温高圧の火炎弾だった。それは触れるもの全てを溶かしてしまう。岩も地表も。まるでドラゴンブレスの様だった。流石はSランクと言う所か。
濛々とした洞窟に視界が戻った時、そこにはゼロが平然と立っていた。いやシメも。
「な、何故だ。何故生きていられる。あの猛火の中で」
「それだけお前の魔法が屑だったと言う事だろう」
「ば、馬鹿な、馬鹿な、そんな事があってたまるか」
「気功斬殺剣」
ゼロの手から放たれた一条の剣気がゴブリンキングの首を切り落とした。
「お前ではまだガルーゾルにも届かんな」
「ゼロさん、何なんですかこいつは」
「恐らくは人造の魔物だろう。いや、魔物に人間の意識を乗せたと言うべきか」
「そんな事が出来るんですか」
「さーな、俺の知る限りそんな技術はないはずだが」
「それでこれからどうするんですか」
「そうだな、ここまで来たら隠しておく訳にもいかんだろう」
これで終わった訳ではない。他にもこの種の魔物がいないとは限らない。特にこれが組織的に作られたものだとしたら国の存亡にもなりかねない。
何しろ相手はSランクの魔物まで操れるのだ。国の対策も必要だろう。まずは冒険者ギルドに説明する事にした。
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