第9話 魔粉石の行くへ

 ゼロはこの護衛を通して色々な事を考えていた。


 この荷物が魔粉石だとしたら誰が何の為に使い、また誰がこれを奪おうとしていたかを。


 物が魔粉石ならこれを必要とする者は当然悪魔と言う事になる。これを奪うとするならそれは悪魔に敵対する者達か。


 いや、その逆もまた考えられる。悪魔に敵対する者達の手に落ちた魔粉石を悪魔達が奪い返しに来た。それもまたありだろう。


 今の所賊達の中に悪魔はいなかった。ただ普通の山賊でない事だけは確かだ。かなり訓練を受けた者達だ。騎士団か傭兵か。それとも闇の組織か。


 魔法使い達をあれだけ持ってると言う事は騎士団と言う線は薄くなる。


 ともかくは受取人を確認してからの話だなとゼロは思っていた。


 ともかくここまでやっておけば当分は敵も攻めては来ないだろうとゼロは思っていた。


 それどころか味方の護衛団ですらゼロ達には恐ろしくて及び腰になっていた。


「なぁゼロさん、あんた達は一体何者なんだ」

「俺達は雇われたただのCランク冒険者パーティだ」

「冗談はよしてくれ。俺はSランクだと言われても驚きはしないぞ」

「何なら冒険者カードを見るか」


「わかったよ。それで俺達が護衛しているあの球は一体何なんだ」

「さー何だかよく分からんが相当大切な物なんだろうな。命を狙われるほどの」

「だな。何だか早くこの仕事を終わらせたくなって来たぜ」

「そうだな。それが正解だろうな」

「おいおい、あんた何か知ってるのかい」

「いや、何も」

「そうかい。じゃー早く終わらせちまおうぜ」

「ああ」



 こうして長旅の末にやっと中央モラン人民共和国のバペット商会の本店に辿り着き、今回の任務は終わりとなった。


 後半は一切の襲撃もなく安心して仕事をこなす事が出来た。護衛に当たった冒険者達も安堵の胸を撫でおろしていた事だろう。ただし7人の犠牲者は出たが。


 ゼロ達護衛団は依頼完了の報告に冒険者ギルドに寄った。流石は王都の冒険者ギルドだ。中も広く豪華な作りになっていた。


 特にここは中央モラン人民共和国の冒険者ギルド中央本部と呼ばれる所だった。


 そう言えばゼロは昔ここに来た事があったなと思い出した。確かこの王都でスタンピードが起こった時の事だ。


 しかしそれはもう100年以上も昔の事だ。もう知っている者もいないだろう。


 ゼロ達は護衛した冒険者達と別れて独自に宿屋を取った。しばらくはこの王都に滞在する積りにしていた。


 宿屋はギルドで教えてもらった宿屋で取り敢えず1週間ほど宿泊する事にして前金を払っておいた。


 ハンナの事を考えて獣人が経営する宿屋にしたが悪くはなかった。隅々まで手入れの行き届いた良い宿だった。


 前回ここに来た時はクルーゼン侯爵の王都の屋敷で寝泊まりしていたのでゼロも宿屋に関しては詳しくはなかった。


「ねぇねぇ、ゼロさん、ここが王都と言う所なんですか。やっぱり凄いですね。この規模は」

「そうじゃのう、ここはあのキングサルーンの首都よりも大きいかも知れんの」

「キングサルーンって?」

「わしらが作った獣人の国じゃ。今はもうないがの」

「ええっ、壊れちゃったんですか」

「いいや、放棄した。いや違うの。今で言えば遷都と言う事かの」

「そうなんだ」


 シメはこの中世の様な街並みを楽しんでいた。まるで御伽噺の中にいる様だと。


 この国は直接獣人達と戦争をしなかったのでこの国では獣人もそこそこに生活出来ていた。ただし裕福と言う程ではないが奴隷ではなかった。


 特に冒険者の中には獣人も亜人種もいたのでハンナの姿もそれほど目立つと言う程ではなかった。


 町を散策しながら歩いていると良い匂いがしてきた。これこそ定番の串焼きだ。流石のハンナも鼻をひくひくさせていた。


 ゼロマもそうだったがハンナもまた奴隷だった頃、この串焼きが1年に1度食べられるかどうかのご馳走であり高根の花だった。その感覚は今でも変わらない様だ。


 その事を良く知っているゼロは一人2本づつ買ってやった。ハンナは嬉しそうに尻尾を振りながら食べていた。これだけは昔と変わらない様だ。


「ゼロさん、この串焼きはおいしいですね。日本でも中々ありませんよ」

「何じゃ、その日本と言うのは」

「あっ、いえ、それは私の田舎です」

「そうか、お主は日本と言う田舎から来たのか、しかし聞かん名じゃの」

「ええっ、そ、それは小さな田舎ですから」

「そうか一度行ってみたいの、その日本とやらに」

「あはは、機会があればね」


 その後3人で王都の町を歩いているといきなり悲鳴が聞こえ「ドロボー、誰か、私の袋をー」と叫んでいた。


 良くあるパターンだ。


 そのドロボーは40半ばの中肉中背と言った所か。しかし顔はいかつく目がギラギラしていた。


 通行人の何人かを突き飛ばして走って来たので、突然その男の目の前にシメが現れた。男が「えっ」と驚いた時には男は地面とキスをしていた。


 シメによって投げられ固められ背中に回された腕が今にも折れそうになっていた。余りの痛さに男は冷や汗をかき声さえあげられずにいた。 


 そこにようやく町の警備の衛兵が駆けつけて男を逮捕した。


 袋を取り返してもらったお婆さんは何度も何度もシメに感謝していた。余程大切な物だったんだろう。


 衛兵からも感謝され、この男はドロボーの常習犯だと言われた。


 しかしあまりに見事な捕縛術に、あなたは何者かと聞かれ、シメはただの冒険者ですと答え、冒険者カードを見せておいた。


 なるほどCランクの方でしたかと納得されその場は無事に終わった。


 ただその様子を獲物を狙う蛇の様な目で見つめている者がいる事をゼロは見逃さなかった。


『あいつは仲間かな』


 昼食の後は時間があるので自由時間として各自で観光を楽しむ事にした。


 シメは店を覗いたりおやつの様な物を食べたりと観光を楽しんでいた。


 ゼロとハンナは個別に行動すると見せかけて隠形の術を使ってシメの後をつけていた。


 ゼロには何かが起こりそうな予感があったのだろう。


 すると予定通りと言うかシメが人通りの少ない道に来た時に急に当たりの雰囲気が変わった。恐らく結界魔法だろう。


 これで周りの人間にはこの中で何が起こっているかはわからない。


 シメは5人の覆面をしたヒューマンに取り囲まれていた。


「何ですか貴方達は。私は大したお金は持ってませんよ」

「構わんよ、いるのはお主の体だからな」

「私の体?私のナイスボディが欲しいんですか」

「ナイス?なんじゃそれは。構わん掻っ攫え」


 4人が絡め捕ろうと周囲から一度に攻めて来たがまるで歯が立たなかった。直ぐに全員が地に這わされていた。


「なるほど、これは上玉だな。ではこれでどうだ『束縛魔法』」


 その男がそう言った時、シメは急に体が重たくなって動けなくなってしまった。


 シメは確かに強い。しかしそれは物理的な強さだ。シメはまだこの世界の魔法と言う物に対する対応が出来てなかった。


 そもそも元の世界では魔法などそれこそ漫画の世界でしかないものだ。それに対応しろ言う方が無理だろう。


 そしてシメは攫われてしまった。予定通りと言うべきか。


 ゼロはそれを見越していたからこそシメを一人にした。そして彼らの後をつけた。


 彼等は町外れの古ぼけた一軒家にシメを連れ込み更に地下室に連れて行った。


 そこにはまるで近代的な研究室の様な機材が色々揃っていた。一体誰がこんな物を作ったと言うのか。


「シャロガン様、実験体を連れてまいりました」

「ほー女か、しかも上玉ではないか。これは実験のし甲斐があると言う物だ。んん?何じゃこのヒューマンは魔力がないではないか。こんな者が存在するのか」

「貴方達は何者なんですか。私をどうしようと言うのです」

「ほーまだ口が利けるのか。大したものだその意志の強さはな。それにしても面白い」

「ほーこれは驚きましたね。私の束縛魔法に例え口だけとは言え逆らえるとは」


「お前をどうするつもりかと聞いたな。お前をもっと強くしてやろうと言うのじゃよ。この世で最強にな」

「そんなものいりません。今で十分です」

「そうもいかんのじゃよ。もっと強くなってこの世界を破壊してくれんとな、はははは」

「破壊ですって。そんな事私がするとでも思ったのですか」

「ああ、するさ。直ぐにな」


 そう言ってシャロガンが光る球体から取り出した物は魔粉石だった。


「なる程な、そう言う事か。魔紛石を使ってヒューマンを怪物に改造しようと言う事か」

「誰だ」


 そこにゼロとハンナが隠形の術を解いて現れた。


「貴様達は何者だ。それに何故お前はそんな事を知っている」

「そう言えば以前にもこんな事をしようとしていた奴がいたな。確かドノバとか言ったか」

「何、ドノバだと。それは反逆の魔将と呼ばれた連中ではないか。しかし貴様が何故それを知っている」

「ほーと言う事はお前も悪魔と言う事か。まだ残党が残っていたのか。クリアの奴、討ち漏らしたか」

「馬鹿め、わしをあの様な下等な悪魔と同じにするでない。まぁいいついでだ。貴様らもここで皆実験動物にしてやろう」


 シャロガンが何かをする前にゼロは瞬歩でシャロガンの懐に入り波動寸勁で吹き飛ばした。同時にハンナは周りの雑魚達を灰にしていた。


「貴様何をした。ヒューマンごときに打撃を受けるとは。しかしもう遅いわ。魔紛石はその女の体に入ったぞ」

「それはどうかな。その魔紛石は先日ヘッケン王国から届いた物だろう。あれには少し細工をしておいた。魔素球から出すと魔紛石の効果が無効になるんだよ。言ってみればただの栄養剤みたいな物だ」

「馬鹿な、そんな事が出来る訳がなかろう」

「なら自分で試してみるんだな。食ってみろ」


「そんなそんな馬鹿な事があっていいはずがない」

「ならお前はもう用済だ。死んどけ」


 この悪魔はゼロの双魔剣で切り裂かれ消滅した。そしてシメの束縛魔法は魔法を使った者が死んだ事で無効になった。


「シメ、大丈夫か」

「すいません。不覚を取りました。でもでも、何ですか、私を囮にしたんですか」

「もう済んだんだ。良いじゃないか」

「良くありません」


 今度はシメにも本格的に気力操作を教えないといけないなとゼロは思っていた。


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