第6話 波動拳の指導
ゼロはこの伝説の冒険者パーティー『カリウスの剣』の聖地で彼ら「自警団カリヤ」に波動拳を教える事にした。
「お前達が使ってる捕縛術と言うのは大きな武術体系の一部分でしかないのだ」
「これが一部分だと言われるのですか」
「そうだ。お前も疑問に思っていたように、そこには剛の技がない。いや、ないのではない。ただ伝授されなかっただけだ」
「伝授されなかった。どうしてでしょうか」
「さーな、初めから伝授されなかったか途中で忘れられたか、それは俺にはわからんがともかく抜けている事は確かだ」
「しかしそれでは今更どうにもなりませんね。祖師は100年前にお亡くなりになっていますので」
「だから俺が教えてやる」
「えっ、師匠が。でも師匠はどうしてその技をご存じなのですか」
「技の伝承と言う物は何も一つの所からだけではないと言う事だ。と言っても信用出来ないだろう。なら体で知れ。ダニエル、掛かって来てみろ」
それからダニエルとゼロとの壮絶な戦いが始まったがいくら攻めて行ってもダニエルはただ倒されるばかりだった。
まともに受ける事も避ける事も出来なかった。全ての突き蹴りがダニエルの体に炸裂していた。しかしそれでもまだゼロは十分以上の手加減をしていた。
治癒ポーションで回復させられ更に訓練は続いた。普通の者ならもう立ち上がる事すら出来なかっただろう。いやそれどころか死すらも覚悟していたかも知れない。
それをこの男、ダニエルは耐えた。
「よく耐えたなダニエル。少しは剛の技が見えたか」
「は、はい。辛うじて少しは」
「それだけでも上等だ。普通ならとうに意識が飛んでいるからな」
「いいかよく覚えておけ。これが『カリウスの剣』に伝わった波動拳と言う剛柔合わせて一体となる無手の戦闘術だ。これにまだ魔力操作と言う魔戦術がある。これをマスターして初めて一人前と言えるだろう。どうだ学んでみるか。しかし厳しいぞ」
「は、はい。師匠。是非お願いいたします」
こうしてソリエンの聖地で百数十年前と同じ様なゼロの地獄の特訓が始まった。果たして何人がこれに耐える事が出来るか見ものだ。
しかし彼らは皆よく耐えた。それはもう獣人にそして他国に支配されたくない言う反発心と克己心があったからだろう。
しかしここでゼロは皆に釘を刺しておいた。
これは獣人を倒す為の技ではない。不正や不条理の暴力と戦う為の技だ。それを忘れるな。己の明利の為に使うなら波動の粛清を受ける事になると付け加えておいた。
これにはシメも指導員として参加していた。シメの才能と実力に皆驚嘆していた。ゼロを除いてシメに勝てる者は一人もいなかった。
ダニエルでさえ、シメと十度戦っても一本も取る事は出来なかった。まさにシメはゼロと共に達人の域にいた。
そんな時一陣の風が吹いた。
「ん?来たのか、あいつ」
「お久しぶりです、ゼロお師匠様」
「お前何しに来た。忙しいのではないのか」
「私のやるべき事は終わりました。そんな時にお師匠様の意識を感じましたので確認にやってまいりました」
「いいのか、獣人のお前が国を超えてやってきて」
「お忘れですか、私は冒険者ですよ」
「そうか、そう言う手があったな」
「師匠、この者は獣人ではありませんか。一体何者なんです」
「まぁ、何だ。説明は難しい。おいバロム、こいつと模擬戦をやってみろ」
自警団第三班の班長バロムも今ではかなりの腕になっていたがこの獣人にはまるで歯が立たなかった。
そして自警団本体の親衛隊の面々も挑戦してみたが皆敗北した。そしてダニエルは。
「師匠、本気でやらせてもらってもよろしいでしょうか。そうでないととても勝てそうにありませんので」
「いいだろう。思いっきりやってみろ」
ダニエルも今では冒険者レベルでAランク上位にはなっていた。そして波動拳も中伝には達していたがそれでもこの獣人には敵わなかった。
「参りました。私の負けです。しかし貴方は一体何者なんですか」
「わしもゼロお師匠様の弟子の一人じゃよ」
「貴方が、獣人の貴方が師匠の弟子だと言われるのですか」
「そうじゃ。おぬし等よりはまだ強いがの。はははは」
「変わらんなお前は」
「恐れ入ります」
「皆ようく覚えておけ。武術に種族の垣根はない。要は上手いか下手か。そして努力しようとするかしないか。それだけだ。そこを取り違えるな」
「はい、わかりました。師匠」
「ねぇ、ゼロさん。この人、いえ、この獣人さん物凄く強いんだけど。私も模擬戦やってみていいかな」
「お前がやる気になったのか」
「うん、なんだかね。あのー相手してもらっていいですか」
「おぬしがのー、ちと難敵じゃのー。まぁいいか。やってみるかの」
そしてこの獣人とシメが相対した。それだけで気圧と魔圧が荒れ狂っていた。そしてこの二人の動きは誰の目でも追う事は出来なかった。ダニエルにして辛うじて見える程度か。これはもはや人外の戦いだった。
流石のシメもこのままではまずいと思い、自分の得意とする技、流水拳の引流で相手の攻撃を相殺していた。
これでは埒が明かないと思ったハンナは体を半身にして波動拳最終奥義烈破を放った。それに対してシメは『零勁』の最終形『竜波』を放った。
それが共に炸裂する寸前でゼロが双方の奥義を止めた。
「馬鹿かお前らは。この地をいや、この町を破壊するつもりか。お前らは手加減と言うものを知らんのか」
「相手があまりに強いので少し気負ってしまいました」
「私もです。ゼロさん。ごめんなさい」
「な、何なんですか師匠、このお二人は。バケモノですか」
それを見ていた団員達も余りのレベルの違いに息を飲み一言も話せずただただ見入っていた。これほどの技があるのかと。
「こいつら二人は言ってみればお前らの先輩だ。いずれこのレベルまでたどり着ける様に努力しろ。今言える事はそれだけだ」
「はい、師匠。精進いたします」
「あのー師匠、教えていただけますか、この方が何者なのか」
「ああ、こいつか、こいつはハンナと言う獣人だ」
「ハ、ハンナってあの『殲滅の魔女』と言われた獣人国の大魔法使いじゃないですか」
「ほーお主良く知っておるの」
「その魔法使い様がどうしてこんな戦闘術が使えるのですか」
「お主、魔法使いは戦闘術が使えんとでも思うておったのか。それはちと見識が狭いの」
「そ、そうなんですか」
「そうだな。『カリウスの剣』にソーシアと言う魔法使いがいたのを知っているか」
「はい、勿論です。最上級の魔法使いだったと聞いております」
「彼女もまたこの波動拳の使い手だったぞ」
「そ、そうなんですか、あのソーシア様が」
「技術は職業を選ばん。学んだ者の身につく。それだけだ。だから職業でその技術を決めるな」
「はい、肝に銘じておきます」
「しかしお師匠様、また飛んでもない者達をお育てになってますね」
「何だ、気になるのか」
「気にならないと言えば嘘になります。私も頑張らないといけませんね」
「そうだな、お前も良い弟子を育てろ。種族に偏見を持たない弟子達をな」
「わかりました。そういたします。それでお師匠様、時々来ても構いませんか」
「どうだお前達」
「はい、この様な先輩ならいつでも大歓迎です」
「だとよ」
「分かりました。お前達また会おうぞ。ではお師匠様もシメ殿もお元気で」
そう言ってハンナは飛び去って行った。
「なんとまぁ、忙しい人ですね」
「そうだな、何しろ獣人国の重鎮だからな」
「あの人がですか」
「今では獣人国のNo1、英雄ハンナだ」
「あの人が英雄様なのですか」
「ああ、そうだ」
あの人と本気でやったら勝てるかしらとシメは考えていた。それはハンナも同じだった。恐ろしい女ヒューマンがいるものだと思っていた。
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