これぞ夏の風物詩

「バカなんじゃないですか、ほんと」


 せいろの中のようなうだった部屋の中で、ひんやりした声が床を滑ってくる。ぼんやりした頭にもそれは届いて、う、と花火は床に潰れながら相手に見えない角度で誤魔化すように口角を引きつらせた。ぴ、とエアコンを操作する音が聞こえる。


「ポンコツもほどほどにしてくださいね、自分のことは自分でできるようになってください。あなた何歳ですか」

「ごめん」


 はあ、とまた冷たいため息。エアコンがガーッと古めかしい音を立てる。ああ、お前もポンコツなのか、仲間だね__仲間にするな、年なだけだ。祭が冷蔵庫を開け、食材を詰め込んでいるのが聞こえる。花火がごろりと彼の方へ寝返りを打つと、生温い床板が左の頰に触れた。少年のような短髪にオレンジのインナーカラーが入った小さな頭が、キッチンでぴょこぴょこと揺れているのを何も考えずに眺める。

 窓の外、ずっと階下の方で、じーわじーわとセミが元気にお祭り騒ぎしている。

 昼間っから酒でも飲んでんのかね、と呟きたかったが、口を動かすのすらもだるくてもにゃもにゃと不明瞭な声をこぼした。祭りに乗っかって昼間から酒を飲むのはあなただけです、となぜか思考モロバレの返事が返ってくる。


「思考読み取るのやめてよぉ」

「は? 自分で言ったんじゃないですか」


 心底怪訝な顔をされ、花火は戸惑いながら唇を擦り合わせた。祭が紅白の瞳を伏せ、からんからん、と花火からは見えない手元で何か硬い音を立てる。


「水がいいですか? 麦茶がいいですか?」

「ああ、女神ぃ。麦茶」


 はいはい、と返事は冷たいながら冷蔵庫を開け麦茶の入ったピッチャーを取り出し、と甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる祭に、花火はその派手な頭から感謝の火花を立てた。セミロングの黒髪に入った何色ものメッシュカラーから、ぱらぱら……、と色とりどりの小さな牡丹が打ち上がる。


「わあ、やめてください。火事になるでしょ」


 からから、と祭がグラスを揺らしながら眉をひそめる。未だぶっ倒れている花火のそばまで来ると一度グラスを床に置き、花火の頭を抱き上げて上体を起こさせた。グラスを持ち上げると、彼の口元に当てがう。ふに、と花火の唇が麦茶に向かってとんがると、ころん、と涼やかな音を立てながらグラスを傾けた。


「間違えて暖房をつけて熱中症になるなんて、夏が呆れますよ」

「ぶくぶく……」祭がグラスを一度離す。「だって、設定温度が24℃だったから冷房だって思って……」

「そもそも冷房24℃なんかにしないでください、電気代の無駄です」

「はい……」


 麦茶を一杯飲み終え、花火は祭の膝に頭を乗せて少しずつ頭のモヤが晴れていく感触を味わった。祭が床で爪をこんこん、からり、と鳴らし、口笛も合わせてささやかな祭り囃子を始める。人為的な冷たさと夏の暑さが混じり、少しずつ冷たさが勝っていく。それなのにじっとりとした汗は止まらなくて、蝉の声が煩わしい。


「だがしかし、これが夏よ」


 むふー、と花火が呟くと、はあ、と祭がため息を吐く。


「じゃあもう、熱中症でもクーラー病でも好きにかかってください」

「冷たいよう」

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