葛籠青龍

箱庭織紙

本文

 ――太古の昔。

 『四神しじん』は戦乱の世を平定するため、選ばれた四人の戦士に神の力を分け与えた。


 神の力をその身に受け継ぎ、世に光をもたらした戦士達。

 人々は畏怖を込め、彼らを『煌王こうおう』と呼び崇め奉った。


 そして、煌王によって戦乱の世が終わり……数千年の時が流れる。


 ― ― ― ― ―


「ぐはッ!」


 地面に倒れた男は口から溢れた血を拭い、目の前に立つ青年を見上げた。

 夜の東京。

 中心地にある繁華街の路地裏で、男と青年は相対していた。


 なんとか男は起き上がるが、傷は思ったよりも深く、先ほどのように戦えないことを悟る。

 男の着ていたスーツは胸部の布が裂け、血に塗れていた。

 反対に青年はボロ布のような服を纏っていたが、体には傷一つついていなかった。


「まさか荒鷲あらわし隊の副隊長までこっちに出張ってるなんて、思いもしませんでしたよ。そんなにあの少年を消したいんですか、朱雀の煌王は」


 落ち着いた低い声で青年は話す。

 その声を聞いた男は、体が少し弛緩する感覚を覚えた。

 青年の声には、不思議と人を安堵させる響きがあった。


 男が血を吐く羽目になったのは、先刻の青年との戦闘が理由であるにも関わらず、である。

 苦しそうに息を吐き、青年を一瞥しつつ男は言葉を返した。


「あ、あのガキは白虎の煌王に覚醒する予兆があった。白虎派が復権しては……困るんでね」


「権力争いにはホントうんざりですよ。最後に一つ聞きますけど、少年の居場所はどこです?」


 懐から男は拳銃を取り出し、自分の側頭に向けた。

 震える声をしっかりさせるために、男は血の混じった咳払いをする。


「ジンさん。仕事には守秘義務ってモンがあるの、知ってるだろ? あばよ」


 男の頭に弾丸が撃ち込まれる。

 派手な音が辺りに響くものの、街の喧騒に揉み消されて誰にも聞こえてはいないようだった。


 ジン、と呼ばれた青年はため息をつく。

 切れ長の目に、無駄な肉もなく血色がよい顔つき、そして潤いを持つ黒い長髪。

 誰が見ても一目で美形だとわかるジンの顔は、憂いにより深く沈んでいた。


「まぁ、口を割るわけないよな」


 ジンの横には葛籠つづらが置かれていた。

 大人用のリュックサックより一回り大きい、淡褐色の竹で丁寧に編まれたモノだった。


「リストの人物は残り四人、か。早く辿り着かないと少年の命が危ない。行きましょう、青龍様」


 葛籠を背負うと、ジンは路地裏を抜けて人混みの中へと消えていった。


 ― ― ― ― ―


 この客は、何かおかしい。

 個人経営の洋食レストラン『らいらっく』の店主・民谷純一郎たみやじゅんいちろうは、水とおしぼりをテーブルに置きながら、目の前に座っている客を警戒していた。


「日本食文化の中で発展してきた洋食、そこからしか得られない栄養素は確実にある! そして、僕の願いを叶えてくれる洋食レストランはここしかありません! 店主、注文いいですか!」


「……ご注文、お伺いします」


 純一郎が接している客は、見た目からして外国人のようだった。

 肩までかかる金髪や明るい青の瞳からもわかるが、日本語の喋り方がやはり日本人とは少し違うのだ。

 流暢に喋ってはいるが、ほんの少しだけアクセントが違う。

 そして、座っている状態からでも身長の高さが伺える。


 しかしそんなことはこの際些事である。

 重要なのはその客が純一郎に対し、時折刺すような視線を送っている事。

 純一郎はその視線に、殺気に似たような何かを感じ取っていた。


 今日は従業員三人が全員、運悪く体調不良が重なり欠勤ということで、店内には店主の純一郎しかいない。

 それが余計に不安を助長させていた。


 無意識に、純一郎は身に着けていた緑のエプロンを投げ出し、この客の前から逃げ出したいという衝動に駆られていた。


 『I need wings!』とプリントされた紫のTシャツ、その首元をパタパタとさせながら、客はメニューを指差す。


「ではこの合い挽き肉のハンバーグ、二百グラムのライスなし。それと季節野菜のカレーを一つ! 以上でお願いしま~す!」


 注文を伝票に走り書きすると、純一郎は「しばらくお待ちください」と足早に席を離れようとする。

 しかし、純一郎の右腕を客は素早く掴んで、テーブルの前へと引き戻した。


「注文するついでに、一つ聞きたいことがあるのですよ! そうお時間は取らせません。お願いできますか?」


 パッと客は腕を離すが、純一郎は微かに震えていた。

 しかし、恐れながらも純一郎は客へと向き直った。

 急に引き戻されたことで少しズレた眼鏡を、今一度かけ直す。


「は、はい。なんでしょうか」


「実は私、仕事で人探しをしていまして~、まぁ探偵みたいなモノです! それでさっきもこの辺りをウロウロしていて、休憩がてらこの店に入ったというわけで。探し人に見覚えがないか、店主にも確認していただきたいのです!」


 客はポケットからメモ帳を取り出すと、それをペラペラとめくった。

 メモ帳には英語がびっしり書かれており、純一郎に読み取ることはできない。


「その人物の特徴なんですけど~……まず、国籍が日本人です。そして年齢が十四歳、ちょうど中学二年生になりますね~、身長一六八センチ・体重五十六キロの少し細身な短髪の少年だそうです。あ、そうそう大きな特徴として、額に大きな傷跡があるんですよ~」


 純一郎の眉は険しくなり、客から二、三歩距離を取ろうとする。

 だが客は、先程と同じように純一郎の腕を掴んだ。

 そして、今度は離そうとしない。


「それで名前が……真門卓斗まかどたくと。名字こそ違いますが、あなたのお孫さんですね?」


「ッ! 卓斗、逃げろ!!」


 『この客は危険だ』と咄嗟に判断した純一郎は店の奥……二階へ続く階段に向かって叫ぶが、同時に客は赤いクナイのようなものを階段へ飛ばした。

 クナイは純一郎の目で追えないようなスピードで、二階へと吸い込まれる。

 数秒後。

 そのクナイに引っ張られ、少年……真門卓斗が二階から引きずり降ろされてきた。


「うわっなんだお前っ、やめろ離せっ!!」


 卓斗はTシャツを引っ張るクナイを、懸命に剝がそうとしている。

 純一郎には、赤いクナイは『赤い鳥』に見えた。


「はっはー! やっぱりここだったんですね! いや~ここかなとは思ってたんですが、確証がなかったんですよね」


「な、何者だお前!」


 強制的に孫を引きずり降ろされたショックで動揺した純一郎は、思わず客を問いただす。


「何者だ、ですか。それはあなた達にも見当がついてるとは思いますがね~。しょうがない、今一度自己紹介でもしておきましょうか」


 腕を離された純一郎は、卓斗を庇うようにしゃがむ。

 それを鼻で笑いながら、客は立ち上がった。


「私の名前はハイド・クランブル。朱雀の煌王直属部隊『荒鷲隊』隊長です、お見知り置きを。と言っても、あなた達は今から死ぬんですがね~!」


 客、もといハイドが右手を挙げると、卓斗に引っ付いていた赤い鳥は吸い込まれるように右手へ戻っていった。

 代わりに今度は、青いカギ爪のような武器が右手に現れ、ガチャリと音を立てて装着される。

 カギ爪を大きく振りかぶると、高らかにハイドは叫んだ。


「天国への特急列車、二名様ご案内~!!」


 卓斗が恐怖から目を瞑り、純一郎が卓斗を守るため覆いかぶさる。

 そして、ハイドが二人にカギ爪を振り下ろす。

 これら三つは全て、同時に起こった出来事だった。


 しかしその時、乱入する形で四つ目の出来事が起こる。

 レストランの窓ガラスを突き破って、一人の青年が内部に飛び込んできたのだ。


「うわっ!」


「な!?」


「何ですかあな……へぶっ!」


 青年は店内へ入った瞬間、ハイドの顔面にドロップキックをかます。

 テーブルに体を激しく打ち付け、悶えるハイド。


「やれやれ、間一髪か。助けに来ましたよ、卓斗君、純一郎さん」


 体勢を立て直し、卓斗たちの方に向かってニッコリと笑いかけた青年。

 それに対し、卓斗は驚愕の念を言葉と共に口から押し出す。


「あ、あなたは……ジンさん!」


「覚えていてくれて何よりです。さ、とりあえず命の危機は回避したし、とっとと逃げますか」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。卓斗はあなたを知っているようだが、あなたは」


「ハイそこまで!」


 青年、ジンは卓斗と純一郎を両脇に抱えると、来た時と同じように窓から外へ飛び出した。


「今の自分は葛籠を持っていない。決め手に欠けるんじゃハイド隊長は倒せません。ここは一旦、自分の宿泊場所まで行きますよ!」


 ジンは超人的なスピードで歩道を走り始める。

 卓斗と純一郎がレストランの方向を見ると、二人を殺し損ねたハイドが鼻から血を流し、よろめきながら叫んでいた。


「待てッ、伏静風フー・ジンファン!!」


「はいはい無視無視」


 赤信号の歩道を突き抜け、車道の隙間を縫うようにジンは昼下がりの東京を駆けていった。


 ― ― ― ― ―

 

 東京都心から少し離れた場所に、そのホテルは存在する。

 『プリンス・ロンド東京』、その五十二階にある一〇〇二号室を三人は訪れていた。


「こ、こんなすごいとこよく泊まれるね、ジンさん」


 外の景色がよく見えるように、一面ガラス張りの壁に張り付きながら卓斗は感嘆の声を漏らす。

 緑のTシャツと短パン、という先ほどのハイドと似たような服装の卓斗は、自分が場違いの場所に来たような感覚を覚えたのか、少しだけ恥ずかしそうに自分の服装を見た。


「連合が発行したカードを見せたらタダで通してくれましたよ。自分の力じゃありません」


 ジンは懐からゴールドメッキ加工のカードを見せた。

 しかし、卓斗がジンの方に駆け寄っていくとカードをしまう。


「今はカードより、お二人の今後の話です。ハイド隊長がここを見つけるには、まだ時間があるはず。その間に今までの経緯をお話しします」


「そう、一体アンタ達は何者なんだね? さっきから私は何が何やら」


 革張りのソファに座っていた純一郎は、眉間を抑え疲れた声で言う。

 卓斗はそれを気にしてか、ジンから離れて祖父の隣に腰を降ろした。

 その反対側にジンが座る。


「申し遅れました、自分の名前は伏静風。簡単に言うと、世界中を旅しているバックパッカーです。気軽にジンとでも呼んでください」


「なる……ほど? ではさっきの外国人は一体」


「それを説明するためには、前提知識がどれ程あるかを聞く必要があります。純一郎さん、あなたは卓斗君から『どこまで』聞いているんですか?」


「私は……下校途中に卓斗が何者かに誘拐され、どこか知らない場所……孤島のような場所に幽閉されたと聞いている」


 記憶を一つ一つ辿るように、純一郎は話し始める。


「しかし、人の力を借りて東京まで逃げ帰ってきて、そのまま私の店に転がり込んできたのだよ。家に帰っては追手に見つかる可能性があるからと、父母と絶縁状態の私のところへ。私と卓斗は密かに連絡を取っていたからね」


「なるほど」


「私が知っているのはそれくらいだ。具体的に話すことを、卓斗は極端に怖がっているみたいで……警察にも連絡させてくれないんだ。詳細な事の顛末を教えて欲しい」


 純一郎は話し終えると、ジンの目を見つめる。

 その態度に応えるため、ジンは頷いた。


「そうですね、卓斗君が話したがらないのも無理はない。そして、この件は一国家の警察がどうこう出来るものでもありません。私が説明しましょう」


 スマホを懐から取り出し、ジンは地図アプリを起動させた。

 世界地図が出た状態でテーブルに置くと、それを少しずつ拡大させていく。


「中国の西部、青海省にある湖……その中心部に『四神島しじんとう』という人工島が建設されているのですが、そこに卓斗君は幽閉されていました」


 青色の湖がスマホ全面に表示された後、ジンは拡大を止める。


「四神島は、とある組織の拠点として作られました。組織の名は『四神連合しじんれんごう』。名前の通り、四神に関係する機関です。さっきのハイド隊長……変なTシャツの外国人は、その組織員です」


「四神とは」


「すみません、日本の方はよく知らないですよね。四神とは、青龍・朱雀・白虎・玄武の四体から成る、中国の神話における霊獣達のことです」


 ジンは近くに置いてある葛籠を一瞥すると、また純一郎を見た。

 純一郎は真剣に話を聞いているものの、イマイチ要領を得ない顔をしている。

 ジンはさらに説明を続ける。


「四神に関係すると言いましたが、歴史を調査する機関ではありません。荒唐無稽な話かもしれませんが……四神は実在します」


「実在? つまりそれは」


 瞬間。

 話の核心へ迫ろうとしていたジンの言葉は、窓が割れる音に遮られた。

 三人は一斉に窓へ視線を向ける。

 その内ジンだけはすぐに立ち上がり、窓から飛び込んできた何者かを卓斗の目前で食い止めた。


「さっきの意趣返しといきたかったのですが、お見事ですね~」


 卓斗の目の前では、他でもないハイド・クランブルが、ジンに青い爪を抑え込まれていた。

 一歩遅れて冷や汗が噴き出た卓斗は、椅子に背中を張り付けることしかできない。


「もしかして壁を駆け上がってきたんですか? 短時間で場所を突き止めたことといい、油断ならないですね」


「単に空歩を使ってみたかっただけですよ~。少年の才色さいしきも覚えたので、探すのも容易でした」


 ハイドはジンの腕を振り払うと、後退して距離を取る。


「伏静風。やはりアナタは目障りです、いつも世界中をフラフラしてる癖に、大事な時だけ邪魔をしに来て~」


「隊長達が人道にもとるような事さえしなければ、自分も駆け付けないんですけど……ねっ!」


 喋り終わると同時に、一気に距離を詰めて蹴りを放つジン。

 ハイドは腕を交差させてガードするが、ジンの蹴りにより窓の外へ吹き飛ばされた。


「卓斗君、純一郎さん。今から自分はあの人を倒しに行ってきます。自分を信じて、終わるまでここで待っておいてもらえませんか?」


 椅子に座ったまま固まっている二人に声をかけると、葛籠を手に取り肩に掛けた。

 無言で首を縦に振った二人を見て、微笑んだジンは。


「では」


 窓から外へ、飛び降りた。


 ― ― ― ― ―


 『白虎式範囲術・空歩くうほ』。

 四神連合・白虎派の一部組織員のみ使用出来る、特殊な空間指定能力の事である。

 この能力を使えば、建物の壁や空を地面として、自由に駆け巡ることが出来た。


 ジンはホテルの壁を地面として立っていた。

 数メートル前方には、ハイドが顔をしかめつつ構えている。

 まだ痛みが残っているのか、しきりに腕をさすってはいたが。


「空歩、誰から教えてもらったんです?」


「朱雀派に鞍替えしたいって人が一人いましてね~、その方経由です。それよりやってくれましたね、まだ痛みますよ」


「はは、すみません。でも、護衛対象に傷をつけるわけにはいかないので」


 数メートルの距離を開けて、表面的には落ち着いて会話するジンとハイド。

 しかし、二人の視線はお互いを倒すことのみに向けられていた。

 ジンの横には、部屋から持ってきた葛籠が蓋を開いた状態で置かれている。

 空歩は人以外にも作用していた。


「長々と喋ってもアレですし、ケリをつけましょうか! 久しぶりに存分に力を振るえる相手と戦えて、癪ですが少し興奮しますよ!」


「自分は全く興奮しないですけどね、あなたのような狂人の相手は。副隊長の顔がやつれてたのを思い出します」


「抜かしなさいッ!」


 言葉を吐き捨てると同時に、ハイドは赤い鳥をジンに向けて放つ。

 鳥はクナイを投げたように、真っ直ぐとジンの胸に突き刺さるかに見えた。


 しかし、ジンはそれを素早い手刀で叩き落とすと、一気に距離を詰めて回し蹴りを繰り出す。

 薄皮一枚の間隔でハイドはそれを避け、瞬時に腕に青い爪を出現させて振りかぶった。


 まともに食らうと危ないと判断したのか、ジンはバク転で攻撃を躱す。


「やはり動けますね、伏静風。私の爪を躱す者は中々いません」


「伊達に体を鍛えているわけではないので。しかし、厄介ですね隊長のその能力。『六翼三原色むよくさんげんしょく』とか言いましたか」


「能力も割れてるのですか、私も有名になったものだ……そう、私の能力・六翼三原色は、赤・青・緑それぞれの色を持つ鳥の能力です」


 ハイドは右手を振りかざし、青い爪に加え赤い鳥と緑の翼を出現させる。

 輝度の強い原色のそれらに、ジンは少し目を細めた。


「小さな赤い鳥を飛ばしてかく乱させる『小赤刃こせきじん』。青い爪を装着、当てるだけで絶大な威力を敵に与える『青乱舞せいらんぶ』。そして、一対の緑の翼であらゆる攻撃をガードする『翼守緑よくしゅりょく』。この三つを以て、貴方を打ち破りましょう」


「いや、名前を知ってるだけでどんな能力かは知りませんでしたけど……儲けたな」


 一瞬、虚をつかれたような顔をするハイドだったが、やがてわなわなと震え出すとこめかみに青筋を立てた。


「ハ、ハァ!? じゃあ今のは私の早とちり……カーッ! 声が良いのを活かして巧みな話術で説明させましたね!? 見損ないました、何と姑息な!」


「いや、早とちりって言いかけてたじゃないですか。早とちりですよ」


「うるさいッ!!」


 ハイドは小鳥をジンに向けて放った後、それを追うように自らも距離を詰める。


「ちょっとは落ち着いたらどうです……わっ!」


 先ほどから勢いを増したハイドの攻撃を受け流し、受け止め、カウンターを繰り出しつつジンは機会を伺う。

 ハイドが力任せに爪を振った後、大きな隙が出来たのを見計らって腹部へと掌底を打った。


「がはッ!」


 掌底の威力に、ハイドは思わず数歩よろめいて後退する。


「そろそろ温まってきたので、ボチボチ自分も能力ちからを使わせてもらいます」


 ジンの周囲を、蒼天の如き青いオーラが漂い始めた。

 それを視認したハイドは思わず声を漏らす。


「まさか」


拝神拳はいしんけんりゅう


 青いオーラを拳に纏うと、ジンはハイドに対し連撃を放つ。

 ハイドは瞬時に緑の翼を出して受け止めるが、一発一発の威力の重さにただ押されるばかりだった。


 両拳を同時に翼に当てると、耐えきれずにハイドは吹き飛ぶ。

 が、口から血を流しつつも何とか立ち上がった。


「それが噂に聞く拝神拳ですか……全く、恐ろしい能力です」


「おや、そちらにも知られてましたか。隊長みたいに詳細は喋りませんよ?」


「あなたほどの有名人、流石に私も詳しく知ってますよ」


 ハイドは手を広げると、今までに聞いていた拝神拳の噂を答え合わせをするように話していく。


「葛籠に封印した青龍様の力を、拳法の型に落とし込むことによって徐々に引き出していく能力! アナタは眷属でありながら、煌王に近い力を受け継いでいると聞きます。それ故に葛籠という『物体』に能力を封印しなければ、上手く制御できなかったんですよね~?」


「仰る通りです。強大な力を授かったのは光栄ではありますが、未熟な自分に嫌気もさします」


 ジンにとって、青龍の力とは基本的に使いこなせないもの。

 だからこそ、世界中を旅して力を使いこなすための修行を行う必要があった。


「しかし、あなたの拝神拳には一つ弱点があるでしょう?」


「弱点、とは?」


「先ほども言ったように、拝神拳は青龍の力が強力な以上、少しずつしか力を引き出せない。つまりはスロースターターということです! 私にも勝機は十分にある!!」


 豪語するハイドに対し、ジンは構え直しつつ挑発する。


「ペラペラ言う前にやってみればいいじゃないですか。次で勝負を決めます?」


「……全く、あなたは会うたびに私を腹立たせますねぇ! お望み通り、私の全力を出してあげましょう! もう出し惜しみは一切ナシです。次で、あなたを、殺します!!」


 ハイドは左手を空高く掲げると、左手にも青い爪を発現・装備した。

 そしてさらに赤い鳥と緑の翼を出現・合体させ、黄色の巨大な鳥を創り出す。

 それを両手の爪で掴むと、黄色の鳥を撃ち出す構えを取った。

 ハイドの周囲で虹色のオーラが輝き、力が溜まっているのがわかる。


「アナタはここで終わり、白虎の煌王候補も死ぬ!! 朱雀派の支配を続けるために……サヨナラです、伏静風!!」


 そう叫ぶと、ハイドは黄色の鳥を撃ち出した。

 地面のガラスを削りながら、猛烈な勢いを以て鳥はジンの体に激突……するかに見えたが。


拝神拳はいしんけんほう


 左手で右腕を抑えつつ、右掌を黄色の鳥へ向たジンは静かに言い放つ。

 すると、青いオーラを持つ龍が、葛籠から飛び出しジンの掌へ吸い込まれた。

 そしてそのまま、青い光線として掌から撃ち出される。

 光線は黄色い鳥を一瞬にして貫通し、それだけにとどまらずハイドの体をも圧倒的熱量で焼き尽くした。


「な、なにィ!?」


 光線の勢いで空中に投げ出されたため、空歩の効力が切れて地上に向かって落下を始めるハイド。

 ホテルの壁に捕まろうともがくが、既に体を思うように動かせない。

 それほど、ジンが放った青い光線はハイドに甚大なダメージを与えていた。


「く、クソ……」


 ボロボロになった体に呼応するように、ハイドの意識は途切れようとしていた。

 今際の際、朧気ながらハイドは視認する。

 ジンの周囲にとぐろを巻いて浮かぶ、恐ろしいほどに力強く美しい『青龍』が、ハイドを悲し気に見つめている様子を。


「あぁ、願わくば」


 最後の力を振り絞って呟く。


「この空を飛ぶ、翼が欲しい」


 瞬間。

 体は地面に激突し、ハイドはその生涯を終えた。


 ― ― ― ― ―

 

「ふぅ、ひとまずは難を逃れたって感じかな」


 空歩の効力が切れる前に葛籠を左肩に掛け、部屋の中へと戻りつつジンは呟いた。

 『拝神拳・放』は、『溜』で蓄積した青龍のエネルギーを一気に解き放つ能力。

 しかし、ハイドが言ったように青龍の力は少しずつしか引き出せない。


 ジンがハイドを煽った時には、その時点の『放』でハイドを倒せるかどうか、五分五分だった。

 さらなる追手が来ることを危惧して決着を早めたが、押し負けたら死んでいたのはこちらだったかもしれない、とジンは身震いする。


「運よく何とか勝てたけど、この先はこんな戦い方じゃ持たないな……」


 割れた窓から部屋に入ったジンに、卓斗は駆け寄った。


「ジンさん! だ、大丈夫?」


「えぇ、大したことはありません。それより、説明の前に移動した方がいいかもしれません」


 ジンはスマホを取り出すと、何らかのメッセージを送る。


「先ほどのハイド隊長のような追手が残り三人、まだ卓斗君を追っているようです。これ以上東京に居るのは危険です。タクシーで空港に向かいましょう」


「空港って、一体どこに向かうつもりなんだね?」


 ソファに座ったまま、純一郎が不安気に尋ねると。


「イギリスに行きます。ロンドンに自分の仲間達がいるので、そこに行けばしばらくお二人を匿うことが出来ます」


「イギリス!? ……申し訳ないが、得体のしれない君を私は『はいそうですか』と信用することはできない。勿論、助けてもらったことには感謝している。しかし、せめて先に説明の続き、君の素性を教えてもらえんかね?」


「……自分の素性、卓斗君との関係はタクシーの中でお話ししましょう。信用できなければ、途中で引き返して頂いても構いません」


 しばらく腕を組み考え込む純一郎だったが、やがて決意を固めたように頷く。


「わかった。仮ではあるが、君に同行しよう。行こうか」

「ありがとうございます。卓斗君も、それで大丈夫ですか?」


 確認のため、ジンは卓斗に向き直る。


「俺はジンさんのことをあまり知らないけど……二回も助けてもらったんだ。今はジンさんのことを信じてみようと思う」


 ハッキリとした口調で言い切る卓斗を見て、ジンは微笑んだ。


「信用してもらえるなら、自分もお二人を安心して守れます。では、行きましょうか」


 三人は空港に向かうため、部屋を出た。


 ― ― ― ― ―


「ホテルの人、流石にビックリしてたね」


 タクシーに乗ってから数分、おもむろに卓斗が口を開いた。


「まぁ、ホテルのガラスが数部屋分一度に割れて、しかも入り口近くで人が落下死してたのなら当然ですね。災難とも言いますけど」


「ホテルの人に事情を話さなくて良かったの、ジンさん?」


「言ったところで信じてもらえないでしょうし、警察が来たら厄介です。このカードを見せてさっさと退散する方がスマートでしょう」


 先ほど卓斗に見せたゴールドメッキ加工のカードを、ジンは今一度財布にしまう。


「では、純一郎さんも気になっているでしょうし、これまでの経緯を説明しましょうか」


「お願いしたい」


「あ、話す前に。運転手さん、この事は他言無用でお願いします。他者に話した場合、あなたに災難が降りかかる可能性もあるので」


 ボロボロの服をまとった青年、エプロンを付けた眼鏡の老人、そしてTシャツに短パンというラフな格好の少年という三人組を怪しみながらも、運転手は無言で頷いた。


「ご協力、感謝します……純一郎さん、先程自分は『四神は実在する』と言いましたよね? 四神連合とは、四神に仕えてお力を拝借し、世の平定のために力を行使する組織です」


「……すまない。失礼を承知で言うのだが、四神連合とは胡乱な新興宗教か何かなのかね?」


 ジンは少しおかしそうに口に手をやると、言葉を続けた。


「ある意味当たっているかもしれません。しかし四神が実在し、その力を借りて操る人々がいることは紛れもない事実です」


「本当に、そんな魔法みたいなモノがあるのかね?」


「見たんだ、爺ちゃん。四神島で俺は」


 なおも疑う純一郎に対して、助手席に座っていた卓斗は言葉を振り絞った。

 後部座席を振り返ったその顔は青ざめている。


「俺みたいな攫われた人々が、牢屋みたいな場所に大勢監禁されてた。数人ずつ順番に牢屋から出されて、連れて行かれたのは真っ白な研究室みたいなところで……そこで白衣を着た人達に点滴されて、その後」


 吐き気が込み上げてきたのを止める様に、手を口元に当てる卓斗に対し、純一郎は前に向き直るよう促す。

 ジンは『言いにくいことですが、四神のエネルギーを点滴されたのだと思います』と話を受け継いだ。


「四神のエネルギーは、適性があれば『眷属けんぞく』という力を拝借できる人間に目覚めるのですが、適性がなければ体内でエネルギーが暴走、体が爆散し死に至る強力なものです。連合の中には眷属を集めるために、人々を拉致する悪質な派閥があります。遺憾ですが」


 スマホを懐にしまいながら、ジンは話し続けた。


「ちなみに、卓斗君含め数人が四神島から脱出する際、私と仲間達はその手助けをしていました。卓斗君とはその時に知り合ったんですよ」


「そ、そんなことが」


「恐らく卓斗君は四神のエネルギーに順応し、眷属……あまつさえ『煌王』としての覚醒予兆まで見せてしまったのでしょう。ハイド隊長のような輩に襲われるようになったのは、それが原因です」


「眷属は何となくわかったが、煌王とは一体」


「眷属の上位存在で、四神の力を一番多く借りることが出来るリーダー的存在です。四神それぞれに一人ずつ、つまり選ばれた四人の人間が四神の煌王となれます」


 ようやく幾らか得心がいったようで、純一郎は今までのジンの言葉を整理する。


「つまり、うちの孫は煌王とやらの資質があって、それ故に四神連合に攫われた……というわけか?」


「その通りです。厄介なのが、卓斗君を攫ったのは朱雀派という派閥な点です。卓斗君が覚醒しかかったのは白虎の煌王。白虎派はここ十数年ほどの勢力が落ち目だったので、白虎派復権のきっかけになってはマズいと判断されたのでしょう」


 顎に手をやり、しばらく考え込む純一郎に対し、ジンは。


「卓斗君に追手を出している朱雀派の煌王は、連合本部を乗っ取り意のままに操っています。卓斗君が完全に追手から逃れるためには、その煌王を何とかしなければなりません」


 未だ純一郎にはフィクションのように聞こえていたが、ジンの真剣な口ぶりからして冗談の類ではないだろうと思い直す。


「しかし、その話が本当なら私の質問は最初に戻るぞ」


「……つまり?」


「アンタ、一体何者なんだね? その不可思議な組織についてやたら詳しいが、ただのバックパッカーではないだろう」


「そうですね、先ほどはあのように言いましたが」


 胸に手を当て、ジンは二人に自己紹介をし直す。

 その瞳には、揺るぎない決意と信念が宿っていた。


「自分は朱雀派と敵対する、青龍派の眷属です。青龍の煌王の指示の下、朱雀派からお二人を守る任務を負いました。今一度、よろしくお願いしますね」

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