第3話 乱世の父と娘の絆

(これ以上父上様を怒らせたら、本当にどうなるかわからないよ……)

(でも、荻野家の名に恥じないようにしなきゃ……)

(あ……父上様が書いて頂いた書を見るの忘れてた……)


 一人目との顔合わせにて乱心した桃千代。

 父からの圧により平静を取り戻した彼女は、切り替えの早さと言う長所を遺憾なく発揮。忘却の棚に上げてあった書の事を思い出し、縁側で熟読し始めていた。


(さっきの方のところは読まなくていいよね……)


 一枚目には先ほど合ったばかりの馬之助。二枚目にはすでに亀甲の間で待機している馬八郎の事が書かれていた。

 ●伊達家近親 伊達馬八郎

 一、座右の銘

 柱に足の小指をぶつけるべからず。

 二、信条

 食物は床に落としても三数える間なら問題ない。

 三、常日頃

 風呂上がりに厠に行きたくなると躊躇する。

 四、好物

 ニジマス


(え? これだけ? これで何がわかるの?)


「桃千代」

「え? は、はい。父上様?」


 掛軸を一刀両断にした荻野式尾が再び、縁側で呆けていた桃千代の背後に現れる。


「少しばかり伝え忘れた事があっての」

「あ、はい。なんでしょうか?」


 そう話し始めた荻野式尾の顔は、桃千代が幼い頃犬に吠えられ、泣きながら慌てて父の太ももに身を寄せた時の緩んだ顔だった事を桃千代は思いだしていた。そして、その緩んだ表情はそのまま困惑の表情へと変化し、ぎゅっと胸が締め付けられるのを感じた。


「この乱世において、大名家の女子というのは不遇な扱いを受けているのはお前も幼いながらわかるか?」

「……私は不遇だとか、そのような事はわかりません」

「そうか……だが無理もない。わかりやすく言おう。わしは今回の縁談……桃千代……そなたを政治のために利用したのじゃ。どうか恨まないでおくれ」

「…………」

「わしも桃千代にそんな不条理な思いはさせたくなかったのじゃが、現在の荻野家が置かれている状況――未来永劫存続の為にはそうも言っておられんのじゃ」

「はい……」

「わかっておくれ、桃千代……」

「……はい」


 政略結婚である今回の縁談。

 政治のせの字も知らない桃千代の感情は、自分が婚姻する……よくわからないという思いだけが先行していた。しかし、自分が乱世の政治において道具となり使用されるという真の意味を、この時に初めて理解した。

 大名武家の娘として生まれた自分が、これから進まなければならない道を桃千代なりに想い描いた。


「父上様。どうかお気になさらないで下さい。私も荻野家の娘、そして武勇を他国に轟かせている父上様の娘です。覚悟は出来ております。この先の人生、荻野家の名に恥じぬよう立派に努めて参ります」

「桃千代……よくぞ申した。お前も武家の娘であったか……」

「はい。伊達に父上様をお側で見ていたわけではございません」

「……よし。それでは亀甲の間で待っている伊達馬八郎殿にお目通りしてくるのじゃ」

「はい!」


 父と娘の絆が見え隠れした会話に桃千代は決意を新たにした。

 しかし、その決意は木っ端微塵に破壊されようとは、この時の桃千代は知る由もなかった。




 



 


  

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