戦国時代の桃千代さん
@pusuga
第1話 異質な縁談話
戦国時代、一夫多妻制である大名家がほとんどでした。
正室→本妻。身分が高い。
側室→本妻以外の妻。
妾→愛人。
正室は政略結婚で顔も知らない相手の所に嫁ぐのがほとんどでしたが、側室や妾は大名自身が好みで選んでいたとされます。その為、側室や妾の方に愛情を注いでいたという大名も少なくありません。しかし、正室が側室や妾に嫉妬心を持つと言うのは、大変下品な事とされていました。夫の不在時には一門の女性を取りまとめる、重要な決断をする、事務仕事をする、そして夫の死後は剃髪をして出家し冥福を祈るまでが正室の役目でした。
夫の女性関係は自らの感情を押し殺し耐えなければならない、夫代理として城内外の様々な問題に対応しなければならない――身分が高い正式な妻であるにも関わらず、不条理に感じる事があった方もいたのではないかと思います。
◇◆◇◆◇◆◇◆
(なんですの? せっかく
関東荻野城。
その城主は戦国大名である
そしてその一人娘である桃千代は十四歳。父親譲りの勝気でやんちゃな娘。母親からの急な召し出しに、城下からぶつぶつと不満を露わにして戻って来た。
サーッ。
本来であれば「桃千代でございます。入ってもよろしいでしょうか?」の礼節を尽くすのだが、娯楽の興をそがれた為、召し出した母親に嫌味の一つも発言しようかと勇み、城内本丸の襖を開ける桃千代。
「えっ?! ち、父上様?!」
「おう。遅かったな桃千代。何をそんなに驚いているのじゃ?」
(まさか父上様だなんて、聞いてないよ? 昨日甲斐の国に出陣したと聞いてたのに……)
もちろん、勝気な桃千代ではあったが武勇を誇る父親の前では借りてきた猫の様になる。
「い、いえ……急にお召しとは何ごとでしょうか? 父上様」
「それよりお主はどこで何をしていたのじゃ?」
「え? いや、その、お花を詰みに……」
「たわけものっ!」
「…………」
(ただでさえお声が大きいのに怒鳴らないで欲しいよ……)
「お主が来ている衣装は蹴鞠装束ではないか! ほらを吹くのも大概にせい!」
「は、はい……も、申し訳ありません父上様……」
(父上様がいるなら急いで着替えたのに……)
「まあよい。その前に今日はお主の人生を左右する、極めて重要な話をせねばならない」
「……は、はい」
(え? なに? なに?)
桃千代の父親、城主荻野式尾はすくっと立ち上がり仁王立ち。正座したまま見るその姿は、怒りにまみれた鬼の化身の如く見えた桃千代。
「桃千代。我が荻野家領土は、北に武田家、南に北条家、西は朝倉家、東は今川家に囲まれているのはもちろん承知だな?」
「は、はい」
(その話、何度も聞いたよ……)
「そして、この戦国の世は群雄割拠。いつ何をもって我が荻野家も危急に陥るかわからない事も承知だな?」
「はい」
(群雄割拠ってどんな意味だっけ?)
「そこでお主には東北の伊達家の近親に嫁いでもらう事にした」
「え?! つまり……」
「そうだ。我が荻野家の安泰の為、伊達家と同盟を結ぶ事を決断したのじゃ。背後にいる伊達家が我が荻野家と親戚関係になれば、他国も迂闊に攻め入る事は出来んじゃろ。それに危急の時にも援軍を要請出来る」
「はい」
「桃千代。この婚姻に荻野家の命運が託されていると言う事を忘れるでない」
「はい。そ、それで……その、嫁入りはいつでございましょう?」
「五日後だ」
「え?! 五日後?!」
(早くない?)
「どうした? 何か不満か?」
「いえ、滅相もございません。お家の為に我が身がお役に立てるのであれば本望にございます」
(父上様、以前偉そうにお家の為に嫁がせる不条理な事はさせないって仰ってましたよね?)
「桃千代。わしの考えでは、来年あたりに四国の名家の息子に嫁がせるつもりであった」
「そうなのですか?」
「ああそうじゃ。だが、その名家に密偵を放ち調べたところによると、その息子は極端に短いそうじゃ」
「短い?」
(何が?)
「それに上下の腰使いがなっていない上に耐久力もない」
「はい?」
「あとは使用時、若干左に向いていると言う事じゃ。それが致命的でもある」
「えっと……」
「つまり京の方角を向いていないと言う事じゃ。わかるか桃千代?」
「いえ……」
(はい?)
「京を目指す――それはすなわち武家としての志。それが西を剥いて……いや、向いているのは愚の骨頂と言わざるを得ないからな」
「はい……承知しました父上様」
(この話終わってくれないかな?)
父の話す内容が全く理解出来ていない桃千代。
「それに今回の縁談話は異質でな」
「異質? どういう事でございましょう?」
「伊達家の近親の婿候補二人から選択して良いとの事なのじゃ」
「え?
「そうじゃ。桃千代、お主が実際に会い決めるのじゃ。これはもしかすると伊達家に試されているかもしれんのじゃ。しっかりと吟味せいよ」
「……はい」
(よくわからないよ……)
「明日、その者達を招いてある」
「え? 明日?」
(だから……話が早すぎるよ……)
はらり――
父、荻野式尾は桃千代の前に一枚の書を差し出した。
「父上様? この書は?」
「密偵に探らせた婿候補二名について書かれた書じゃ。昨夜一晩かけてわしが自ら編集をした」
「え? 父上様自らが?」
(昨日は戦じゃなかったの?)
「そうじゃ。しっかりと熟読せい。そして明日に備えるのじゃ。わかったな? 玉ばかり蹴って過ごすお前も年貢の納め時だと思え」
「はい……」
(玉? 蹴ってるのは鞠ですが? それに、私何か悪い行いしてたの?)
選択権が女子の桃千代にあると言う異質な政略結婚。
桃千代は表面上は満面の笑みを父親に振りまき、心は大号泣して本丸を後にした。
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