二学期
第六話_9月1日、9日 最期は感情論
__ついに新学期が始まった。その証拠に、今や体育館には体育座りをした人も、あぐらをかいている人も、床に寝っ転がっている人も__うん?
僕はと言うと、背筋をピンと伸ばし、体育館の前で式辞を述べている校長先生をしっかりと見据えながら、僕がまるでそこでいないかのように話す二人組に挟まれている。司会の話どころか、校長先生の話の時すら黙っていられない不良共(かもしれない)に僕が苛立っているかと言われれば、そうではなかった。理由は単純_でも、周りにいる不良共には理解できない内容かもしれない。それでも今日この学校の生徒の誰よりも早く登校していた僕に、先生はものすごく幸せになるような言葉をかけてくれたのだ。勘違いさせるかもしれないが、別に宗教にハマったわけではない。
毎年万国共通、お決まりとも言える長ーい校長先生のお話が終わると、先生の後方にあった国旗、そして市のマークが描かれた旗にお辞儀をした。実は校長先生のお話が終わったタイミングで司会の先生が「礼」と号令をかけていたのだが、あいにく僕は双方にいる不良共の気になる会話のせいでタイミングを逃してしまっていた。その会話というのは…と宛もなく頭の中で解説しようとしたところで、司会の人が次の始業式プログラムを伝えた。おっと、流石は僕。タイミングがぴったりだ。
「次はプログラム3番。旧生徒会の辞任式と、新生徒会への受け継ぎです。旧生徒会の皆さんは正面の舞台に起こしください。」
嫌にボリュームの大きいスピーカーから、うるさい不良共の会話の中でも芯を折らさない先生の声が響く。いくら毎日不良たちの説教でつかれているとはいえ、大事は式ぐらいは真面目にやるのかもしれない。もちろん相手は先生なのだからそんな生意気なことは実際に言わないが、それでも僕はいつものノリで自分をひっぱたく。今は大事な式の途中なので、心の中でしか叩かなかったが、現実で叩いていても幸せなことに代わりはないと思う。その感情を詳しく言うのならば、僕は非常に光栄、とでも言おうか。
旧生徒会の先輩方が正面に出てくる。去年の生徒会長はすでに卒業してしまっているため、副会長である現2年生の先輩が代役を務めてくれるらしい。そこまできっちりとした感じではない、かと言って気が抜けているわけでもない歩き方で旧生徒会のメンバーが生徒の間を横切る。次々と旧生徒会のメンバーが体育館の上に並び、事前準備が足りなかったのか、ところどころ立ち位置をずらしながらも、先生方の眼差しを受けた先輩方はきっちりと並ぶ。たぶん旧生徒会もそうだが、これから出てくる新生徒会のメンバーへのプレッシャーも半端ないだろう。それでもそのプレッシャーを跳ね返すほどの感情を、今の僕は持っている。
「それでは、新生徒会のメンバーを発表していきます。第36代生徒会。生徒会長、須タキ朝麻。」
ああ、やっぱりダメかも知れない。今の僕を苛立たせるその間違いをなかったことにするため、今朝のことを思い返すことにした。
「おはようございます」
いつもの解錠時間より少し遅れて来た先生に、元気よく、それでいて騒がしく思われない程度に、丁寧に挨拶をした。さすがは夏、休み明けの空は青く澄んでいて、雲一つない…と言おうとしたところ、学校の屋上スレスレに雲を見つけてしまった。そんな清々しい空に先生は目を覚ましたのか、同じように丁寧に、それで少し大きい声で「おはようございます」と返してくれた。先生に言われる前に挨拶できてよかったと思う。
いくら新学期だからって、学校ではしゃぐことも、ましてやだるそうにすることも許されない。僕の先生の信頼度アップを目指す行動力は休み明けでも劣ることを知らず、先生といっしょに校門の門を開けた。鉄製の扉はところどころ錆びており、目覚めの敵である「キキキーッ」という音も鳴り響くが、好都合なことに、学校の周りには家が見渡らない。つまり、この不快な音で迷惑する人もいないのである。先生は別として。
自分の身長より少し高い校門を開けたところで、体の向きを変えた僕に先生は「そういえば」と言って引き止めた。普通に名前を呼んでほしい。ここに僕以外いたら誰も振り返らなかったぞ。体の向きを変えたばっかりだからという理由で先生の声を無視するわけでもなく、僕はちゃんと先生に向きなおってから用事を聞くことにした。ついでに、他に登校した生徒の邪魔にならないよう、入口の端っこに寄る。
「はい、何でしょうか」
「朝麻さん、いきなりで申し訳ないが、生徒会代表挨拶考えておいてくれないか?今日の始業式で言ってほしくて…」
「え、あ、それはいいんですけど…なぜ僕なのかお伺いしても?」
「あ、あー…そういえば朝麻さんは学校のライン入ってなかったな。朝麻さんは生徒会長になったので、二学期から晴れて生徒会代表だぞ。」
「なるほど、わざわざ教えていただきありがとうございます。ちなみに、その挨拶の内容はどういうものがいいとかありますか?」
「まぁ急にお願いしてしまったし、なんでもいいよ」
…スマホを手に入れたのは8月になってからなので、学校のラインに入ってなかったのだが、それでも当日の朝に始業式で言う挨拶を考えろっていうのは無茶振りな気がした。気がしただけで、実際には面倒に思ったり焦ったりしていなかった。なるべく態度に出ないようにいつもより手足を交互に出すことを意識して規則的に歩く。そのまま校庭を突っ切って玄関に入ったところで、僕は我慢の限界が来た。嬉しすぎて、思わず大声が出てしまったのである。「よっっっっしゃああああああ!!!」という普段なら出ない僕の大声が、人々の迷惑になることはなかったと思う。ただ一人、校門を開けてくれた先生以外には。
今は少し落ち着き、顔も真面目なものにすることができたが、内心では生徒会長になれた嬉しさと共にギリギリまでスピーチの内容を考えていた。「なんでもいい」と言われたからって、ふざけたことを言うなんて僕のプライドが許さない。かと言って、この不良共が溢れかえる学校ではできるかぎりの丁寧な言葉で真面目な演説をしても聞かないやつがいるだろうし、聞こえない人もいる。つまり、不良たちの意識をこっちに向かせるような言葉を言えることができればいいってことだ。
「それでは、生徒会代表挨拶。生徒会会長、須埜朝麻さん。」
今度こそ司会の先生は、僕の名前を間違えることはなかった。他の先生から訂正を入れてくれたのか、あるいは自分自身で気づいたのかは分からないが、実際とは違う名前で覚えられることがないと考えたならどっちでもよい。僕はマイクの位置を直し、少し背の低い自分の声が通る位置にしてから、60度きっかりになるようにお辞儀をした。ここまでの先生方の評価は、少なくともB以上だろう。僕は、お話をしている人たちにも声が聞こえるよう、司会の先生の2倍ほどの声量でスピーチを初めた。
「皆さんおはようございます。最近まで夏の強いひざしが続いていましたが、今日は少し気温が下がり、町の並木も少しづく色づいてくる気温になってきました。さて、私からは2つ、面白い話をしようと思います。みなさんはハリネズミを知っていますか?ハリネズミが他のハリネズミに近づくと「いでっ」って自分の針が相手に刺さってしまうんですよ。まぁ当たり前ですね。でも逆に近寄らないと自分の声が届かなくなって今度は相手が近づいてきます。そうすると相手の針が自分に「いって」って刺さるわけなんですよね。人間関係においてもこれは同じで、近づこうとしなければ相手の針が当たって自分が傷ついてしまいます。逆に自分から近づきすぎても、相手を傷つけてしまいますね。もう一つ、お話をしましょう。射手座とかに座はわかりますか?射手座は常にかに座を狙っているわけなんですけども、こんなふうに矢の向いている方向がちょっとずれているんですよね。この状態で弓を放ったときにどうなるかと言うと、こうやって地球を一周して自分のおしりに刺さり、また「いてっ」ってなるんですよ。射手座だけに。自分の見るべき道を間違えれば、獲物をゲットできないどころか、時には自分に返ってくることもあります。今日の話を毎日意識しろとは言いません。でも、今日の話を少しでも覚えておいて、この僕、朝麻にいつ聞かれても、たとえ明後日でも朝飯の前でも答えられるようにしておいてほしいです。以上です。ご清聴ありがとうございました。」
まず最初に気にしたのは、僕以外の会話が聞こえてくるかどうかだった。嬉しいことに、面白い話と聞いて、少しのざわめきはあったものの、その後拍手まで会話が聞こえてくることはなかった。ただ、笑いつつも話を聞いてくれる人は大多数だったと感じている。次に気にしたのは、先生方の反応。もちろん、かしこまった挨拶が出てくるとばかり思っていた先生方の顔は驚きで満ちていた。でもその視線は僕と言うより、今まで真面目に話を聞いていていなかった生徒に向かっていた気がした。ちょっとむなしい気もしたが、まぁ目的は生徒たちに静かに話を聞いてもらうことだったので、ある意味先生方は正しいと言える。
そうして僕の生徒代表挨拶は終わり、真面目な生徒たちからは期待の目を、不良たちからは警戒の目を向けられることになった。
「朝麻ってさ、普通に真面目なんだけど、なんか裏で糸引いてそーな感じするよね」
「どこを見てそう思ってるんですか」
始業式も終わり、二学期初の委員会_僕は生徒会なので委員会ではないが_が開かれ、生徒会長として改めて初会議を終えた。1日中緊張していたせいか、会議が終わったあとの疲労は足におもりをつけたかのように重く、副会長の3年生の人に疲れているのかと心配してもらったほどだ。初対面の人の不調に気づくあたり、副会長は生徒からの信頼も厚い可能性がある。そうして新生徒会のメンバーに安心している反面で体の気だるさは取れることを知らず、午前放課の今日ぐらい帰ろうとした。しかし、玄関にたどり着くまでに必ず部室の前を通る。部室の前で兎耳先輩に待機されていた僕は、部室に引き釣りこまれる…のは流石にプライドが許さないので、面倒事になる前に自ら入った。そんな僕を見かねたのか、兎耳先輩は部活動をする気力を失ったみたいで、今は僕と雑談している。いや、雑談するだけなら帰らせろよ、とも思ったが、よくよく考えればラインで何回も通知音がなる方が迷惑だと思い、他の部活の人が帰るまで部室にいることにした。
「うーん…なんていうか、完璧すぎて、普通に生徒会代表挨拶の内容も意外だったけど興味を引き付けるのも上手くてさ、なんて言うか、独断政治とかやりそうなタイプだなぁって薄々思うんだよね」
「あくまでも僕は平和主義です」
「やっぱ政治って難しいな…」
そういえば一学期のときに、顧問の深野先生も同じようなことを言っていた気がする。兎耳先輩はたまに、真剣に物事を考えるときがある。そういうときは顔を見るだけで深く考え込んでいることが分かるので、顧問曰く、基本的に放おって置くのが一番らしい。
「深野先生。これ頼まれていた予算表です。」
この日は、部活の予算表の提出日だったが、兎耳先輩が通院のため不在で、代わりに僕が届けていた。部員が2人しかいないので、もちろん僕は副部長の役割を担っている。そして今目の前にいる深谷先生は、この千橋中でも珍しいまともな教師だ。いつも真面目に授業をしてくれ、生徒の悩みにはいつも乗り、生徒一人ひとりに向き合ってくれている。ただし「新人の」がつく。
「須埜さんありがとね。予算表は預かります。そういえば最近部活どう?」
「部活っぽくはないですけど、兎耳先輩が先陣きってくれてるので、安心して部活には望めています。」
「それはよかった。何か今の時点で不安とか、質問したいこととかない?」
本当は兎耳先輩に何をされているか分からないという不安があるが、それはもちろん言えないので、僕は別の質問をすることにした。少しでも、兎耳先輩の人物像を把握するためだ。
「そうですね…確か深野先生って兎耳先輩のクラスの担任でしたよね?」
「そうだね」
「兎耳先輩って、普段のクラスの様子とか、成績とか、どういう感じなんですか?」
「うーん…守秘義務もあるからあまり詳しくは言えないけど、私から見て兎耳さんはとても優秀で、明るい生徒だよ。いつもクラスのみんなのことをまとめてくれてるから、教師として申し分ないな。あと成績も優秀だし、特に理科はいつも満点だね。私も正直兎耳さんはすごいと思う。」
…なぜか勝手に僕が兎耳先輩のことをすごいと思っていると認定されていた。あながち間違ってはいないが、悪い意味で僕は先輩のことをすごいと思っている。あれだけ倫理観がネジ曲がっている人はそうそういないだろう。そのくせ先輩は変なところで常識を持っているので、まぁなんとも付き合い方には困っている節はある。僕は先生に一言、「教えていただいてありがとうございます」とだけ言って先生のデスクを離れた。白いスライドドアを横に引きながら同時に職員室に向き直り、「失礼しました」と言ってからドアから出る。ちなみに、「守秘義務がある」と言っておいて理科の点数…毎回満点だと言っている点については、言及しないことにした。
_いくら生徒会が忙しく、どれだけ体にある疲労があったとしても、僕はやるべきことは必ずやる。科学部は、部活のある日も時間も定まってないが、兎耳先輩は基本的に毎日部活に来ているので部活には毎回顔を出すのがやるべきことであろう。つまり、新生徒会が動き始めてからまだ9日目の今日も理科室の隣にある科学部の部室で兎耳先輩と僕は二人きりでいるわけだ。兎耳先輩といるという事はつまり、部活に関係ない話でもふっかけてくるということだ。
「いやぁ、僕はまさか朝麻が生徒会長になるなんて思わなかったよ〜」
部活に関係ない話でもふっかけてくるということはつまり、兎耳先輩に聞きたくない話をさせられるわけだ。
「こんだけ努力して毎日生徒や先生方のイメージ保全に勤しんでいて成績優秀な僕のどこに落選の要素が?」
「ああ、そういうことじゃなくて、ほら、生徒会長ってだいたい3年生がやるイメージだったからさ、1年生がなるなんて意外だなってこと」
「深野先生もいってましたけど、この学校では1年生が生徒会長になることは珍しくないらしいですよ。」
「え?そうなの?」
生徒会に興味のない先輩が知らなくても別におかしくはない。というか先輩は数少ないまともな人なのだから生徒会にいてほしかったとも思ってる。こう見えて先輩は馬鹿ではないし、意外と頭いいし、やるべきことは必ずやる人だからだ。
「なんか、この学校の生徒って3年生よりも1年生の方が真面目な生徒多いらしいですよ。だから1年生が生徒会長になるのも珍しいことではないらしいです。」
「あー…まあ確かにそっか。不良いっぱいいるし、そういうのが周りの環境にいると感染者も増えるわけか。毎日生徒会おつかれさま。」
「ありがとうございます」
「そんでさ、朝麻が生徒会長になってからみんなうるさいんだよね。生徒会の方針が今までと変わって混乱しているみたい。」
「今までの生徒会の方針が定まってなかっただけですよ、それ。僕はこの学校にいる不良共を少しでも抑制しようと頑張っているんです。」
生徒会の方針決めるの早くないか?と聞かれることを想定してある僕は、その質問への答えを考えてある。生徒会長になることを前提に先に方針の詳細を考えていたからだ。もちろん毎日の清掃の時間に不良共に水の入ったバケツを蹴り飛ばされたときにもそれは考えていた。むしろあからさまな不良が多いおかげで考えやすかったってのもあったりする。
「…実際、朝麻が生徒会長になってからまだ一週間しか経っていないのに改善の傾向が見られるもんね。」
「もちろんですよ。生徒会長になったらそれなりの地位は確保できますし、生徒を注意しても舐められたり反論されたりすることも少なくなるんで政策は進めやすいんですよね。」
なんか社会の授業をしている気がするのは気の所為だろう。法律の分からない先輩に社会の話をしたって無駄だと分かっているのだからそんなことはないはずだ。うん。
「手荷物検査の企画はもう今日から始まっていますし、他にもいろんな企画書を今先生に確認してもらっている途中なんですけど、たぶんもうすぐそっちの企画も始まりますよ」
「え、もう手荷物検査始まっているの?」
手荷物検査の予告をしたら検査の意味がなくなってしまうので、このことは今日まで公にしていなかった。だから先輩がこのことを知らなくても当たり前だ。僕は協力要請の意味も込めて、先輩に分かりやすいように説明することにした。細かく説明したほう先輩の質問という無駄口を減らせるが、難しい話になって面倒になるのでやめることにした。
「僕の行動力を舐めないでください。事前に信頼できる生徒会メンバーが各部活に所属していることは確認済みなので、企画通すのは簡単でした。まあ、部活に来なかった人たちは後で僕が直接確認することになっています。」
「おー、すごい体張っている」
褒められているのだから、早く感謝の言葉を伝えたほうがいいことは分かっている。しかし僕は先輩に対して感謝するのは何か間違っている気がするのだ。そもそも兎耳先輩は人として間違っているが、そういうことではない。僕は先輩をイジりたいだけだ。別にイジっても問題あるわけじゃないので、大丈夫だろう。このぐらいのイジりで先輩が怒ることがないのは経験上分かっている。
「先輩の体の張り方とは全然違いますけどね。僕は毎日やすやすと犯罪を犯せるほどの体の張り方はしてないんですよ。」
「そりゃどうも」
…さっきから話を逸らされている気がする。その逸らしが真か否かを確かめるため、僕は真顔で圧をかけながら目的を言うことにした。ちなみに笑顔で圧をかけてもよかったのだが、これは真面目な仕事なので笑顔でやるより真顔の方がいいと思っての行動だ。
「ってことで、先輩のカバンの中身、チェックさせてもらいます」
「…え?」
このとき先輩があっけに取られた顔をしていれば、わざと話を逸らしていたことになるだろう。しかし今の先輩の面と来たら、別の国同士で起こっていた戦争がなぜか自国も巻き込まれたときのような、思いもよらぬ事態が起こったときのような顔をしていた。つまり、本当に自分とは無関係の話だと思ってたってことだ。僕が先輩のカバン(ちなみに、カバンは学校指定である)を開けている間も、その場から動くことはなかった。
「大丈夫ですよ。校則でカバンに持ってきていいものは「定められている」はずなので。」
先輩の表情は動かない。そうして僕は理科室の机と同じ構造である部室の机の上に、次々と兎耳先輩のカバンの中の荷物を置き始めた。教科書…ノート…筆箱…水筒…ビニール袋…ストロ……は怪しいがここまでは大丈夫だ。問題は…
「…水素ボンベ?」
僕がその言葉を声に出して兎耳先輩のカバンから取り出すと同時に、先輩の表情に汗が浮かんだ。おそらく、持ってきてはいけないものがバレたことによる冷や汗だろう。それでも先輩はまださっきの衝撃が抜けないのか、一言も発さない。そんな先輩に追い打ちをかけるように、次に取り出した物の名称を言ってあげることにした。本当は先輩の焦っている顔が珍しくて可愛いからもっと焦らせたかっただけだ。僕の唯一の欠点を言うとすれば、自分の気持ちに嘘を言えないことだろう。
「…マッチ」
念の為、この2つが学校か科学部の備品でないことを確認する。学校からは部活の備品には「科学部」の文字を書くことが義務付けられているため、「科学部」の文字がないこれは先輩の私物であることが伺える。「科学部」って書いてないだけではないか、と聞かれるかもしれないが、先輩はやるべきことはやる太刀なのでそんなことはないと思う。
「…先輩、水素爆発なんて起こして、何をするつもりだったんですか?」
なんとなく想像できるが、あえて言わないことで小説や漫画でよく見る緊張感を高めようと思った。こんなところで高めても意味はないが、どうせ緊張感を高めるべき場面なんて人生でそうそうないのだから、今ぐらいカッコつけさせてほしい。そうして僕がスマホを取り出して机の上に並べた先輩の私物の写真を撮っているところに、先輩がようやく口を開いた。ただしその言葉は大変見苦しいものであったことは言うまでもない。
「…チョットマッテクレ,スマホハコウナイシヨウキンシノハズジャ」
「許可証がここにあります」
「…」
「…」
「…写真を消させろ!!!」
予想通り僕のスマホを奪い取ろうとつっかかってきた先輩から体をよじってスマホを明け渡さないように守る体制を取る。先輩の腕が両方から来れば上へ、上から来れば下へと自分の腕も動かす。
「ダメですよ!それに兎耳先輩のだけ写真を提出するわけじゃないですし!」
「それでも嫌だ!どうせ朝麻のカバンの中にやましいものなんて入ってないんでしょ!」
確かにそうだけど!
「それとこれは話が別ですって!」
「…じゃあこれでどうだ!」
そう言って、先輩は僕への攻撃をやめた。そのおかげで自分のスマホは守り抜くことができたが…。僕はさっき兎耳先輩のカバンの中身を取り出した机を見た。…綺麗に水素ボンベとマッチだけなくなっている。嫌な予感がした僕は、先輩の満足げな顔を横目に、写真のライブラリを確認する。さっき数枚撮ったはずの写真は、ライブラリからも、ゴミ箱からも、跡形もなく消えていた。
「先輩…能力使いました?」
「御名答」
誰にでもすぐ分かることで名答と言われても褒められている感じしないですよ、先輩。そもそも褒める気ないのかもしれませんけど。
「…」
別にここで僕が能力を使えば、また証拠の写真を撮ることができる。しかし兎耳先輩の能力がわからない以上、それが無意味になる可能性もあるわけだ。…改めて先輩の策略にまんまと乗せられた僕は、潔く諦めることにした。
「ああ、もうわかりましたよ。今回の件は見なかったことにするので、もう絶対に余計な物をもってこないでくださいね。いいですか?」
「はーい。ありがとうございまーす。」
先輩がいたずらが成功した時の子供のようにニヤニヤしたのを見て、一発ぐらい入れてやろうかと思った。ちなみに深野先生が体育館の倉庫の清掃ついでに様子を見に来なければ、確実に一発入れていた。
時は過ぎて1時間後、「朝麻といっしょに帰りたい〜」と子供のようなことを抜かす先輩を部室においていき、そのまま生徒会室へ向かった。生徒会室の中へ入ると、蒸し暑い空気が体を襲ってくる。最近涼しくなってきたはずなのだが、例年のように生徒会室に物を起きすぎた先輩たちのお陰で空気の循環が悪くなっているのが原因だとは直には言わない。少しづつ片付けて入るが、それでも長年放置されてきたものも多いため、代わりに窓から吹いてくる風で我慢することにした。生徒が開けやすいように少し低い位置に設置された鍵を上に押し出し、背伸びした姿勢を必死に保ちながら硬い窓を開ける。そうすると少しは涼しい空気が入ってきて、それと共に机の上にある報告書の紙がやんわりと浮かぶ。飛ばされる前に急いで自分の鞄から筆箱を取り出し、文鎮なんて持ち歩いてない僕は代わりに筆箱を乗せた。すると風の勢いも少し弱まり、気持ちいいぐらいのそよ風と共に、僕は報告書を読み始めた。
「…」
ビンゴ。手荷物検査当日に予告された生徒たちは自分の私物を学校のどこかに隠そうと試みたらしい。しかし事前に隠すであろう場所をリサーチ済みなのが僕だ。ロッカーの隙間をガムテープで塞いだり、校舎裏の茂みを刈り取っておいたお陰で隠し場所を失った生徒たちは普段の持ち物を生徒会メンバーに見せることとなった。その結果、本来中学生が持つべきではないタバコ、お酒…等など、過半数とも言える生徒のカバンから出てきていた。
「須埜会長って、生徒の行動を先に読んでてちょっと怖いよね」
いつの間にか背後にいた副会長にそう呼びかけられるまでは、ずっと自分の読みが当たっていたことに対する嬉しさのあまりのニヤニヤを表情に出していた。もしかしたら、副会長さんに自分の表情を見られてしまったかもしれない。誤解を解こうかどうか迷っているうちに、別の生徒会メンバーの人が報告書を持ってきて、こんどは真顔でそれに目を通すことにした。
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どうも僕です。
ようやく9月号ですね。はい。まぁ10月号の進捗が0%なので遅れること確定です。
とりあえず朝麻は完璧すぎて怖い。スピーチ内容は僕の担任の先生と天文台の職員さんの話を参考にさせてもらっています。
ということで次話までSee you soon
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