第7話 のぞきには厳罰を

 ロッシュ侯爵様御一行は、穏やかなこの国の宮廷が気に入られたらしく、一ヶ月の長い滞在になった。

 季節も移り、もう朝は強い霜が降る。


 相変わらず、侍女もメイドも、厨房の下働きも、みんな御令息のマルク男爵に夢中だ。


 お顔も整っているし、物腰は柔らかいし、お話はうまいし。


「いつ声をかけられても良いように、しっかり磨かなきゃ」


 王妃様付きのメイドのクララが明るい声をあげる。

 そう、今日はクララと私たちがお風呂に入る日、週に一度の楽しみだ。


「先日、小間物屋が石けんを売りに来たから買ったわ。うーん、いい香り」


 クララはお給金を全部石けんと化粧品に使ったらしい。


「アデリーヌは何を使っているの?」

「え、普通の石けんに、香水は使わないわ」

「まあ! 伯爵令嬢なのに?」


 残念ながら、実家からの援助は一切無い。

 それに、御主人様の教育上、香水をプンプンさせているのは良くないと思う。

 私が勝手に思っているだけなんだけど。


「それなのに、マルク男爵と何度もお話しするなんて、隅に置けないわ」

「もう、クララったらそればかり。私は毎日御主人様の悪戯に手を焼いてクタクタよ」


 手桶にお風呂道具とタオルを入れて、私たちはお風呂に行く。

 メイドたちのお風呂は宮殿の西の隅にある。


 高貴な方々は自分のお部屋にバスタブを置いてらっしゃるけど、私たちはそうはいかない。


 しばらく待っていると、


「じゅんばーん、次の人たち、どうぞ」


 お風呂は大きく、一度に五人も入れる。

 湯舟は大理石で、タップリのあたたかいお湯にシャワー付き。


 西向きに曇りガラスの大きな窓があって明るい。

 外は池の続きなので、良からぬことを考える者は近寄れないはずだ。

 

 クララと私とメイド長のジェルレーヌ、あと二人の計五人が、次のお風呂をいただくことになった。


「メイド長ったら見て。良いお年なのに私と同じ新しい石けんを使ってるわ」


 クララがクスクス笑いながらそっと指差す。


「良いじゃない、週に一度の楽しみなんだし」


 ただ、心配が一つ。

 最近女湯をのぞこうという不埒者ふらちものがいるという噂がある。


「大丈夫よ、メイド長のしぼんだおっぱいに幻滅して逃げちゃうわ」


 度胸が良いというのか楽天家なのか、クララはちっとも気にしていないらしい。


「ええ……でも、用心はしたほうが良いわ」


 五人は浴場手前の更衣室で、カゴに衣類を脱ぎ捨てると、浴室に入った。


 ほうっ。

 あったかい。


 冬を控えた最近のお天気には、この浴室の暖かさが必要だわ。


 私たちは丁寧に髪と体を洗い、タオルで髪を包んで頭のてっぺんに乗せてから、湯舟に入った。

 ゆっくりと手足を伸ばす。


 うーん、贅沢。


「いい香りねぇ」


 メイド仲間の声がする。


 新しい石けんの香り。

 これはバラ水かしら?


 (確かに、とっておきの楽しみだわ)


 いつも、私たちのアラ捜しに忙しいメイド長のジェルレーヌまで、ごま塩頭にタオルを巻いてうっとりと目を閉じている。


 しいん……。


 みんなが心地よくお湯に浸かっている時、カリッと音がした。


「えっ?」


 カリリッ、カリリッと、確かに窓の外で怪しい音がしている。


「誰かのぞいているわ!」


 メイド長ジェルレーヌの大声に、みんないっせいに湯舟から飛び出す。


 お風呂どころではなくなった。


「外は池なのに、どうして?」


 あわてて体を拭き、下着から順番に衣服を身につける。


「誰か! お風呂をのぞかれたのよ! 誰か来て!」


 エプロンを右手に握りしめたジェルレーヌが、ドアの向こうに叫んだ。

 次のお風呂の順番を待っているメイド仲間が駆けつけて来るかと思いきや。


 バッターン!


 大きな音がしてドアが開いた。


「曲者はどこだ!」

「「「「きゃああー!」」」」


 男の声に、全員が悲鳴をあげた。


 お風呂のドアを開けたのは、なんとマルク男爵! 

 御主人様を肩車していらっしゃる。

 ゴンと入り口にぶつかりそうになりながら、


「アデリーヌ、大丈夫か?」


 あせって私を問い詰める御主人様。

 その前に、ちょっと待って。


「御主人様、男爵様、こちらは男子禁制でございます」


 私はメイド服に髪からの水滴を滴らせながら、努めて冷静に男爵に抗議した。


「だが、助けを求める悲鳴が……」

「アデリーヌ、おまえか?」


 御主人様が、マルク男爵の肩から、トンと飛び降りて私に尋ねた。


「違います」


 真っ赤になったメイド長のジェルレーヌが、


「私でございます。確かに怪しい気配が……」

「メイド長が物音に驚いただけでございます。確認いたしましょう」


 私は、裸足のまま、御主人様とマルク男爵を案内して浴室に戻った。


 手桶や石けん、タオルが散らばっていて、大変な惨事だ。


「……あれを、ご覧ください。犯人は……」


 夕焼けを写す曇りガラスに影を落としていたのは……。


「リスさん!」


 クルンと丸まった尻尾がかわいい。


「なんだ、リスか……」

「真犯人は見つかったようですね」


 私は、メイド長に向き直った。


「確かめもせずに大声を出されて……ジェルレーヌ様、少し落ち着かれてください」


 年下に説教されるなんてメイド長のプライドはズタボロだろうけど、そんなの知らない。


 やっぱり、もとからのぞき魔なんていなかったんだわ。


「事態は把握いたしました。殿方はご退出ください」


 威厳を取り戻したメイド長ジェルレーヌが、私の前に立ちふさがった。


「分かった……騒ぎを大きくして申し訳ない」


 メイド長ジェルレーヌの早とちりのせいで、週に一度の楽しみが台無しになってしまったわ。

 御主人様とマルク男爵も、すごすごとドアから出ていこうとする。


 それを見送り……そこではたと気付いた。


 更衣室のドアの上には、湿気を逃がすための小窓がある。

 御主人様はマルク男爵の肩に登っていた。

 マルク男爵はドアで見えないとして、御主人様はちょうど小窓に届くかどうかの高さ。


(あああ、やっぱり、御主人様はマルク男爵とこっそりのぞこうとなさっていたんだわ)


 すっかり幻滅した。


「ちょっとお待ち下さい!」


 私は怒りにまかせて二人を追いかけ、厳しく問い詰めた。


「御主人様、男爵様、そもそもこの一角は男性の立ち入りが禁止です。なぜ、ここにいらっしゃったのですか」


 二人は顔を見合わせた。


「最近、不審な者がいると噂に聞いて、心配になったのだ」


 曇り無き御主人様の青い瞳。

 一理ある。


「でもなぜ男爵様まで?」

「……不審者に、まだ子どものレイモン殿下だけでは心もとなかろう」


 うーん、言われてみればそう。


「これで良いかな、アデリーヌ嬢」

「は、はい。あらぬ疑いをかけて申し訳ございませんでした」


 深々とお辞儀をする。

 髪の水分がメイド服の背中に染みて気持ち悪い。


 (結局のぞかれてはいないから良しとする?)


 いいえ。

 これまで、御主人様の悪戯には手を焼いていたけれど、女性たちの尊厳をおとしめる「のぞき」は、悪質が過ぎる。


「アデリーヌ、どうしたの? 難しい顔をして」


 クララが肩をつついた。

 彼女の髪も濡れたままだ。

 肩にタオルがかけてある。


「ええ、ちょっと思うことがあって」


 その時になって、次の五人のメイドたちが楽しそうにおしゃべりしながらやって来た。


「リスに気をつけてねー。のぞき魔はリスだから」


 などと、さっきの騒ぎに巻き込まれた仲間が話している。


「王妃様に相談するわ」


 私は決心した。

 御主人様は一線を越えようとしている。

 マルク男爵がからんでいる以上、私だけでこの件を解決するのは無理。


 どうか、単純な告げ口だと王妃様に思われませんように。

 王妃様だって、楽しくないお話は聞きたくないに決まっている。


 週に一度の楽しみが奪われた上に、告げ口屋だと思われるなんて、神様、あんまりです。



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