机の中、横は空

山木 元春

第一話

1-1

 青天の霹靂というものを生まれて初めて目にした。慣用句ではない。

 あの日は4月で晴れていた。昼休みの時間、珍しく雲一つない青空だった。

 学校が閃光に包まれ、同時に轟音が響いた。教室のあちこちから悲鳴が聞こえたが俺はただ呆然と空を見上げていた。

 見上げる以外に出来ることなんてなかった。


__理論的に考えて、雲のない日に雷が落ちるのはおかしい。異常だ。

 化学の教師が熱心に落雷の原理を語った。同じような説明を物理の時間にも受けた。ほとんどの生徒はその話を聞き流していたことだろう。


「塔状積雲と発達途中の積乱雲の明確な見分け方は存在しないが雷が鳴ってたらそれは積乱雲だ」といつだったか深川先輩が言っていたのを思い出した。

 

 不思議な現象だが、大した興味は湧かなかった。

 不思議なことなんて世の中たくさんある。

 直近の不思議なトピックスといえば昼休みに昼食を食べる前に手を洗いに行って帰ってきたら俺の机に女子が座って友人と騒ぎながら昼食をとっていたことである。どうして自分の席で食べないんだろう。全く不思議だ。




 机に突っ伏して眠気に全てを委ねていた。

 この状態は覚醒と睡眠のちょうど間に意識があって1番心地良い。今は放課後。クラスに残っていたって誰にも迷惑はかからないはずだ。

 放課後に残って机で寝てはいけないなんていう法はない。下校中に自転車を居眠り運転する方が何倍も危険だ。


 どうしても眠かったから数十分仮眠をとってから家に帰ろう。最近こういう風に眠って帰ることが時々ある。夜更かししてるつもりはないが、寝不足なのかもしれない。そんなことを考えていると、だんだん頭がぼーっとしてくる。俺以外に教室に残っている男子たちの話し声が自然と耳に入ってきた。


「じゃあ、西野と山本ならどっち?」


「うーん、いやーどうかなー」


「あ、ここで悩むんだ」


「いや、西野ってなんかサッカー部の部長と付き合い始めたんじゃねーの」


「見た目の話なんだから関係ねーよ」


「それにその話も噂だろ」


「え、お前ワンチャンあるって思ってんの?」


 男子高校生にありがちな会話だ。誰が誰と付き合ってるとかの噂話。

 なんか嫌な感じ。


「あー美人でかわいくて性格が良いカノジョが欲しいよー」


 ありがちな会話だ。


 ぼんやりと意識が浮かび上がる。いつの間にか眠っていたらしい。

 眠る前にどんなことを考えていたか忘れてしまった。

 頭のスッキリ度的にかなりの時間眠ってしまったことを直感的に感じとる。恐る恐る時計を見上げると6時50分を指し示していた。

 一瞬、朝まで眠ってしまったのかと錯覚し焦ったが窓の外の夕焼けを見て冷静になった。

___不意に人の気配を感じた。誰かが教室に入ってきたというわけではない。

 俺が気づいていなかっただけで俺が目を覚ます前から教室に居たのだろう。

 振り返るとそこには鞄に荷物を詰め込む女子生徒の姿があった。


「……家帰って寝たらいいのに」


 同じクラスの、……誰だっけ。名前を覚えていない。ゆるくウェーブのかかったボブカット。前髪は右の方に流していて目にかかりそうな長さだ。同じクラスになったばかりでまだ面識がない女子。


「あー、……おはよう」


「もしかして、ずっと寝てたの?」


 ずっと、というのは放課後になってからずっとという意味だろう。


「あー、うん。眠かったんだ」


 うーん、山崎……だったっけ?山本?山なんとかだった気がする。


 彼女は呆れた顔をして言った。


「3時間以上寝てたの?あんたやっぱりおかしいよね」


……やっぱりおかしいってなんだよ。しかもあんた呼ばわりって、まぁ俺はおかしいかもしれないけど、ほとんど面識ない相手のことあんたなんて言うか?

 まぁ普段からクラスでもおかしな奴だと思われているのだろう。


「眠かったんだ。授業中に寝るよりはマシだろ?」


「そういう話じゃないけど」


 そういう話じゃないらしい。寝起きで頭が回らない。


「部活、行かないの?」


「自由参加だからな。放任主義なんだようちの部活」


「あっそ、じゃわたし帰るね」


「お、じゃあな」


 山……なんとかさんは鞄を背負って教室を出て行った。

「そういう話じゃない」とはどう意味で言ったんだろう。俺はしばらく呆然と時計を眺めていた。

 長針が12を差したところだった。




 翌日、気味の悪い事件が起きた。

 担任が言うには、南館の裏のもう使われていない焼却炉が何者かによって無断で使用されたとのことだ。

 担任は、犯人探しをするつもりはないからやった人は名乗り出なさいと言っていた。

 多分誰も名乗り出ないだろう。他の、例えば教室とか廊下なら大事件だが、燃えたのは焼却炉だ。

 焼却炉が燃えたところで騒ぐ人間はいない。なぜなら、それが焼却炉の本来の姿、本来の使い道だからだ。

 久方ぶりに自分の中で物が燃やされて焼却炉も嬉しかろう。

 そんなことを考えてながら一限目を過ごした。授業の内容は全く理解できなかった。

 焼却炉のせいだ。……いや、下校中に事故に遭って1週間入院したせいだった。

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