その身を焼くであろう美しき炎
ターレットファイター
輝星望は美しいものが好きだ。愛していると言ってもいい。
輝星望は美しいものが好きだ。愛していると言ってもいい。
美しいもの、輝くものを目にしたらその姿を写し取らずにはいられない。カメラなどという無粋な機械は使わない。レンズと、フィルムあるいは光学素子の組み合わせによってときに実際の眺め以上に美しく切り取られた景色は、いくらかの輝きを認めるに足るものであったが、しかし彼の美しさに対する嗜好にはそぐわないものではあった。確かに、カメラの写し取る絵にはシャッター速度や絞りの設定、レンズの選択や切り取り方といったところに見た者の感じた美しさが映し出される。しかし、レンズが結んだ像は現実の追認にすぎない。輝星が望む美しさとは違っていた。彼が望む写し取られた美しさとは絵筆、あるいは文筆をもって写し取られた、その者にとっての美の不均質さを含んだ美であった。
故に、高校の入学式でその光景を目にしたとき彼は、入学式のために用意した三つ揃えのスーツのポケットを反射的に探っていた。ギリギリポケットに入れられるサイズのクロッキー帳に、落とさないように紐で結びつけた鉛筆はどんなときでも手放さない必需品だった。
「よせ、入学式くらい大人しくしていてくれ」
だが、輝星がいつもの道具を引っ張り出すよりも早く、隣の席に座った男が彼の手を抑えた。彼の嗜好をよく知る幼なじみの男だった。
「ただでさえお前は妙に目立つんだ。お前と一緒におれまで生徒会長に変なやつだと思われちゃたまらん」
「見えるわけがないだろう、こんな遠くから」
一応は熱心に、壇上の生徒会長の演説に聞き入っているようなふりをしながら輝星が低い声で応じると、幼なじみは壇上をじっと見つめたまま熱に浮かされたような口調で応じた。
「いやきっと見てるさ。さっき目が合った」
そんなわけはないだろう。重ねて否定しかけた言葉を輝星は飲み込んだ。全国に並び立つものがないマンモス校の新入生数千余人をすべて収容してもなお空間の余裕を感じさせる講堂は広大であった。仮に壇上の生徒会長と目が合ったと感じたとしてもそれは錯覚であろう。
だが、距離の隔たりがあってなお、自分を見てくれたのだと錯覚させるだけのものが、壇上の生徒会長にはあった。彼女のスピーチは、多少なりとも真剣に考えられたにも関わらず大抵は聴衆に聞き流されてしまう多くの行事のスピーチとは異なり、聞く者を否応なしに引き込み、その心に語りかける魔力を感じていた。なにより、壇上でときに真剣に、あるいはときに柔らかくほほ笑みを浮かべながら祝辞を滔々と述べる生徒会長は多くの者を引き付ける美貌を有していた。堂々と語る姿勢、緩急織り交ぜた表情を浮かべながらもあくまで真剣そうな瞳、広大な講堂に凛と響き渡る声。どれも、美しさという光でもって人々をひれ伏させる力をもっていた
現に、講堂の中にいる人々は、壇上に彼女が現れた瞬間から、彼女の姿に目を引き付けられ、そして彼女が語る言葉をまるで神託であるかのように聞いていた。それはいきなり彼女の美にさらされた新入生だけではない。入学式の場にあっては少数派と言える在校生や教職員までもが、彼女をこの場における最も貴き存在であるかのような態度を示しているのである。
そこまでを視界におさめると、輝星はもう一度ポケットから出しかけていたスケッチ帳から手を放した。少し冷静になっていると、あまり美しい光景だとは思えなくなっていた。
かといって、生徒会長の演説に傾注する気にもなれない。となりの席の幼なじみの様子をうかがうと、彼はもはや輝星のことを気にしていなかった。彼らの周囲にいる数千の生徒たちと同じように、他のものも気にせずただ一心に生徒会長の言葉を聞くことにのみ意識を向けていた。
そこには、強烈すぎる光によって、美しさによって人々の心ごと目を焼き尽くす様が展開されていた。
輝星にとっては、壇上に立つ生徒会長の美にはもともとたいした興味がなかった。生徒会長の姿はたしかに「美しい」。彼がこれまでに見てきたなかではおそらくもっとも暴力的で、万人を従えさせる美しさであっただろう。
だが、彼にとってはそれだけでしかなかった。興味を引く美しさではなかった。
それよりも、生徒会長という、たかだか生徒の代表に過ぎない存在がその美で、この講堂の中にいる人々を自然に従わせている光景のほうがよほど彼の興味を引く美しさであった。美しいものと、美しさに引き寄せられるものがこれほどまでにわかりやすく集った景色など見たことがない。
それも全て、壇上にて輝く生徒会長という星の存在あってこそのものだった。
そう感じたはずだった。だが、少し落ち着いてしまえば、それにしてもただ「美しい」だけの景色だった。一方的にもたらされる完璧な美を、ただ崇拝するだけの景色など興味を引く美しさではない。
手持ち無沙汰を埋めるために入学式の前に配布された式次第に目を落とし、壇上の星の名を確かめる。
――生徒会長、星燃輝か。
首筋に、チリチリしたような感覚。弾かれたように顔を上げる。その瞬間、わずかに険しい表情を浮かべた壇上の生徒会長と目が合った。そんな気がした。
「まさか、なぁ……」
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