四、恋路登り坂

第4話

"気づいてしまった…。この分厚いガラスの眼鏡があっても、私は気づいてしまったのだ。友人の多満子ちゃんが、恋をしているということに…"

涼太が転校してきて早数日が経っていたある日、なな子が授業中に多満子をチラッと見ると、明らかに涼太を見ていた。


"きっと多満子ちゃんは楠木に恋をしている!"

なな子はそう確信をしていた。


キーンコーンカーンコーン…


授業が終わった休憩時間、多満子がなな子の席にやって来た。

多満子はなな子の前の席に座る涼太をチラッと見た。


"やっぱり!!"

なな子は多満子のその様子を見逃さなかった。

多満子は若干頬をピンクに染めていた。


"恋をしている女の子って可愛いな…"

なな子はそんな多満子を見ながらしみじみと思った。


「ねぇ、ななちゃん。ここの問題が分からないんだけど」

涼太が突然振り返りなな子に聞いてきた。


「この問題なら多満子ちゃんの方が得意だよね?多満子ちゃん教えてあげて」

すかさずなな子は多満子にキラーパスを送った。


「えぇっ!!」

多満子は突然パスを送られて動揺しつつも涼太の方へ近寄り教えに行った。


「・・・っ」

涼太は内心驚きながら、なな子を不思議そうに横目で見た。


一連のなな子の様子を見ていた悠佑も不思議そうになな子を見つめた。


---


「ななちゃん…ちょっといい?」


昼休み、涼太がなな子を呼び出した。


涼太となな子が教室の外へ歩いて行く。


そこに居合わせたクラスメイトはなな子と涼太を凝視していた。

その中には、悠佑と多満子もいた。

悠佑はまたもや目をギラギラさせながら見ており、多満子は少し浮かない表情で見つめていた。


なな子と涼太は屋上へとやってきた。


「どうしたの?」

なな子が涼太をチラッと見た後、遠くの景色に目を移した。


「あのさ…ななちゃん…。俺…ななちゃんの事…、小学生の頃からずっと好きなんだ…。今でも…」


"・・・ドキッ…"

なな子は多満子が涼太に恋焦がれていることに気づいている為、内心戸惑った。


「・・・・っ」

なな子は俯いた。


「だから…俺、ななちゃんにもっと…近づきたい。俺から逃げないで…ほしい」

涼太はなな子を真っ直ぐ見た。


「…逃げてるわけじゃないよ」

なな子は呟く。


涼太「・・・だって…さっき…」


なな子「楠木には、私だけじゃなくて…っていうか…私よりも、もっと私の周りに目を向けてほしい。ずっと私なんかに囚われてないでさ…」


涼太「と、囚われてるわけじゃないよッ!俺がもうずっとななちゃんしか見れないだけで…」


なな子「それを囚われてるって言うんだよ。せっかく…せっかくのダイヤモンドの原石が私の周りにあるのに、私なんかに囚われてるせいでその原石に気づけないなんて…もったいないよ。楠木…、もし長年私のことで楠木の心を縛っちゃってたんだとしたら謝る。…ごめん」


涼太「・・っっ。何でななちゃんが謝るんだよ…」


なな子「楠木とは、仲良い大切な友達でありたいと思ってる。だから私…大切な友達を失いたくないんだよ、二人も」


涼太「二人…?」


なな子「そのうち分かるよ。私よりも他に魅力ある子がいるってこと」


涼太「え…」


「ダイヤモンドの原石ッ」

なな子はそう言うとニカッと笑った。


「原石…?」

涼太はキョトンとした表情でなな子を見つめた。


「楠木の気持ちは、純粋に嬉しかった…。ありがとう。でも、これからも私の大切な友達として…よろしくッ」

なな子は穏やかな笑顔でそう言うと、その場を立ち去った。


「・・・・」


"俺…今振られたってこと…だよな…。他に魅力ある子って…?原石…?"

涼太は頭にハテナマークを浮かべながらも何となく状況を察し、がっくり肩を落とした。


なな子が教室に戻ると、クラスの女子達が近寄ってきた。


「鷹鳥さん、楠木くんは何の用だったの?」


「あぁ、この前職員室に届けたプリントの事でちょっと…」


「なーんだ!そうだったんだぁ!この前プリントとか一緒に運んでたもんねッ!」

クラスの女子達は霧が晴れたかのような表情を浮かべて去って行った。


「・・・・」

なな子はクールな表情で席に着いた。

なな子の様子を、友人多満子と悠佑は見つめていた。


「鷹鳥さんって、何で周りにイケメンばかり寄ってくるのかしら…地味なのに…。頭が良いことってそんなに魅力的なの?美人じゃなくても?」

悠佑の熱烈ファンである玲花がボソボソ独り言を呟いている。


「逸ノ城さんって意外と自信ない人なんだね」

玲花の隣の席に座るなな子の友人吾郎が言った。


「なっ…!何よッ!!あるわよ自信ぐらいッ」

玲花がムキになりながら吾郎を睨む。


「だってさァ…逸ノ城さんって、香月くんの事を見てるのかと思いきや、いつだって鷹鳥さんを見てるよね」

吾郎が無表情で玲花を見ている。


「・・・うっ…。そ、そんなこと無いわよ!いつも悠佑くんだけを見てるわよ、私はッ」

玲花はさらに頭から湯気を立てながら吾郎に反論する。


吾郎「もっと自信持ちなよ、逸ノ城さん…。普通にしてればもっと魅力的なのに」


玲花「え…」


吾郎はサラリと言うと本に目を戻した。

そんな吾郎の様子を玲花は驚いた表情で食い入るように見つめた。


"不覚にも…松尾の言葉に一瞬だけドキっとしちゃったじゃない…何なのよコイツ…"

玲花は原因不明の鳴り止まぬ鼓動を抑えるのに必死であった。



キーンコーンカーンコーン…


「なな子ちゃん、また明日」

友人多満子がなな子に手を振ると教室を後にした。

友人吾郎も手を振る。


「またね、多満子ちゃん、松尾くん」

なな子は二人に手を振った。


「・・・っ」

なな子は振り返ると悠佑の力強い視線にたじろぐ。


悠佑は頬杖をつきながらじーっとなな子を見つめていた。


「さっきのあれ」

悠佑がすかさず話を切り出す。


「楠木と出て行ったやつ…何だったんだよ」

悠佑がなな子を食い入るように見る。


「別に」

なな子はボソッと呟く。


「いやいやいや、別に…じゃねぇだろッ!絶対何かあったね!!俺には分かるッ!アイツ戻って来てから心なしか元気ねぇもんッ!」

悠佑がなな子に詰め寄る。


「ふふ…っ。ふふふ…」

なな子が突然小さく笑い出した。


「何だよッ」

悠佑が不機嫌そうに言う。


「香月ってさァ…楠木の事、よく見てんだね」

なな子は穏やかに笑いながら言った。


「・・・っっ。んな事ねぇよッ!たまたまだよ、たまたまッ!」

悠佑が顔を背ける。


「まぁまぁ、楠木と仲良くしてあげてよ。イケメン同士、悩み事だって分かり合えるでしょう?」

なな子はニッと無邪気に笑った。


「・・・っ。イケメンって…おまえ…」

若干なな子の言葉に照れる悠佑であった。


一方その頃、友人多満子は吾郎と別れ一人図書室にいた。


多満子は上の棚にある本を自力で取ろうと最大限つま先立ちをしていた。


ヒョイ…

すかさず多満子の頭上から誰かの手が伸び、取ろうとしていた本を取って行く。

多満子は見上げるとそこには涼太が立っていた。


「・・・っっ!!」

多満子は驚きひっくり返った。


すかさず涼太に受け止められた多満子。


「ご…ごめん…なさい…。あ、ありがとう」

多満子は顔を真っ赤にして、慌てて体を立て直した。


「大丈夫?この本…ハイ」

涼太はそう言うと多満子に本を渡した。


「あ、ありがとう…」

多満子は照れながら本を受け取った。


「そう言えば今日、問題の解き方教えてくれてありがとう。すっごい助かった」

涼太は無邪気に笑った。


「いえいえ…。で、でも、本当は…なな子ちゃんに教わりたかったよね…?」

多満子は俯きながら言った。


「え、なんで…」

涼太が驚いた表情で多満子を見た。


「なんか…そんな感じがしたから…。と言うか、楠木くん…なな子ちゃんの事…好き…だよね?」

多満子は顔を赤くしながら涼太にたずねた。


「・・っ。やっぱ女の子って勘が鋭いんだなァ…」

涼太が参ったような表情を見せた。


"やっぱり…"

多満子は心の中でそっと呟くと共に、胸がズキっとするのを感じた。


涼太「でも…うん…今は、恋愛感情じゃない…"好き"かな…」


多満子「え…」


涼太「ななちゃんにこれからも大切な友達としてよろしくッて言われたんだよ…(苦笑)すごく気持ち良いぐらいハッキリ言われたからか意外とさっぱりしている自分がいて、自分でもちょっと驚いてんだけど…(笑)」


多満子「・・・っっ」


涼太「ななちゃんは俺が見てる景色よりもずっと広い景色を見てる。強いよなァ…。大人だわ…ななちゃんは。だから今は…リスペクトでの、好きッ」

涼太はそう言い、無邪気に笑った。


「・・・」

そんな涼太に多満子は驚きながらも呆然と見惚れていた。


「だから、多満子ちゃん。これからもななちゃんをよろしくねッ!」

涼太はそう言うと爽やかにその場を立ち去って行った。


"た…多満子ちゃん…って…言われた…"

多満子は口から泡が吹き出そうになった。


去っていく涼太の後ろ姿を見ていた多満子は、思わず声をかけた。


「あ…あの、楠木くん!」


「ん?」

涼太は振り返り不思議そうな顔で多満子を見た。


「く、楠木くんも…充分大人だし…強いよ。だから…その…もっと、自信持って…ね…」

多満子は恥ずかしそうにしながら言葉を搾りだした。


涼太は驚いたように多満子を見つめた。


"楠木くんは強いよ。アイツらなんかよりもずっと。もっと自信持ちなよ"


涼太は小学生の頃になな子に言われた言葉を思い出した。


涼太は柔かな笑顔で笑いながら言った。


「うん。ありがとう」


---


「あぁあーッ!明日明後日休みかよッ!つまんねぇなァッ」

ドスッ…ドスッ…

校長の飼い犬である柴犬三兄弟のうち、チャンとりんにど突かれながら悠佑が嘆く。


「勉強しなさいよ。留年になっちゃうわよ」

片足に柴犬のシャンをしがみつかせながら、なな子は冷静に言う。


悠佑「オィッ!シャンッ!鷹鳥の足から離れろッ!オィオィオィッ!腰を振るなッ!」


なな子「あらあら、ませてるわね」


ドスッ…ドスッ…


悠佑「コラッ、テメぇらッ!ど突くなッ!」


なな子「だいぶ仲良くなって来たんじゃない?」


悠佑「どこがだよッ!確実にケンカ売られてるだろッ!」


なな子「ケンカするほど仲が良いって言うじゃない」


悠佑「・・・っっ」


しばらくしてなな子と悠佑は、柴犬三兄弟と別れ、共に帰り道を歩いていた。


悠佑「でもよぉ、さっきの話の続き…。おまえに会えないと逆に勉強だって集中できねぇ」


なな子「都合の良い事言ってないのッ」


悠佑「いや、マジだから…」


「ハイハイ…マジね」

なな子は呆れながらスタスタ歩いて行く。


「あの…さァ…。明日…うち、珍しく誰もいねぇんだけどよォ…その…俺んち…来ない?」

悠佑は顔を赤くしながらたどたどしく言うと、なな子をじっと見つめている。


「・・・っっ。つ…付き合ってもいないのに男一人しかいない家に、私一人では上がれないでしょ」

なな子は驚いた様子で戸惑いながら言った。


「・・・っっ。だから早くおまえと付き合いてぇって思ってんのに…」

悠佑はボソっと呟いた。


「ん?何か言った?」

なな子が聞き返す。


「チッ…。何でもねぇよッ」

悠佑はそっぽを向いた。


「じゃあ…・・・」

なな子がゆっくり口を開いた。


悠佑はなな子に視線を向ける。


「うち来る?明日」


「え…。えーぇぇーえ!?」

なな子の予想だにしない突然の言葉に、驚き慄く悠佑であった。


---


「よぉ、おかえり」


なな子が家に帰宅すると、いとこであり体育教師の巡哉が出てきた。


「・・・ん?何でいるの?」

なな子が冷めた表情で言った。


巡哉「そんな冷めた顔すんなよッ!今日は親族会だっつって急に弘乃丞さんから呼び出されたんだよ」


なな子「へーぇ」


巡哉「今日俺、泊まらせてもらうから」


「え…」

なな子は真顔で巡哉を見た。


「心配すんなッ!襲ったりしねぇから!」


「当たり前でしょッ!」

なな子は指先で巡哉の腹を小突いた。


「・・うっ…」

なな子に触れられて若干狼狽える巡哉であった。


--


なな子が風呂から上がるとリビングには巡哉が一人ソファーに座っていた。

両親はもうすでに寝てしまっているらしい。


巡哉は風呂上がりのなな子の姿を見るなり、若干顔を赤らめ目を逸らした。


「まだ起きてたんだ」

なな子は巡哉に話しかけた。


「まぁな…」

巡哉が顔を背けながら言う。


なな子はそんな巡哉を横目に冷蔵庫を開けると、何かを取り出し作り始めた。


「ほれ」

なな子は巡哉にレモンスカッシュを差し出した。


「あぁ、サンキュ」

巡哉は驚きながらなな子を見た。


「これ自家製レモンシロップで作ってあるからちょっと酸っぱいかも。目が覚めるよ」

なな子はグビッと一口飲んだ。


「こんな時間に目覚めたらダメだろ」

巡哉が苦笑いしながら言った。


「酔いも覚めるよ」

なな子がサラリと言う。


「・・・っ。酔ってねぇし」

そう言いながら、巡哉が一口飲む。


「酸っぱァッ!!」

巡哉が顔を最大限に窄めた。


「フハハッ!だから言ったじゃん!これレモンめっちゃ使ってるからね。目覚めたでしょう」

なな子が無邪気に笑った。


「・・・・っっ」

巡哉は素顔で笑っているなな子に見惚れた。


「どうした?」

なな子が不思議そうに巡哉を見つめた。


「・・・・」

巡哉はなな子を見つめながら、おもむろになな子の肩に手を置いた。


「・・・・?」

なな子は不思議そうに巡哉を見る。


巡哉「・・・・」

なな子「・・・・」


「…っっ、まつ毛付いてる…」

巡哉がそう言うとなな子の頬をサッと拭き顔を背けた。


「あぁ…どうも」

なな子はキョトンとしながら巡哉を見た。


"やべぇ…。本当になな子のこと襲っちまうとこだった…。あくまでも生徒と教師…。あくまでもいとこ同士…"

巡哉は必死で理性を保った。


「・・っつーか…アイツとはどうなんだよ」

巡哉はそう言うと、気を紛らわせるかのように味覚も慣れたレモンスカッシュを一口飲んだ。


「アイツ?」

なな子もグビッとレモンスカッシュを口にする。


「香月…。おまえにだいぶゾッコンみてぇじゃねぇか」

巡哉はチラッとなな子を見る。


「あぁ…。ゾッコン?なのかな…」

なな子はレモンスカッシュを見つめる。


巡哉「おまえはどうなんだよ。好きなのか…?アイツの事…」


なな子「・・・まだ…よく分かんない」


巡哉「おまえも昔から苦労してるもんなァ、色恋沙汰では…。まぁ、だから眼鏡かけねぇと高校来んなって冗談のつもりで言ったのに…意外とおまえ、本気でさ…。椿さんが、前勤めてた警察で使われてた防弾ガラスを使用して作った特殊眼鏡なんだーって持って来た時…おまえ、真面目な顔して "この眼鏡、高校入学したらかけてく" なんて言ってさ…。おまえ正気か?って…。冗談で言った俺でもさすがに驚いたわ…(苦笑)」


「意外とイケてるでしょ?」

なな子は笑う。


「いやいや…おまえのハートの強さがある意味イケてるわッ」

巡哉も笑った。


「でも…何でそこまでするって決めたんだ?」

巡哉はなな子を見つめた。


「人間…中身で選んでくれる人間関係を築きたかったから…かな」

なな子はそう言うとレモンスカッシュをグビグビ一気に飲んだ。


「中身…」

巡哉は驚いたようになな子を見た。


なな子「何かさ…損得勘定で近寄ってくる人達にウンザリしてたんだよね…。見かけばかりで判断して接して来る人ばかりでさ。本当は趣味嗜好とか会話だって全く合わないのに無理して付き合ってくる。そんなに周りの印象って大事なのかな?地味な人と一緒にいるより目立つ人と仲良くしてた方が周りの印象も良いでしょ?みたいなさ…。だからと言って、私と趣味が合うような人には敬遠されちゃうし…。そんな外見だけで判断される寂しい人間関係の呪縛から逃れたかった。私めっちゃオタクだし、趣味が合って本当に心から楽しめる人と付き合いたい。だからもういっその事、私が地味になれば良いんじゃん…って思いついたわけ」


「モテる奴もそれなりに気苦労があるわけだな…」

巡哉は遠くを見ながら言った。


「巡ちゃんだってモテる側の人間でしょ?」

なな子は巡哉の顔を覗いた。


「ははッ!まぁなッ!否定はしねぇけどな」

巡哉がドヤ顔をしてみせる。


すると巡哉が真面目な口調で言った。

「でも…本当に好きな奴から好かれねぇと、モテたって何の意味もねぇけどな…」


「・・・そっか…確かにね」

なな子も俯いた。


「あぁ〜あッ!香月の奴が羨ましいわッ!」

突然巡哉が天井を見上げながら言う。


「え、香月が?何で」

なな子がキョトンとしながら巡哉を見つめた。


「だって……。・・・おまえに堂々と好きだってアプローチ出来んだからよ…。恋愛感情抱いたって何の問題もねぇし。おまえと血繋がってねぇ、アイツの事が羨ましいよ…」

巡哉はそう言うと顔を赤くしながら俯いた。


なな子が驚いたように巡哉を見つめた。


「・・・・っっ」

巡哉は顔を赤くさせながらなな子の視線にたじろぐ。


すると、なな子はゆっくり口を開いた。


「私は…巡ちゃんとは、いとこ同士で良かったって思うよ」


巡哉「え…」


なな子「男と女の仲って…恋愛感情だけが全てじゃないと…私は思う」


巡哉「・・・・」


なな子「愛情を持つ事って、恋愛に限った事じゃないじゃん。親子の愛情とか友人への愛情とかさ…。いとこ同士だって愛情は持てる。愛情ってつまり大切にするってことでしょ?私はいつも巡ちゃんを大切に思ってるし。だから別に、恋愛感情じゃなくても私は…家族みたいで頼れる存在の巡ちゃんとは、いとこ同士の愛情で充分だけど」


「なな子…」

巡哉はなな子からの言葉に胸を打った。


"私はいつも巡ちゃんを大切に思ってる"

"家族みたいで頼れる存在の巡ちゃんとは…"


巡哉にとってそれらの言葉だけで充分であった。


「それに…私達はいとこ同士だし、何せ血が繋がってんだし…縁が切れることなんてないでしょう?」

なな子は巡哉に気持ち良いくらいの笑顔を向けた。


「そう…だな…」

巡哉は笑顔を向けるなな子に見惚れながらも、巡哉自身も自然と笑顔になる。


「それにー・・・」

なな子は巡哉をじーっと見た。


巡哉「ん?」


なな子「子孫を残すんだったら、同じ血の者同士じゃ…人類、多様に広がっていかないもんね、違う血の人とじゃないと」


巡哉「・・・っっ!!おまっ…、な、何をしれっと変な事言ってんだよッ!!」


巡哉は顔を真っ赤にしながら慌てふためいている。


「そういうことで言うとさ、巡ちゃんにとって恋愛感情を持つべき相手は…巡ちゃんのもっと近いところにいると思うんだけど」

なな子が冷静な口調で言った。


巡哉「・・え?もっと近いところ?なな子?」


なな子「ねぇ、人の話聞いてた?」


そんな二人のやり取りはしばらく続いた。


---

翌朝ー


ピーンポーン♪


なな子の家のチャイムがなった。


"やべぇ…なな子の家族と初対面なんて…マジで緊張する…"

ドアの外には、ソワソワして落ち着きのない悠佑が立っていた。


ガチャ…

なな子の家の扉が開く。


「よぉッ」

中から現れたのは体育教師の巡哉であった。


「・・・っっ!?」

悠佑はギョッとした表情を見せる。


悠佑「な…何でアンタがここに…」


「あぁ、昨日の夜なな子のおやっさん…弘乃丞さんに呼ばれてさぁ、泊まったんだわ」

巡哉がサラリと言った。


「と、泊ま…泊まったー!?」

悠佑はさらにギョッとする。


「安心しろッ!なな子の裸は見てねぇから」

巡哉が涼しい顔をしている。


「は…はだ…っっ!!…あ、当たりめぇだろッ!いくらいとこだって教師が生徒の裸見たら大問題だわッ!!」

悠佑は額に怒りマークをつけながら怒る。


「香月、いらっしゃい。どうぞ入って」

なな子が奥から顔を出し迎える。


「・・っ!お、おぅ…。おじゃま…します…」

悠佑が照れながら言う。


「ホントだよ…ッたく」

巡哉が悪態をつく。


「それはアンタの方だろッ!」

悠佑も負けずに言い返す。


「なになにー?なな子の彼氏ー?」

母の椿はニヤニヤしながら顔を出す。


「あ…いや…、えーっと…ゆ、友人の香月悠佑です…。よろしくお願いします…」

悠佑は、なな子に似て美人な椿を前に、照れながら自己紹介をする。


「"今はまだ" 友人ってことねぇ…」

椿はニヤニヤしながら悠佑を見つめる。


「・・・っっ!」

悠佑は顔を赤くしながらタジタジになった。


「そんな改まんないでいいわよッ!ゆっくりしてって〜」

椿は笑顔で出迎えた。


「ナニィ?なな子の彼氏だとォ…?」

奥からなな子の父である弘乃丞が出てきた。


「・・・っっ!!…どう…も…」

元暴走族総長だけある弘乃丞の威圧感と迫力が悠佑を圧倒する。


「・・・・」

弘乃丞は悠佑を一通り見回した。


「・・・・っ」

悠佑は冷や汗が出てきた。


「うん。なかなかのイケメンだな」

弘乃丞は悠佑の顔をじっと見ながら言った。


悠佑「え…」


「まぁ、なな子に振り回されねぇように気をつけなァッ!ワハハハッ!」

弘乃丞は笑いながら去って行った。


「・・・は、はい…」

悠佑は拍子抜けしたように力なく呟いた。


「・・・・」

悠佑は、隣りで腕を組みながら黙って見ている巡哉を見た。


「・・・・」


お互い黙って顔を見合わせた。


「今お茶入れるからそこ座ってて」

なな子は自身の部屋に悠佑を通し座るように促した。


「お、おぅ…って、何でアンタまで居んだよッ!」

悠佑は自然に座る巡哉に向けて言った。


「監督係が必要だろ?勉強すんだから」

巡哉がサラリと言う。


「は、はぁぁあ?!何だよッ監督ってぇ!!試験すんじゃねぇんだよッ!!」

悠佑がギリギリと怒っている。


「まぁまぁ、怒りなさんなッ!良い事教えてやっから」

巡哉はニヤニヤしながら言う。


「・・何だよ…良いことって…」

悠佑がボソっと呟いた。


「なな子の奴…ああ見えてまともに恋愛したことねぇ純粋な奴だからさ。恋愛はおまえがリードした方が良いかもな」

巡哉が小声で話した。


「え…。俺…が…?…リード??」

悠佑は目が点になった。


「まぁ…もしも、なな子とおまえが付き合うなんてことになったら…だけどなァッ。なな子はちょっとやそっとじゃ泣かねぇとは思うがよォ、もしなな子を泣かせるような事があったら、弘乃丞さんと一緒におまえをシバくからな…覚悟しとけよッ」

巡哉が不敵な笑みを浮かべた。


「い…いやいやいや…っっ、たぶん泣かされるのは俺の方…」

悠佑がたじろいだ。


「お待たせ」

なな子がレモンスカッシュを運んできた。


「おっ、サンキュー」

巡哉はすっかり味覚もなれたレモンスカッシュをグビグビッと一気に飲み干した。


「プハーァッ!!これ目覚めるわァッ!ごっそうさんッ!俺、やっぱ用事思い出したから帰るわァ。あとはお二人さんで仲良くやんなァ…って、ちゃんと勉強すんだぞッ!!」


巡哉はそう言うと、ニヤニヤしながら立ち去って行った。


「・・・・っっ」

悠佑は顔を赤くしながら巡哉の後ろ姿を見送った。


なな子は不思議そうに巡哉を見送る。


「何かあった?」

なな子が悠佑にたずねた。


「・・・っっ。べ、別に…」

悠佑は顔を背けた。

すると、悠佑の目線の先には少女漫画が並べられている本棚があった。


「鷹鳥って…やっぱああいう、乙女な漫画…好きなんだな…」

悠佑が目を丸くしながら言った。


「うん。言ったでしょ?私、漫画オタクだから」

なな子は平然としている。


「でも…やっぱ意外…」

悠佑はまじまじとなな子を見つめた。


「何?幻滅した?」

なな子がサラリと言う。


「いや、その逆」

悠佑が呟いた。


「え…」

なな子は思わず悠佑を見た。


悠佑は顔を赤くしながらも真剣な表情でなな子を見つめていた。


なな子は慌てて目を逸らしながら続けて言った。


「…っっ、それに私、自分の好きなものは隠さない主義だから。好きな物も、好きな事も、好きな人間も」


「好きな…人間も…。じゃあ、俺は?」

悠佑は真剣になな子を見ながらたずねた。


「・・・っっ。それはテストの結果次第ね」

なな子はチラッと悠佑を見た後、戸惑う自分を誤魔化すかのようにレモンスカッシュをグビっと飲んだ。


「・・・っ」

悠佑も釣られてレモンスカッシュを一口飲んだ。


「酸っぱァァッ!!!」

悠佑がひっくり返りそうになった。


「ふふ……ふはははははッ!」

なな子は堪えきれず、爆笑し始めた。


「今の…香月の顔…っっ、漫画でよく見るやつッ!顔がバッテンになるやつだったよっっ(笑)」

弾けるような笑顔で無邪気に笑いながら言うなな子に悠佑は見惚れた。

そしておもむろになな子の両肩に手を置いた。


「・・・・っ!」

なな子は驚き固まった。


「・・・・」

悠佑は真顔で見つめている。


ゴクリッ…

なな子は息を呑んだ。


そしてだんだん悠佑の顔がなな子の顔に近づいてくる。


"・・・・っっ!!…う、動けない…"

なな子の心臓の警報機が鳴る。


「・・・・っっ…。あぁぁーッ!!ダメだ…。やっぱ我慢するッ!!!」

突然、悠佑が後ろに倒れた。


「・・・っ」

なな子は驚き悠佑を呆然として見つめた。


「…ちゃんと付き合ってからに…する」

悠佑はそう言いながら、赤くなった顔を背けた。


「え…」

なな子は驚いた。


「おまえには…ちゃんとした俺でいたい…」

悠佑は俯きながら言った。


"誠…実…"

なな子の頭には、真っ先にその言葉が浮かんだ。

同時に、悠佑の意外な一面に驚いた。


なな子は俯くと穏やかな表情で静かに笑みを溢した。


悠佑は目を丸くしながら、穏やかに笑みを溢すなな子の表情を見つめた。


「そう…。うん、ありがとう…」

ボソっとなな子が呟いた。


「お…おぅ…」

突然のなな子の言葉に驚きながらも照れる悠佑であった。


"愛情って、つまり大切にすること…"


なな子は昨日自身が巡哉に言ったセリフを思い出した。

なな子は、悠佑から伝わる確かな"愛情"を感じていた。


二人の恋路は、緩やかな登り坂であった…。

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