二、四字熟語の想い

第2話

「オィッ!!一体どぉいう事だよッ!何で隠してたんだよッ!」


翌朝、学校の風紀委員室にて香月悠佑が体育教師兼風紀委員顧問である辰島巡哉に詰め寄っていた。


「はぁ?何の事だ?朝から騒々しいなァッ」

巡哉は不快な顔をしながら悠佑を見た。


悠佑「何の事じゃねぇよッ!鷹鳥の事だよ!」


「・・・っ!!」

巡哉が驚き固まった。


悠佑「アンタ、鷹鳥の素顔知ってたんだろ?」


巡哉「おまっ…まさかっ…、見たのか…?」


悠佑「あぁ…」


"マジかよッ!何でコイツがッ!"

巡哉は心の中で叫んだ。


「ほ…他の奴も見たのか?鷹鳥の素顔…」

巡哉は珍しく慌てながら悠佑にたずねる。


悠佑「俺しか知らねェよ」


巡哉「そ…そうか…」


悠佑「ずっと鷹鳥があんな美人だってこと知っててアンタは、一人優越感に浸ってたんだろぉッ!俺が悩んでた日々を返せよッ!!このヤローッ」


巡哉「え…おまえ何に悩んでたわけ?」


悠佑「う、うっせぇ…何だっていいだろッ!」


怒りの構図がいつもと違う悠佑と巡哉の二人である。


「アンタが鷹鳥にあの分厚い眼鏡の着用を指示したそうだなァッ!悪い虫がどうとか言ってよォ。アンタ鷹鳥といとこなんだろ?一体どういうつもりなんだよッ!」

悠佑が巡哉に食って掛かる。


「どういうつもりって、おまえみたいなもんに鷹鳥が狙われねぇようにする為だろぉがッ!」

巡哉も引けを取らず食って掛かった。


悠佑「何でアンタがそんなに鷹鳥の事を心配すんだよッ!親でも彼氏でもねぇくせによォッ!俺はアンタがいくら阻止しようが鷹鳥の側をぜってェに離れねェからなッ!」


巡哉「お、おまッ…!鷹鳥に近づくんじゃねェぞッ!」


悠佑「残念でしたァー。昨日から鷹鳥は俺の専属教師だからァ」


悠佑は不敵な笑みを浮かべると、ピシャリとドアを閉めその場を去って行った。


巡哉「・・・っ」


"なな子の奴…何でよりによってアイツなんかに素顔見せてんだよ…"

巡哉は頭を抱えた。



キーンコーンカーンコーン…


「はい授業始めまーす」


"分かる…。私には分かる。この分厚いガラスの眼鏡があっても、アイツがこっちを見ているということが…"


「・・・」

なな子はチラッと隣の席の悠佑を見た。


ニコッ

悠佑は爽やかなスマイルをなな子に投げた。


「・・・っ」

なな子はすかさず視線を元に戻し悠佑のスマイルを受け流した。


"はぁ…。昨日の午前までの私の平穏な日々…戻ってコイッ!!"

なな子は目頭を抑えた。


休み時間-


「あのさ…鷹鳥…」

悠佑がなな子に声を掛けた。


「なな子ちゃん!」

時を同じくして友人多満子が声を掛けた。


なな子は多満子の方を向いた。


「・・・っ」

悠佑はもどかしくうずうずしている。


「ねぇねぇ、四字熟語しりとりしない?」

多満子がなな子と友人の吾郎に話していた。


"四字熟語しりとり…"

悠佑は隣の席の会話に聞き耳を立てた。


「いいよ。じゃあ…私から、百戦百勝ひゃくせんひゃくしょう

なな子が堂々たる口調で言った。


「…プッ…」

隣の席に座る悠佑は昨日のなな子の姿がフラッシュバックし思わず吹いた。


ギロ…

なな子が悠佑を威圧感あるオーラで見る。


「・・うっ…」

悠佑は慌てて目を背けた。


多満子「じゃあ、う、ね!有頂天外うちょうてんがい!」


吾郎「意到随筆いとうずいしつ!」


なな子「松尾くん、早ッ!つ、痛定思痛つうていしつう…」


多満子「う…、また、う…かぁ…雲烟飛動うえんひどう!」


吾郎「有無相生うむそうせい!」


なな子「早いッ!…い…いー…易往易行いおういぎょう


多満子「う!?なな子ちゃん、私さっきから「う」のものしか来てないよーぅ (泣)」


なな子「えぇっっ!!ご、ごめん…」


吾郎「アハハッ」


"なんか…楽しそうじゃねぇか…松尾のやつ…。ハーレム状態じゃねェかよッ!イイなアイツ…"


悠佑は横で繰り広げられている世界を羨ましく思った。


「何かあの三人…地味だけど遊びは目立ってるわね…」

周りの女子達は、なな子達を見ながら囁いた。


"知っている…。俺は知っている。地味だと言われている鷹鳥の素顔が実は超絶美人だということを…"

このクラスの中で自分だけが知っている事実に優越感に浸る悠佑であった。


なな子「か…確固不抜かっこふばつ!」


多満子「つ、つー…追根究底つうこんきゅうてい!」


吾郎「一牛鳴地いちぎゅうめいち


なな子「早ッ!えーと、ち…ねぇ…ちー…」


悠佑「沈魚落雁ちんぎょらくがん


なな子「え…」


なな子は驚き隣の席の悠佑を見た。


すると悠佑は、頬杖をつきながら優しい眼差しでなな子を見つめていた。


"ドキっ…"

なな子は一瞬、息が止まった。


「ちょ…ちょっと、何急に入って来てんのよ…。しかも「ん」で終わっちゃってんだけど…」

なな子が動揺し慌てながら言った。


「あッ!やべッ…えへへ」

悠佑はそう言いながら、照れたように笑った。


「え!悠佑くんすごーい!!そんな四字熟語何処で覚えたのー??どういう意味ー?」

クラスの女子が騒いでいる。


「さぁー、知らねー」

悠佑はけろっした表情で窓の外を見た。


「えー!?意味分かんないで言ってたのー??ウケるー悠佑くーん!」


「・・・・」

なな子は前を向き必死に動揺を隠そうとしていた。

こういう時の眼鏡はありがたい。


"沈魚落雁…容姿が非常に美しい女性"


なな子は珍しくドキドキしている。


"ビックリした…。香月…なんであんな四字熟語知ってるんだろ…"

なな子は突然の悠佑の言葉に内心驚いていた。


「どうかした?なな子ちゃん」

友人の多満子と吾郎は不思議そうになな子を見つめていた。


「え…。あぁ…ううん、何でもないよ」

なな子は必死に冷静を装いながら応えた。


そんななな子の様子を悠佑は見逃さなかった。


"可愛い…"


眼鏡はかけているが明らかに動揺し顔を赤くしているなな子に胸が高鳴っていた。

早く放課後になってほしいと心から思う悠佑であった。


---


昼休み-


「あのさ…鷹鳥…」

しばらくして、悠佑はまたしてもなな子に声を掛けた。


「鷹鳥!!ちょっと良いか?」

時を同じくして体育教師の巡哉が声を掛けた。


「キャーッ、辰島先生が来たーっ!」

クラスの女子達が盛り上がる。


「・・・っっ!!」

悠佑がギロッと巡哉を見た。


巡哉もキッとした敵意ある視線を悠佑に送った。


なな子は巡哉と悠佑の雰囲気を察しつつ、巡哉と共に歩いて行った。


「チッ…」

悠佑は苛立った。



風紀委員室にてー


「なな子ッ!おまえ…何で香月なんかに素顔見せてんだよッ!」


巡哉はなな子を問い詰めていた。


「まぁ…事故?みたいな」

なな子がさらりと言った。


「何だよ事故ってッ!何があったんだよ昨日ッ」

巡哉はさらになな子に詰め寄る。


「昨日から私、香月に勉強教えててさ。それで一緒に帰ってたらアイツ、女で恨み買っちゃってて…。それで変な男達に絡まれたから、私が倒した。まあ…私も日頃からムカついてたからねぇ…あの女のことでは。毎日毎日朝っぱらから、暑苦しいもん見せられてさァ」

なな子が平然と事の経緯を話している。


「おまっ…、あれだけケンカはすんなって言ったろッ!」

巡哉がなな子に説教をする。


「そうは言っても、いざとなったらそんな事は無理だってこと…巡ちゃんが一番分かってんじゃん」

なな子は涼しい顔をして見せる。


巡哉「だ…だからこそ!うるさいくらい言ってんだよッ!!」


なな子「大丈夫!!私…負けないのでッ!」


巡哉「・・・っっ。ドラマみてぇなこと言ってんじゃねぇよッ!」


キーンコーンカーンコーン…


「ヤバっ!じゃぁ、そう言うことだから!」

なな子は慌てて教室へ戻って行った。


「あ…!お、おぃッ!コラッ!そう言う事だからじゃねぇだろッ」

巡哉はため息をつきながら頭を抱えた。


そんな巡哉の様子を、ある同僚の女性教師が陰から見つめていた。


---


なな子が教室に戻ると悠佑はなな子をガン見していた。


なな子「・・・・っ」


なな子は冷静を装い落ちついて席につく。


"香月の視線が横からバシバシ刺さってくる…"


なな子はたまらず悠佑の方を見た。


「何…」

なな子は小声で悠佑に言った。


「アイツ…何だったんだよ」

悠佑も小声で言う。


「後で」

なな子がボソッと言った。


「・・・っ!」

"何か…後でって言葉、イイ…"

悠佑は、放課後にはなな子と二人きりになれる時間があるんだと改めて思い嬉しくなった。


---

放課後ー


「じゃあ…なな子ちゃん!今日も頑張ってね」

多満子と吾郎はそう言うと手を振り帰って行った。


「はぁー…」

なな子は深いため息をつくと悠佑の方を向いた。


悠佑は嬉しそうにしている。


「・・・っ。さぁ、早く片付けよ」

なな子はそう言うと悠佑の机に寄った。


「いや、ゆっくり教えて」

そう言うと悠佑はなな子にニッと笑った。


「・・・っっ」

"すごくやりずらい…やりずらすぎる…"

なな子はこれからの時間が思いやられると思った。


「ねぇ鷹鳥…もう教室には誰もいねェしさ…、この時間だけでも眼鏡外してくれない?」


悠佑は照れながら言った。


「そうねぇ…」

なな子は俯く。


「っ!!」

悠佑は期待の眼差しを向ける。


「・・・って、外すわけないでしょッ!!集中しなさいよ、集中ッ!!アンタ留年してもいいのッ?目の前の問題に集中しなさいッ!」

なな子はプリントをバシバシ叩きながら悠佑に喝を入れた。


「うっ…」

悠佑はたじろいだ。


「鷹鳥さん…結構スパルタなのね…。悠佑くんが留年しない為にも…しょうがないかぁ…」

「鷹鳥さんだったら悠佑くんと二人きりでも…大丈夫そうね」

同級生の女子達が囁きながら廊下を通り過ぎて行った。


「辰島の奴、何だって?」

しばらくすると、悠佑はなな子にたずねた。


「事情聞かれたよ。なんで香月が私の素顔知ったんだァってね。ほら、言わんこっちゃないッ!香月が辰島に騒ぐからでしょー」

なな子がムスッとしている。


「だって…ムカついたんだもん。アイツ、おまえの色恋ばかりを心配してそんな分厚い眼鏡させてさァ。そのせいでお前が地味だとか周りから誤解され続けてんのが、なんか腹立っちまってよォ」

悠佑が頬杖をつき窓の外を見た。


「フフッ…フフフ…(笑)。何であんたが私のそんな事で怒ってんのよ」

なな子は笑顔で言った。


悠佑「・・・っっ。そりゃぁ、好きだからに決まってんでしょ」


なな子「・・・。…さぁ、続きの問題やろうか」


悠佑「オィッ…話し逸らすなよ」


なな子「・・・」


悠佑「・・・ったく…無視かよッ」


「・・・私は、別に周りからどう思われていようが全然気にしてないけどね。でもまぁ…ご心配ありがとう…」

なな子はプリントを見ながら言った。


「・・・っっ…。お、おぅ…」

悠佑は意外と素直に礼を言うなな子にドキッとした。


しばらくして、なな子がふと呟いた。

「ねぇ、休み時間の四字熟語…。ああいうの、辞めてくれない?」


「え、何で?本当の事じゃん」

悠佑は涼しい顔をしていた。


なな子「・・・っっ。っていうか、よくあんな四字熟語知ってたね」


悠佑「あぁ…実はさァ、おまえと隣の席になってからおまえ達がちょいちょい隣で四字熟語しりとりやってたじゃん?何となく四字熟語ってやつに興味が湧いてさァ。それから何となく…四字熟語ってのはどんなもんがあんのか調べてたんだわァ」


なな子「え…四字熟語を??香月が…?」


悠佑「いやァー、自分でもビックリなんだけどさァッ!まぁ、何がきっかけでどんなもんに興味持つかなんて分からねぇもんだなァッ」


悠佑は晴れやかに笑った。


「・・・・」

"意外…だな。香月って私がイメージしてた人間とは違うのか…も…?"

なな子はキョトンとした様子で悠佑を見つめていた。


「何?惚れた?」

悠佑はなな子の顔を覗く。


「な、何言ってんのッ。早く残り終わらすよッ」

なな子は慌てて目線をプリントに戻した。


悠佑は照れ隠しをするなな子を微笑ましく思った。



なな子と悠佑は無事課題を提出した。


課題が少し早く終わったので、なな子は何かを思いついたような顔をさせ悠佑に言った。

「ねぇ、ちょっと寄ってく?」


「え…。どこに…」

悠佑は驚き、呆然としながらなな子を見つめた。


--


「チャン、お手ッ!」

「りん、おすわりッ!」

「シャン、伏せッ!」

なな子は柴犬達を手懐けている。


悠佑「鷹鳥、おまえマジですげぇな…」


なな子「私に馴れてるからね、この子達」


悠佑「だろうな…俺なんてさっきから、ケンカ売られてる時と全く同じ視線を向けられてる気がするぜ…」


三匹の柴犬達は、はじめてなな子が連れてきた雄(男)を敵意ある眼差しで見ていた。


悠佑が柴犬のチャンに触れようとすると…


「ガルルルルゥ…」

毛が逆立っていた…。


悠佑「・・・・っ」


なな子「この子達に認められるにはまだまだ時間が必要かもね」


悠佑「俺、コイツらに一生認められる気がしねぇわ…」


ポンポンッ…

なな子は悠佑の肩を"ドンマイ"…と言わんばかりの表情で無言のまま叩いた。


悠佑「…っっ」

悠佑は複雑に思いながらも、なな子に肩を触れられ若干嬉しい気持ちになり顔を赤くした。


それからなな子と悠佑は、帰路に就いた。


「なぁ…鷹鳥。俺、本気だからな」


二人で歩いていると突然真剣な口調で悠佑が言った。


驚いてなな子は立ち止まり悠佑を見た。


悠佑は真面目な表情で見つめている。


「・・・・」

なな子は、悠佑に真剣な表情で見つめられると、その目に吸い込まれそうになり何故か自身の視線を外せなくなってしまう。


すると、悠佑はなな子の眼鏡をゆっくり外した。


「やっぱ、沈魚落雁じゃん」

悠佑はそう言うと微笑んだ。


「・・・っ」

なな子は顔を赤くさせながら慌てて顔を背けた。


悠佑は、外した眼鏡をそっとなな子の制服のポケットへ入れた。


「…っっ。まぁ…香月が、ただのヤンキーでチャラい男じゃないことは何となく分かってきたけど…。でも何で私なんかを好きなわけ?ケンカが強い女なんて普通引くでしょ?大抵男の人が好きな女性っていうのは、か弱くて可愛い女の子なんじゃないの?要は結局…顔なんでしょ?私が眼鏡外して、私の素顔見たから手のひらを返したみたいなさ。分かる…分かるよそんくらい。私、言っちゃ悪いけど…自意識過剰だって思われるかもしれないけど、私は自分の顔が良いって事ぐらいは自覚してる。昔から周りの反応見てればだいたい分かる。だから、皆同じなのよ。顔だけで判断して近づいてくる。誰も私の中身なんて見ちゃいないの」

そう言いながらなな子は歩き出した。


「ち…ちげぇよッ!」

すると悠佑はすかさず、なな子の手を掴んだ。


なな子「・・っ!!…何が違うのよ」


悠佑「・・・っ」


なな子「ほら…違わないじゃない」


悠佑「そうじゃない…。女がケンカ強くたって別に良い…。俺…おまえの素顔見る前から…実は…おまえのことが気になってた…」


なな子「え?」


悠佑「いや…俺もその頃、自分の気持ちがよく分かってなくてさァ…そんなはずねぇだろって思ったり…。他の女と遊んでみれば俺のモヤモヤしたもんも取れんじゃねぇかって思って、いろんな女と会ったりしてみたけど…やっぱ何か全然ダメで…。ますますおまえの事が気になっちまってて。それに、おまえの隣の席にいる時に感じる…この、何つーか、ギュンギュンする胸の感じが、他の女達と会っても全然しねぇし、逆に気持ちが冷めちまう。やっぱ…俺、鷹鳥の事好きなんじゃねぇのか?って…地味にずっと悩んでた…」


なな子「・・・っっ。な…何で私を?だって全然話したことなかったじゃん…」


悠佑「・・声…とか、話し方とか…性格…とか…」


なな子「え…」


悠佑「おまえと席が隣りになって、おまえ達の会話とか聞いてて…おまえの声と話し方が…何か落ち着く…。あと、おまえの人柄がなんとなく会話を聞いてるうちに分かってきて…頭良くて優等生なくせにそれを鼻にかけてねぇし、意外と天然なんだなァ…とか。もっと鷹鳥の事知りたくなってた。それにあの時……」


「・・ん?あの時?」

なな子はキョトンとした顔で悠佑を見た。


「あ…っ、いや…」

悠佑は慌てて目を逸らした。


「・・・っていうか、天然って!私、そんなんだった?じゃあ…四字熟語のやつも、もしかして…」

なな子は食い入るように悠佑を見た。


悠佑「おまえと会話が出来んじゃねぇかって…思って。頭わりぃ俺が唯一見つけた、おまえと会話する糸口っつうか…。あと、おまえが校長の三太郎犬を可愛がりに行く時も…実は、偶然とかじゃなくて…その…いつもおまえが行くの確認して…合わせて見に行ってた…」


なな子「え・・・。えぇーっ!?そうだったの!?ちょっと…いまいち信じられないんだけど…。だ、だって、私が香月に勉強教える事になった時、私に舌打ちしてたじゃん!明らかに嫌そうな…」


悠佑「あれはァッ!!めちゃくちゃ嬉しかったのを…必死で隠してたんだよッ!!緩んだ顔見られんの恥じいだろッ」


なな子「え…。えぇー・・・っっ」


悠佑「だから俺、昨日は…意外と普通に喋ってくるおまえにさらにグッときてたし、昨日おまえに大事な予定があったって言われた時は、正直焦ったし…それが少女コミック新刊の発売日だって知った時はすげぇホッとしたし…。こりゃもう完全に俺、鷹鳥の事好きじゃんって…」


なな子「・・・っっ」


悠佑「そしたらさァ…昨日の帰りに、おまえの素顔とカッケぇ姿見て、うん…やっぱおまえだわって確信した。俺は鷹鳥の事が好きだって改めて思ったんだ。俺の背中押したきっかけは、おまえの素顔を見たからだったかもしれねぇけど、好きになったのは顔が良いからじゃねぇよ」


なな子「・・・っっ」


「だから俺の好きってのは本気だから。おまえも俺のこと好きになるまで、ぜってぇに諦めねぇッ!ってか俺の事、ぜってぇに好きになってもらうからな!鷹鳥ッ」

悠佑はそう言うとなな子の手を両手で強く握った。


「・・・っ!!」

悠佑の熱い眼差しになな子は圧倒された。


---

自宅の湯船にてー


「・・・・」

ブクブクブク…


なな子は湯船に浸かりながら悠佑の言葉を回想していた。


"好きになる…かぁ…"

なな子は物思いに耽た。



---


なな子が寝る前にリビングに行くと、母の椿が美容パックをしていた。

なな子は横に座ると椿にたずねた。


「ねぇ、母さん。母さんって何がきっかけで父さんと一緒になったの?」


椿は驚いたような表情を見せた。


椿「えぇ?どうしたの急に。それ語ると朝日が登っちゃうけど」


なな子「いやいや…要点だけまとめて話してくれればいいから」


椿「えーぇッ、本当にそれ聞いちゃう??まぁ良いけどッ!あれは…そう、学生の頃のある冬のことだったわ…。私、当時ガリ勉眼鏡少女だったんだけどねー…・・・」


--ー

ある冬のこと-


不良女①「ねぇ、アンタ金持ってんでしょぉ?金出せよ、金!」


不良女②「早く財布出せよ」


椿(当時十七歳)「・・持ってない…」


不良女③「はぁ?嘘ついてんじゃねぇよッ」


不良女④「ほら早くバッグよこせよ」


椿「・・・っ」


弘乃丞(当時十八歳)「オィッ、テメぇら…寄ってたかって何してんだァ?4対1は不公平だろ。それとも何か?おめぇらは四人も集まんねェと何も出来ねぇのかァ?」


"・・・おやおや?身に覚えのあるセリフ…"

(なな子心の声)


不良女①「うっ…。あ…あんた…何でここに…」


弘乃丞「おめぇら…すっげぇみっともねぇぞ?それ以上俺に恥さらしたくねぇなら…とっとと消え失せろ」


不良女①「・・・っっ。行こ…」

スタスタスタッ…


弘乃丞「大丈夫か…?」


椿「あ…はい…」


弘乃丞「なら良いけどよォ…もうあんな奴らに絡まれねぇように、今度は気をつけな」


椿「すみません…あ…ありがとうございました…」


弘乃丞「・・・気にすんな。じゃあな」


椿「あのぉッ!!」


弘乃丞「んあッ?」


椿「お、お礼させてください…」


弘乃丞「んなもん、いいよ」


椿「私がァッ!・・そうしたいんです…」


弘乃丞「・・・っっ。俺みたいなもんと関わるとろくなことねぇから辞めとけ」


椿「ろくなことなくてもいいです…。お名前と…連絡先と…ご、ご住所…お、教えてください…」


弘乃丞「え…っっ、じゅ…住所って…」


椿「このまま…終わりたくないんで…」


弘乃丞「おま…っ。俺を誰だか分かってんのかァ?おまえみたいなもんが付き合って良い相手じゃねぇよ…」


椿「どうしてそう思うんですか?私が地味だから…ですか?」


弘乃丞「いやいや…。おまえ…優等生なんだろ?成績に響いちまったり…」


椿「私を見くびらないでくださいッ!どんな相手と付き合おうが私の頭と心は変わることはありません!あなたが私のこの地味な感じが気になるっていうなら、そこだけは変えますッ!金髪は無理ですけどぉッ」


弘乃丞「ちょ…ちょっと落ち着けって…そうゆう外見がどうとか言ってんじゃなくて…」


椿「じゃあ、これでも…ダメですか?」

(椿はそっと眼鏡を外した)


弘乃丞「・・・っっ!!!」


この時、父、弘乃丞(当時十八歳)は初めて恋の稲妻に撃たれたのだった…。


--


「ってな感じで、あれよあれよと弘乃丞とお付き合いすることになって、今に至るのよッ!思い出すだけで胸がキュンキュンしちゃうわッ」

母の椿は顔を赤くさせ遠くを見ていた。


「ってか…父さんも結局顔なんじゃん」

なな子が呆れながら言った。


「それがね…そうじゃなかったのよ。弘乃丞が私を好きになったのはもっと前だったんだって!」

椿が弾むように言った。


「え…」

なな子はキョトンとした。


「私が毎日塾の帰りにね、近くの公園のベンチで本を読みながら一人で笑ったり泣いたりしてたのを、弘乃丞は随分と前から見ていたらしくて…。私のそんな様子を見てるうちに、実は私に惹かれてたんだって言うのよッ!でも住む世界が違うからって諦めてたんだって…。そこに私が不良達にカツアゲされそうになってたところを弘乃丞が助けてくれたのよね…。ずっと…私の事、見ていてくれていたのよ」

椿は両手を頬に当てながらウットリしていた。


"なんか…似てる…。悠佑が言ってた事と…"


"素顔を見る前から気になってた…"


なな子は悠佑の言葉を思い出した。


「で、でも、どうして…父さんみたいな荒波の中を行く大型漁船に乗ることに決めたの?湖に穏やかに浮かぶ小舟の方が、安定じゃない?」

なな子は母を食い入るように見つめた。


「安定ばかりが幸せとは限らないんじゃないかしら。好きだったらどんな荒波でもしがみついていられるわよ。その方が案外楽しいもんよッ」

椿がニコッと笑った。


「どうして…そこまで父さんを好きになれたの?」

なな子は真剣な眼差しで椿を見た。


「そりゃあ……弘乃丞が一途だったからよ」

椿はなな子に優しく微笑んだ。


「・・・ふーん…、そっか…」


"一途…かぁ…"

なな子は悠佑のことを思った。


「あぁ〜ぁ!ラブラブ話、ごちそうさまでした!もう寝るわ」

なな子はそう言うと自身の部屋へ戻って行った。


「はぁーッ。さっぱりしたわァーッ!…ん?なな子と何話してたんだァ?」

父、弘乃丞が風呂から上がってきた。


「ウフフフ…(笑)。とりあえず晩酌でもしましょうかッ」

椿は笑顔で弘乃丞を見た。


「・・・っっ。お…おぅ…。…?…」

弘乃丞は不思議に思いながらも、椿の美しい笑顔に狼狽えた。


弘乃丞と椿は親になり何年経っても未だ恋人同士のような二人であった。


--


「一途だから好きなった…かぁ…」

なな子はベッドの上で、好きになるという事についてグルグル考えた。


"香月の話を聞く限りだと、実はアイツも一途なんじゃないかと思えてくる…"


なな子もまた、自分から男性を好きになったことがない…少女漫画でよく見かけるモテる人がありがちなタイプなのであった。


"沈魚落雁"

"容姿が非常に美しい女性"


悠佑が真っ直ぐ見つめながら言った四字熟語と悠佑の表情がなな子の脳内をいつまでも占拠していた。


「あーッ!!もうッ!寝れないッ!んー・・・ハシビロコウが一羽、ハシビロコウが二羽、ハシビロコウが三羽…」


なな子は眠れるように必死でハシビロコウを数え続けた…。


「・・・ハシビロコウが八十九羽…」

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