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生活のほとんどを和也に頼りきりの俺だったが、ついに一人暮らしを始めることにした。地道に貯めていたお金が溜まったのだ。学費を払い、春から俺は2年制の美容師専門学校へ行く。和也に近づきたい、隣に並ぶことを許されるような人間になりたいと思った。ようやく、その1歩目を踏み出す。
和也にこのことを告げると、和也は、「お前は偉いな」と俺を褒め、いつものように頭を撫でてくれた。そして、あまりにも穏やかな表情で、
「遊、俺はずっと愛してるぞ」
と言って俺を抱きしめた。引き止めてくれるかと思った。もしくは俺が傍に居なくなることに悲しんでくれるんじゃないかと思った。けれど、和也は俺の決断を否定する言葉も、寂寞の感情ひとつすらも言わなかった。ただ、残された時間が幸せなものであるよう、愛の言葉で俺を埋めてくれた。
荷造りをしながら、和也からの贈り物がいつのまにかこんなにも増えていたことに俺は気づいた。衣食住、人間が生きるために必要なものは全て和也から与えられた。それだけではない。本や音楽、アクセサリーのような娯楽も全て。ひとつひとつが俺の宝物であり、和也が俺を愛している証拠であるように思った。和也から貰ったものは全て手元においておきたかった。和也とは肉体的に交わることはない。それならばせめて、己の外側だけは和也で埋めていたいと思った。和也は、俺が荷物をまとめるのを黙って眺めていた。
和也の家を出る日。玄関先で和也は俺の手を強く掴み離さなかった。俺が和也の方に振り向くと、彼は、和也の愛で着飾った俺の指を1本1本丁寧になぞった。そして、俺の薬指を握り、
「この
と言った。俺が和也から貰った指環の中で1番気に入ってつけていたものだった。和也から何かをお願いされたのは初めてだった。和也は、与えこそすれど、貰うことはない。和也は俺の行動にすら何も望まない。常に俺に選択を委ねるような人だった。そんな彼の欲のようななにかを、俺はここではじめて聞くことができた。俺の指環なんて、そもそも和也からもらったものなのだから、拒めるわけがない。それ以前に、あまりにもたくさんの贈り物を和也から貰ってしまった。寂しい気もしたが、俺はその指環を和也に渡しリュックを背負いなおした。
駅まで送ってくれた和也は、改札の前で優しい笑顔で手を振っていた。俺も思い切り笑顔で大きく手を振った。次に和也と会える日は、少しでも和也に近づけていれたらなんて思った。
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