アイドルの消失点

@とむ

第1話 消失

 田仲真由香が失踪したというニュースが全国を駆け巡ったのは、彼女の卒業コンサートを目前に控えたある夏の日だった。

 アイドルグループ「サイレントエコー」の中心的存在だった彼女が、突然姿を消した。警察も捜索を行い、ファンもネット上で「#まゆたんを探せ」のタグをつけて拡散する中、手がかりは何一つ見つかっていない。そんな状況が数週間続いていた。


 僕――中嶋御幸は、ニュース画面を見つめながら何度も同じ言葉を呟いていた。


「なんで、真由香が消えるんだ……?」


 画面の中では、真由香がステージで輝く姿や、失踪前のファンとの交流が映し出されている。彼女の笑顔を見た瞬間、胸の奥が締め付けられるように痛んだ。


 真由香は、僕の元恋人だった。


 大学のサークルで知り合った僕たちは、彼女が「アイドルを目指している」と言った日から少しずつ距離を縮めていった。だけど、彼女が芸能界で活躍し始めると同時に、僕たちの関係は変わり始めた。ファンにバレることを恐れた彼女が「距離を置きたい」と言い出し、僕は泣く泣く彼女を見送った。


 それでも、心のどこかで彼女のことを忘れられずにいた。ニュースで彼女を見るたび、誇らしい気持ちと切ない感情が入り混じる。それが僕の中で当たり前になっていた。


 でも今は――


 画面に映る「行方不明」の文字が、僕の心をさらに掻き乱していた。


 その夜、家に奇妙な封筒が届いた。


 差出人の記載はない。封を開けると、中には一枚のメモとUSBメモリが入っていた。

 メモにはただ一言、こう書かれていた。


「真由香を救いたいなら、この動画を見ろ」


 意味が分からず、僕は戸惑いながらも、USBをパソコンに差し込む。すると、画面に真由香が映し出された。薄暗い部屋の中で、彼女はカメラをじっと見つめていた。普段のアイドルとしての笑顔ではなく、怯えた表情だった。


「御幸、これを見ているってことは……あなたに届いているのよね」


 僕は息を呑んだ。彼女の声が、何かを訴えるように震えている。


「お願い、助けて……私、追われてるの。誰にも言えない、誰も信じられない。でも……御幸、あなただけは信じられる」


 言葉が途切れ、彼女は何かに気づいたように振り返る。突然、画面が途切れた。


 した頭の中で、ただ一つのことだけが明確だった。


「真由香は、生きている――?」


 僕は椅子から立ち上がり、無意識にスマホを手に取った。けれど、誰に連絡すればいいのかも分からない。真由香の家族や事務所に知らせるべきか?でも、彼女の言葉が頭をよぎる。


「誰にも言えない……」


 僕だけに託された何か。だとしたら、僕が動かなければいけない。


 翌日、僕は動画の撮影場所を突き止めようと考えた。背景に映り込んでいた小さな窓から見える風景――そこに映っていたのは、都内の古びたビル群だった。

 どこか見覚えがあると思ったが、すぐには思い出せない。


 考えながら駅に向かおうとすると、突然後ろから声をかけられた。


「中嶋御幸さんですね?」


 振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。険しい表情を浮かべたその男は、名刺を差し出した。


「田仲真由香のマネージャーをしている者です。お話があります」


 車に乗せられた僕は、彼に事の経緯を尋ねた。しかし、返ってきた言葉は予想外のものだった。


「真由香は、何者かに狙われています。それも、彼女の命を――」


 心臓が一瞬止まったような感覚に陥る。マネージャーはさらに続けた。


「彼女の失踪は、単なる事故や誘拐ではありません。アイドルとしての彼女が消えたのは、仕組まれたことなんです」


「仕組まれた……?」


「そうです。そして、彼女が最後に連絡を取った相手は、あなたです」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の中で疑問と恐怖が膨れ上がった。真由香に何が起きているのか?彼女は今どこにいるのか?そして、僕が彼女を救うことなんて本当にできるのだろうか?


 車は高速道路を進み、次第に目的地へと近づいていく。僕の運命も、この瞬間大きく動き始めていた。

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