世界を統べるもの ~森に出逢うもの

藤瀬京祥

プロローグ 男は語る

「世界をべるもの、如何いかなるものか?」


 男は静かに問い掛ける。


「あの書の存在を知るほどの貴殿だ。

 今更このような問いを受けることは不快に思われるかもしれん。

 だがその御業みわざがどのようなものか、貴殿はわかっておられぬ」


 窓一つない石造りの小部屋は、四方の壁を埋める書棚に古い書がぎっしりと詰まっている。

 その中ほどに置かれたテーブルの上で両手を組んだ男は、向かいにすわるマントの人物にゆっくりと話しかける。


 年齢は三十代半ばで体格がよく、ずいぶんと背が高いらしい。

 すわっていてもそれがよくわかるほどで、少し青みを帯びた見事な銀色の髪をしている。

 そして真っ青な瞳で、真っ直ぐにマントの人物を見据えて話し続ける。


「歳若い同胞きょうだいよ、かつての教えを思い出せ。

 愚かと知ってなお探求をやめられぬは我らのさが

 それでも決して手を出してはならぬ領域があることを」


 男は静かにゆっくりと話す。

 しかしマントの人物は被ったフードで顔を隠し、その思考さえも隠すように沈黙を守っている。


魔力ちからさえあればどんな望みも叶い、知識さえあれば世界の全てが思うまま。

 そんな万能の魔法などこの世には存在せぬ。

 なぜならば、世界を統べる御業みわざをもってしても為し得ぬ事があるからだ。

 如何いかに力を得ようとも、知識を得ようとも、人は人。

 ゆえに力におごることなかれ、知識に自惚うぬぼれることなかれ。

 それが世界のことわりであり、人知の限界なのだ」


 話し終えた男が口を閉じると、小さな部屋に静寂が訪れる。

 なにかを待つように、しばらくのあいだ男は沈黙を守っていたが、テーブルを挟んで向かいにすわるマントの男が微動だにしないのを見て、諦めたようにゆっくりと立ち上がる。


「すでに他者の言葉は耳に届かぬようだ。

 かつての過ちが繰り返されるのを見過ごすのは本意ではないが、すでに覚悟は決まっていると見える。

 ならばわたしは去るしかあるまい。

 だが……」


 返し掛けた踵を止めた男は、依然微動だにしないマントの男を振り返る。


「歳若い同胞おとうとよ、少しばかり先を生きるわたしとて愚かなのだ。

 だから願わずにはいられない。

 すでに引き返せぬ道に深く踏み入っていたとしても、そなたの未来さきに少しでも光りあらんことを」

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