第36話 月下で君に花束を
隠れてしまった精霊が出てくるのを、じっと待つ。なんかめちゃくちゃ緊張してきたな。
なかなか出てきてくる気配がなくて、焦る。
でもまあ、どこかに去ってしまう様子もないし、気長に待つとしよう。
少し待っていると、花の影から精霊が顔を出してくれた。
《は、話くらいなら、聞いてあげてもいいの》
「ありがとう!」
ひとまずホッとした。
だが、本番はここからだ。
「まず、謝罪をさせてほしい。初対面でいきなりあんなことを言ってごめんなさい。言い訳に聞こえると思うけど、初めての感情に舞い上がってしまったんだ」
深く頭を下げる。
なんというか、アレはほんとに独りよがりな行動だったと反省した。
「キミのことを考えない軽率な行動だった。お互いになにも知らない状態なのに、契約とか言われても困るよね……」
そもそも精霊にとって契約ってどんな風に思われてるんだろ。そういうところを賢者は教えてくれなかった。あ、なんか腹立ってきたな。……まあ、僕の行動が悪いことに変わりはないけど。
「あと、場所も考えられてなかった。精霊にとってはどうかはわからないんだけど、風呂場は流石にないよね……」
初めて出会った場所といえばロマンチックな気もするが、風呂場はなぁ……。ああ、なんか改めて自分の行動を振り返ると、かなり恥ずかしくなってきたな。走り出したい気分だ。
「本当に、ごめんなさい。この謝罪も自己満足に思えるかもしれないけど、本心からの言葉だと信じてほしい」
言うべきことは言い切った。
許してもらえなくても、それは仕方がない。
少し間が空いて、精霊が言葉を発してくれた。
《そ、そこまで謝るなら許してあげるの。もともと、ちょっと驚いただけだったし……》
良かった!許してくれたみたいだ!
「ありがとう!」
やっと、一安心できた。
でも、次にいつ会えるかわからないから、少しだけでも距離を縮めておきたい。前回の反省を活かし、段階を踏んでいこう。
「……でも、キミと仲良くしていきたい気持ちは変わらないんだ」
焦るな、焦るな。
跪き、花束を差し出す。ちょっとキザかなと思ったりもしたけど、なんだかこれが相応しい気がした。
「まずは、僕と友達になってくれませんか?」
真剣な目で、精霊を見つめる。
本気だということが、伝わるように。
僕の言葉に、精霊は驚いた様子を見せた。
そのあと、くすくすと笑いながら、花束から一本の花を抜き出した。
《……ふふ、なんだか面白いの。貴方と、友達になってあげるの》
その姿は、とても愛らしくて。
なんだか温かい気持ちになった。
「ありがとう!!これからよろしくね!」
あー、なんかすごく嬉しい。
「前にも言ったかもしれないけど、僕の名前はコウっていうんだ。キミの名前を教えてもらってもいいかな?」
《……ふつうの精霊に、名前はないの》
え、名前ないのか。
あれ? 賢者と一緒にいた精霊には名前があったと思うんだけど。この世界だと違うとかかな?
《だから、コウに名前をつけてほしいの》
「え、僕が? いいの?」
なんだか、こちらをチラチラと見ながら言っているがどうしたんだろう。というか、僕なんかが名前をつけていいのだろうか。
《コウにつけてもらいたいの。可愛いのをお願いするの》
「……わかった!ちょっと考えるね」
いやもうそこまで言われたら真剣に考えるしかないだろう。責任重大だが、期待に応えなければ。
名前、名前かぁ。
お風呂好きということくらいしか知らないからなぁ。フロスキー? フーロ? いや、なんかしっくりこないし可愛くない気がする。
考え込んでいると、不意に名前を閃いた。
「……アイミィ、なんてどうかな?」
なんだか不思議な感じだが、ぴったりな気がするな。
どうだろうか? 気に入ってくれるだろうか。
《アイミィ……それがワタシの名前……》
少なくとも嫌そうな感じではなさそうだ。
アイミィという名前を噛み締めるように呟いたあと、笑顔でこちらを見てくれた。
《ありがとう!なんだかとっても可愛いの!》
良かった。気に入ってくれたみたいだ。
《今この時から、ワタシはアイミィなの!》
その瞬間、僕の体を何かが駆け巡った気がした。
なんだろう、気のせいかな?
「よろしくね、アイミィ!」
《こちらこそよろしくなの!コウ!》
いろいろあったけど、仲直りできて本当に良かった。これから仲良くなっていって、アイミィが良いと思ったら契約の話をしよう。もう急いだりしない。
さて、そういえばこの花束どうしようかな。
アイミィにあげるには明らかに大きい。僕の部屋にでも飾っておこうかな。
アイミィの方を見ると、抜き取った一輪の花を嬉しそうに眺めていた。
「花は好き?」
《うーん、そこまで好きって感じではなかったの》
あれ? そうだったのか。
それは悪いことをしたかな、と思っていると。
《でも、今日ちょっとだけ好きになったの!》
少し照れたような表情で、そう言ってくれた。
え、めちゃくちゃ可愛いんだが。
――――――
アイミィと仲直りした翌日。
訓練場に来て、賢者にアイミィを紹介することにした。まあ、賢者からアドバイスをもらわなかったら仲直りできなかったかもしれないし。
「ふふ、上手くいったんだね。良かったよ」
賢者は純粋に喜んでくれているようだった。
「うん、賢者のおかげだよ。ありがとう」
ここは素直に感謝しておこう。
さて、なぜか僕の後ろに隠れてしまっているアイミィの紹介をするとしようかな。
「えーと、この子が話していた精霊だよ。アイミィっていうんだ」
《……アイミィなの》
僕の後ろから少しだけ顔を出して挨拶している。
どうしたんだろ。賢者が怖いとか?
「あれ? もう名前をつけたんだね。それなら……」
《ちょ、ちょっと待つのーー!!》
慌てた様子でアイミィが賢者の言葉を遮った。
え、なにかあったのかな。
アイミィは賢者の近くに行って、なにやらコソコソと話している。むむ、なにやら疎外感。
「……なるほどね。ははっ、まあ構わないよ」
話がついたのか、アイミィが戻ってきた。
なんかちょっと顔が赤いな。
「うんうん、なかなか初々しくて良いね。これからコウくんをよろしくね」
《……当たり前なの》
うーん、まあよくわからないが、アイミィが当たり前と言ってくれたので嬉しかった。
「しかし、これはまた……」
賢者がアイミィのことを見ながら、考え込んでいる。
どうしたんだろうか?
「アイミィの力を借りた精霊魔法を使ってみたいとは思うんだけど、この子はちょっと特殊な属性だね」
「え、そうなの?」
そもそも普通の属性もしらないけど。
火とか水とかは普通ということかな。
「そうなんだよ。コウくんが扱うには難易度が高いから、まずは上手く精霊魔法を制御できるように、火をつける訓練を続けてもらおうかな」
「おーけー」
賢者の言う通りアイミィと魔法を使ってみたかったが、今の僕だと制御ができないというなら仕方がない。ちゃんと訓練してからということだな。特殊な属性ってのが気になるけど、なんか教えてくれそうにない。
「さて、それじゃあ今日も精霊魔法の訓練をしていこうか。昨日はほとんどできなかったからね」
そういえば、アイミィを探しに行ったから全然訓練ができてなかったな。気合いを入れないと。
今日はアイミィも見てることだし。
「よし!頑張るよ!」
《頑張るのー》
いつのまにか大量に増えていた訓練用の的に向かう。チラッとアイミィの方を見ると、賢者の精霊フゥサとなにやら話しているようだった。精霊同士仲良くなれるといいのだが。
さあ、僕は僕で集中しよう。
目指せちょうどいい火加減!
《アイミィ、あの子はかなり危なっかしいから、貴女がしっかり守ってあげてね?》
《言われるまでもないの。コウのことはアイミィが全力で支えるの》
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