第31話 襲来
疲れた体を引きずり、港の方に向かう。
そこには、マユルワナさんとジュルトラさん、そしてみんなが集まっていた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
マユルワナさんは、いつになく厳しい表情をしている。敵が攻めてきたんだから、そんな表情にもなるか。
港から沖の方を見ると、一隻の船が停泊しているのが見える。あそこが、魔族避けの結界に接触しないギリギリの場所なのだろうか。
「ご覧の通り、あちらに敵の船が停泊しています。おそらくは、ジュルトラたちの脱獄を受け、偵察に来たのだと考えられます」
「うーん、しかし魔族除けの結界があれば侵入はできないだろう? 偵察に来る意味はあるのかい?」
「結界の強度を確認する意味合いもあるのかと。結界が崩壊すれば、すぐさま攻めてくるでしょうから……」
マユルワナさんの表情が憂いを帯びる。
まだ多少の時間はあるが、その時は着実に近づいている。日々不安は増しているはずだ。
「ふむ、そうかい。それで、どうする? 話でもしてみるのかな?」
「もはや、奴らと話すべきことなどありません。皆様に頼りきりで申し訳ないのですが、あの船を破壊していただけないでしょうか」
思ったよりも過激だな。
あの優しげなマユルワナさんがここまで言うのだから、これまで相当な苦労があったのだろう。
「……いいのかい? それで」
「構いません」
決意に満ちた目で言い切る。
そこには、はっきりとした拒絶の色があった。
「……そうかい。それじゃあ、やり方はこちらに任せてもらえるね?」
「ええ、お任せします。民も不安を感じていますので、よろしくお願いいたします」
マユルワナさんが頭を下げる。
ここまでされては、動かないわけにもいかないな。まあ、僕がやるわけじゃないけど。
「では、姫さんはジュルトラと共に離れていてもらおうか。危険かもしれないからね」
「わかりました」
「うむ、承知した。お頼み申し上げますぞ!」
賢者がさらりと二人を遠ざけた。
これは、調べる気まんまんだな。
「さてさて、調査対象が向こうからやってきたわけだね。適当に理由をつけて、調べようじゃないか」
「相手は海上におるし、邪魔もないしのぉ。じゃが、それほど時間はかけられんぞ?」
それはそうだろうな。
船まで行って、長時間戻らなかったら流石に怪しまれる。
「そうだね。言い訳のためにも、私一人で乗り込んでこよう。大勢乗っていて手こずったとでも言えばいい」
そう言って、賢者はふわりと浮き上がった。
やっぱ飛べるのってカッコいいよな。
「それじゃ、あとは頼むよ。それと、たぶん大丈夫だと思うけど、もし万が一戻らなかったら後始末もよろしく」
不吉なことを言い残して、賢者が飛び去る。
え、大丈夫だよね?
「そんなに心配せんでも問題ないわぃ。とりあえず保険をかけておいたにすぎんよ」
他のみんなを見ると、全く心配していない様子だ。
そうか、問題ないのか。まあでも、ちゃんと成り行きは見守っておこう。
賢者はすでに敵の船に到着しているはずだ。
そういえば、船の破壊を依頼されていたがそれで死んでしまった場合は世界に歪みが生じるのだろうか。直接手を下していなければ、問題ないのか?
そんなことを考えながら、待つことしばし。
そろそろマユルワナさんが怪しむんじゃないかと思い始めたところで、動きがあったようだ。
「……沈めるみてぇだな」
リュウが呟くのが聞こえた。
ちなみに僕は何も感じていない。この人たちには、一体何が見えているのだろうか。
その直後、船が大きく傾いた。
そして、そのままゆっくりと沈んでいく。ここからだとよくは見えないが、船から飛び降りて脱出している魔族がいるようだ。
「お、戻ってきたのであるな」
良かった。無事だったみたいだ。
少し待っていると、賢者は悠々と空を飛んで戻ってきた。静かに着地し、僕らの方を見る。
「やあ、ただいま。話は後ほど」
「おかえりなさいませケンジャ様!お怪我はございませんか?」
すぐにマユルワナさんが走り寄ってくる。
走ってくるのが見えたから、賢者は何も言わなかったのか。
「ああ、姫さん。問題ないよ」
「それは良かったです!お一人で飛び立つのが見えて、心配しておりました……」
それはそうだよね。
これだけ人がいるのに、一人で行く意味がわからない。
「直接手を下すことを避けるなら、一人の方が都合がいいからね。船もちゃんと沈めてきたし、問題ないだろう?」
「ええ、問題などなにもありません!素晴らしいお手なみでした!」
「いやはやお見事!流石ですな賢者殿!」
マユルワナさんとジュルトラさんが絶賛している。
一人で船を沈めてしまえるなんて、破格の戦力だろう。というか、他のみんなもいるし負けるわけがないのでは?
「どうも戦闘を想定していなかったようだからね。一人でもどうにかなったよ。まあ、少し疲れはしたからもう戻ってもいいかな?」
「これは申し訳ありません!すぐに城に戻りましょう」
絶対疲れてないね。断言できる。
ただ、早く戻りたいのは本音だろう。僕たちに報告することがあるのかな。
そうして、城への道を戻っていく。
沖の方を振り返ると、敵船の姿はもうどこにもなかった。
――――――
「さて、報告するよ」
城に戻り、いつもの僕の部屋。
賢者はいつもより硬い口調で話し始めた。
「情報を集めるために短時間で思いつく限りの方法を試したけど、全部ダメだったよ。本当に厄介だね」
「ふぅむ、賢者で無理ならどうしようもないじゃろ。それより、何かわかったこともあるから儂らを集めたんじゃろう?」
「うん、そうだね。ただ、なんと説明すればいいかな……。理解できなかったことが、より理解できなかったというか」
賢者にしては珍しく、言ってる内容がわかりにくい。
「ふむ、それは以前の大陸での解析と比べて、ということかのぉ」
「そうだね」
あ、わかってないの僕だけか。
……いや、なんであれでわかるの?
「ああ、ごめんわかりにくかったよね。なんというか、例えば話す言葉についてだと、大陸では内容については理解できなかったけど、なんとなく規則性はあるように思えたんだ。だけど、さっきの船ではまったく理解できず、推測することもできなくなっていた」
なるほど?
なんとなく外国語かと思ってたら、猫の鳴き声になってたような感じか? いや、これはもう別の星の言語とかそういうレベルかもしれない。
「で、原因を考えてみたんだけど、現状だと大きく二つ考えることができる。まず一つは、時間だね。この世界で過ごす時間が長くなって、どんどん制限が厳しくなっている可能性がある」
「それはどうかのぉ。時間経過での制限強化なぞ、召喚者に負担が掛かり過ぎておる気がするんじゃが」
「まあ、そうだね。だが、可能性を排除するほどではないよ」
ふむ、だんだん話がわからなくなってきたな。
「次に、二つ目は距離だね。召喚者、もしくは召喚魔法陣に近ければ近いほど制限が強力になっている可能性だよ」
これはわかるな。
マユルワナさんか、森にある魔法陣との距離が関係しているということだろう。
「どちらかといえば、儂はそちらの説の方がしっくりくるのぉ。まあ、どちらにせよ検証は可能じゃな」
「そうだね。ただ、距離ならまだ良いんだけど、時間だった場合が厄介すぎる。どんどん情報がとれなくなってしまうから、手を打つならば全てを急がなければならない」
そこで、賢者が僕の方を向いた。
え、なんだろう。
「最優先事項として、コウくんには私の精霊魔法を覚えてもらうよ」
んん?? なんでそれが最優先??
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