第25話 そして賢者は救出に向かう


 暗い海を一隻の船が進む。

 メルジャナ監獄に向かう船上で、賢者は静かに海を眺めていた。


(さて、どうしたものかねぇ……)


 今回の救出作戦そのものは別に問題ではないと賢者は考えている。こちらの人員は強力であることは間違いなく、この世界の者たちが異常に強いということがなければ任務の遂行は容易だ。

 

 問題は、どれだけの情報をこの機会に得られるかということ。大陸に渡り自由に動ける状況が、この先訪れるかはわからない。この世界の法則、現在の情勢、自身の置かれた環境など、知らなくてはならないことは多い。


 そして、魔人の脅威もある。

 リュウとヴァンの二人がかりでさえ取り逃した存在。それだけでも警戒すべきだが、逃げることを選択できる知能を持っていることが厄介でしかなかった。


 この世界に召喚されてから、考えなければならないこと、対処しなければならないことが多すぎる。多すぎるというのに、判断するための情報が圧倒的に不足している。


 目下、最優先で対処しなければならないのは、共に召還されたコウという特異な存在についてなのだが……。


「なんじゃ、また考え込んでおるのか?」


 不意に、声をかけられた。

 この声はジィさんか。


「考えることが多すぎるんだよね。それに今は、考えることしかできない」


「まあ、そうじゃなぁ。考えるべきことは、確かに多い」

 

 二人で真っ暗な海を見つめる。

 今宵は月明かりも乏しく、隠密行動にはうってつけの夜だった。


「大陸に渡って現地の者と接触すれば、大なり小なり情報は得られるじゃろ。そこから推測するしかないのぉ」

 

 ジィさんの言う通りではある。

 ここで様々な思考を働かせているが、得られた情報によっては全てがひっくり返る可能性も否定できない。


「じき、目的地に着くじゃろう。そろそろ準備をせんとな」


 そう言って、ジィさんは去っていく。

 私も地図の最終確認でもしておくとしよう。



――――――



 監獄を守る魔族の兵士を眠らせ、内部へと侵入する。

 魔族の見た目は様々であった。角の生えた者、皮膚が紫の者、鋭い鉤爪を持つ者などがいたが、そのどれもが醜悪であった。


 そして、問題も発覚する。

 魔族の発する言葉が、理解できないのだ。


「これは、困ったことになったもんじゃ……」


「そうだねぇ……これは正直予想外だ」


 これでは、情報が得られない。

 強制的に情報を抜き取る手法も使ったが、これも無意味だった。


「これは、情報を得られないよう制限されていると考えた方がよさそうだね」


「そうじゃな。流石に不自然すぎるわぃ」


 面倒なことになっている。

 召還された際に、様々な制限や洗脳じみた思考誘導が組み込まれたと推測しているが、まさかここまでとは。


「ふむ、現状ではやれることはないのであるな。さっさと作戦を終えて、次の策を考えるのである」


 ヴァンの言葉に頷き、先を急ぐ。

 一般の兵士たちの解放はすでに終わったので、あとはジュルトラとかいう男を救出するだけだ。


 監獄の中を進み、最下層に至る。

 あの姫さんの話では、ここに捕えられている可能性が高いとのことだった。


 分厚い扉をこじ開け、中を見る。

 そこには、鎖に繋がれた血だらけの大男がいた。筋骨隆々のその男は、こちらを見ずに呟く。


「……むむ、食事の時間かね? いかんな、時間の感覚がおかしくなってきたようだ」


 傷だらけの見た目に反して、その声には力があった。


「マユルワナ姫に言われて、助けに来たよ。君がジュルトラで合ってるかな?」


「な、なにぃ〜〜〜!? 姫様が!?」


 ジャラジャラと鎖を鳴らしながら、男がこちらを向く。姫さんの言ってた通り、立派な口髭だな。この男がジュルトラで間違いなさそうだ。


「いかにも!某がジュルトラでありますぞ!」


「ああ、そうかい。他の兵士も解放したから、さっさとこんなところからは出よう」


 ジュルトラを鎖から解放する。

 さあ、あとはここを出るだけだ。


「……かたじけない!感謝いたしますぞ!」


「ほらよ、これあんたの剣だろ?」


 リュウが巨大な剣をジュルトラに渡す。

 ここに来る途中で、一応拝借しておいたものだ。


「重ね重ね、感謝いたしますぞぉ!!」


 ジュルトラは涙を流して感激している。

 どうでもいいが、全裸なので見た目が悪い。その辺にあったボロ布でも巻いておいてもらおう。


「さあ、行こうか」


 ジュルトラを連れ、監獄を出ていく。


 こうして、誰一人殺さず、あっさりと作戦を完了したのだった。


 


***



 

 メルジャナ監獄近くの山の中。


 監獄の方をじっと見つめる存在があった。

 闇に溶け込むように黒い衣服で身を包んだ人型のそれは、全身に冷や汗をかいていた。


 あれに見つかっては勝ち目がない。


 それなりに離れた場所だというのに、安心できない。あんなものがいるとは、聞いていない。息を殺し、あれらが立ち去るのをただひたすらに待つ。時間の流れが、やけにゆっくりに感じていた。


 生きた心地はしなかったが、なんとか耐えていた。この情報は、持ち帰らねばならない。

 



 

 その様子を、暗闇の中でひっそりと、とある使い魔が見つめていた。

 

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