第5話 食事は楽しく
「それで、反撃するにしてもどうするんじゃ? 人も資源も足らんだろうに」
仕切り直して、話し合いが始まっていた。
ひとまず、マユルワナさんの話を聞くとしよう。
「おっしゃる通り、今は何もかも足りません。ですので、各地に捕えられている仲間を救出することから始めたいと思っています」
マユルワナさんが言うには、大陸の方に味方がまだ残っており、捕まっていたり潜伏していたりするらしい。その仲間たちを解放し、人数を揃えるのが第一歩。
「うーん、それはいいんだけど、そもそもここが陥落してしまったらお終いだよね? というか、なぜここは占領されていないんだい?」
賢者さんはどんどん切り込んでいくな。
だが、話が早いのはいいことだ。
「当然の疑問ですよね。実は、この島には特殊な結界が張られておりまして、魔族は近寄ることが難しいのです」
それなら安心じゃないか。
だが、マユルワナさんの表現を見るに、そういうわけにもいかないようだ。
「ただ……、その結界も日に日に弱まっておりまして……。あと一年ほどもすれば破壊されてしまうのです」
本当にギリギリだったようだ。
この世界での一年がどれくらいの長さかはわからないが、それほど猶予はないことがわかる。
「なるほどね。まあ、その結界とやらは後で調べてみるとして、大陸に渡る方法はあるのかい?」
「ええ、船が何隻かありますので、数人が海を渡るくらいは問題ありません」
その後も情報共有が続く。
なかなか複雑な話になってきた感じがするな。
そう思っていると、今まで黙っていたリュウさんが声を上げた。
「そんなまどろっこしいことしなくてもよぉ、俺が大陸に行って全員ぶち殺せばいいんじゃねぇのか?」
その言葉に、場が静まる。
それは僕も少し思っていたことだ。ただ、この世界においてこの人たちがどの程度の強さなのかわからないので黙っていたが。
「それは……、できることならば使いたくない手段なのです。皆様の力を疑っているわけではなく、この世界の
「理、だぁ?」
また新しい話が出てきた。
理とはなんだろうか。
「古の書物によれば、異界の者がこの世界の生物を殺めると、その度に世界に歪みが生じるのだとか。歪みが大きくなれば、この世界に厄災をもたらすと記されています」
かつて異界の英雄を召喚した当時の王族たちは、その力を借りて大陸を征服し、栄華を極めたそうだ。だが、その繁栄は長くは続かなかった。
異界の英雄による大殺戮は、世界を大きく歪ませた。当時は存在しなかったという魔獣が各地に現れ、人類に大打撃を与えたのだ。生き残った人々はその事実が明らかになった時に大きく動揺し、異界の英雄を元の世界に送り返したという。
「……ですので、皆様がこの世界の者を殺めることは極力避けていただきたいのです。やむを得ない場合は仕方ないですし、少数であれば問題ないでしょう。ですが、世界の修復力を上回るほどの殺戮はしないでください」
マユルワナさんが頭を下げている。
話の全てを鵜呑みにすることはないが、主張は概ね理解できるものだった。
「……まぁ、一応は納得しておいてやる」
リュウさんが引き下がる。
いや、あれはなんか面倒だから引いただけか。
「その話が本当だとすれば、元の世界に戻る方法は確かにあるようだね。古の書物とやらを読ませてもらいたいものだけど」
「申し訳ありませんケンジャ様。あれは王家の宝であり、お見せすることはできないのです」
マユルワナさんが再び頭を下げている。
賢者さんも大して期待はしていなかったようだ。
「ふぅん、まあそんなところだろうね。さて、あとは何かあるかな?」
賢者さんが僕らの方を見回す。
特に意見はないようだ。というか、半分くらいは喋ってもいない。やる気ないのかこいつら。
いや、僕も話についていくのが精一杯で、意見なんてないんだけども。
「それでは、今日はこのくらいにしておきましょうか!疲れもあるでしょうから、詳しい話は明日以降にいたしましょう!」
いやー? 僕以外は疲れてないと思うけど。
「お言葉に甘えようかな。流石に私も休みたい」
賢者さんが疲れてるなら休もう。
一刻も早く休んだ方がいい。
「では、お食事の準備をしますね!」
その言葉にお腹が空いていることを思い出した。
ここまで何も食べていないのだから当然だ。
「我は不要だ」
「……あー、俺もいらねぇなぁ」
「吾輩も必要ないのである」
「儂もいらんな」
「せっかくだけど私もいらないよ」
ヨロイさんもいらないという素振り。
こいつら……。
え、食事が必要なの僕だけなの?
「え、ええと、その……」
マユルワナさんがオロオロしている。
そこで、僕と目が合った。
「あの、僕は食事の準備をお願いします……」
食事する方が少数派ってどういうこと?
普通のことなのになんでちょっと恥ずかしい感じになってるんだよ!
いや、待て。
ここでギリギリで生きてる人たちの食糧事情を考えて、断ったのかもしれない。他は知らないが、賢者さんはそうに違いない。
「はい!コウ様のお食事の準備をしますね!あとの案内はアイマがいたしますので!」
失礼します、と言ってマユルワナさんが出ていく。
「賢者さん、食事の方は……」
「ん? ああ、毒物が気になるのかい? 心配ならついていってあげるよ」
ああ、賢者さんの優しさが沁みる。
もう別に食事を摂らない理由なんてどうでもいいじゃないか。
「ありがとうございます!よろしくお願いします」
「ははは、別に構わないよ」
いい人だなぁ。
賢者さんがいなかったら、どうなっていたことか。
話していると、アイマさんが入ってきた。
「皆様、お部屋の準備が整っておりますのでご案内いたします。食事をなさる方は、食堂の方へ案内させていただきます」
食堂に行く必要があるのは僕だけですけどね!
「では皆様、こちらへ」
アイマさんの後ろにゾロゾロついていく。
ほとんど喋っていない連中もちゃんと従っているから、反抗的というわけでもないのだろうか。
「こちらが食堂です。中でお待ちください」
「ああ、ちょっと私もここに入らせてもらうよ。少し話したいことがあるのでね」
賢者さんがスマートについてきてくれている。
ありがたい……!!
「かしこまりました」
そう言って、中に通される。
誰もいなかったので、とりあえず案内された席に座った。
「それでは、私は他の皆様をご案内いたしますので失礼します」
そう言って、アイマさんは出ていった。
賢者さんと二人きりになったので気まずいかと思ったが、すぐに食事が運ばれてきた。運んでいるのは、まだ小さい子供のようだ。
顔だけ出ている修道服みたいなものを着ている。
たぶん女の子かな? 褐色の肌ってはじめて見るなぁと思っていると、その子はこちらをジッと見つめていた。
「英雄様、どうぞ」
「あ、ありがとう」
英雄と呼ばれると否定したくなってしまう。
他の面々はそうかもしれないが、僕は英雄ではない。
まあ、子供の夢を壊してしまうのも良くないから何も言わないが。それにしても、もう僕らのことは伝わってしまっているのか。
子供の使用人は、食事を運び終えると去っていった。
「うん、毒はないみたいだね」
早速、賢者さんが確かめてくれたようだ。
「ありがとうございます!」
「じゃあ、私はこれで」
え、もう行ってしまうのか。
いや、食べないんだからいる必要はないけども。
広い食堂にポツンと一人。
てっきりマユルワナさんも一緒に食べるのだと思っていたが、配膳されたのは一人分なのでそれはないのだろう。
む、虚しい。
食事を用意してもらった分際で贅沢は言えないが。
「……いただきます」
手を合わせて、呟く。
なんだろう、この世界に来てはじめて泣きたくなってきた。
食事は質素なものだったので、すぐに食べ終わった。
満腹には程遠かったが、致し方ないだろう。
「ごちそうさまでした。……あのー、食べ終わったので出ますね?」
そう言うと、先ほどの子供がやってきた。
「お部屋に案内します」
「え、ありがとう」
この子が案内してくれるのか。
ずっと無表情なのが気になるが、この子も苦労してきたのだろうな。
食堂を出て、子供についていく。
やがて、立ち止まった。
「こちらです。それでは、失礼します」
すぐに去っていってしまった。
そういえば、名前くらい聞いておけばよかったな。
しかし、いろいろあったので疲れたのでもう寝たい。
部屋の扉を開け、中に入る。
「よぉ、遅かったなぁ」
なぜか、リュウさんがいる。
というか、召喚された他の人が全員いた。
「ちょっくら、話そうや」
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