殺し合わなきゃ、愛せねぇ!!
arupe
序章
第1話
―—嗚呼、なんとも美しい姿であろうか。
思わずそう感嘆せざるを得ない存在が、目の前に立っていた。
それが背筋が泡立つほどに恐ろしく、殺したいほどに憎い存在だとしても、たとえそれが人を逸脱した存在であったとしても、美しいものは美しい。美とはそれだけで価値があり、絶対的な概念なのである。
新藤
そう、目の前の美しい存在は
「——ようやくだわ」
「ようやく、愛し合えるわね」
彼女は一人の男に話しかけていた。目の前の少年に、新藤
事情を知らない者からしたら、
しかし、事実とは奇なるものである。少なくとも
彼女の愛の
―——それは怒りに似た激情であった。
ただの激情ではない。生物的本能に訴える根源的な激情、使命感すら帯びた感情であった。
―——そうだ、
ゆっくりと
―——
右腕が腰に伸びる。そこには何もない。刀も銃も、武器になりそうなものは何もない。それはそうだろう。ここは学校、教室、そして
―——彼女の愛に、応えなければ。
一回り
そして瞬間——弾けた。
どん、という音が教室に響いた。もっとも、周囲の者がその音を聞いた時には既に、
音の正体は、先ほどまで
凄まじい脚力でもって、
「———あらら」
彼女の声だ。
「もう始めるの? 気が早すぎやしない?」
その声には余裕の響きが含まれていた。しかし、目の前に広がる光景はそれとは明らかに矛盾していた。
彼女の胸部を黒々とした物体が貫いていた。それは一見すると黒い刀身を持つ剣のように見えたが、実際は違っていた。それは胴締め……ベルトであった。黒々とした刀身はベルトの色だったのである。それがまるで剣のように硬質化し、
しかし、胸を貫かれたはずの彼女は痛がっている様子すらなく、むしろそんな状況を楽しんでいるかの如く笑を浮かべていた。
「形状記憶合金と言ったところかしら? これまた酔狂なモンを持ち出したわね」
「……サプライズにはうってつけだろ?」
「まあね、。フフフ」
異常な光景であった。少年が少女の胸を刺し、そのうえで二人とも談笑しているのである。……いや、談笑とは言い難いか。少なくとも笑っているのは刺された少女だけで、刺した側の
「でも……いいのかな?」
「……何が?」
「こんなに不用意に近づいちゃってさ。……接近戦は避けろって言われていたはずでしょ?」
少女が
「お前こそわざわざ受けに回りやがって。余裕で避けられただろ?」
「そりゃ、ねぇ。でも、殺す気がない攻撃を避けたところでねぇ」
「一応、殺すつもりでやったんだがね」
「ウフフ、そう? その割にはお行儀が良すぎない?」
「ハッ、確かに。テメェを仕留めるにはお利口さんすぎたな」
少なくとも、少女は自身の胸にベルトが刺さっているという異常な状況を全く気にしてはおらず、
「ねぇ、いつまでこうしているつもり? 無計画に突っ込んできて終わり? ——こんなんじゃ私、満足できないんだけど?」
何も知らない者たちから見れば恋人同士の抱擁のようにしか見えないが、事情を知っている者たちから見ると直視に堪えぬ光景であった
「こんなのかすり傷よ。キミだって知っているでしょ?」
「……知っているよ。嫌と言うほどな」
「だったらなんでこんな真似を? まさか、自暴自棄になったわけじゃないわよね? だったらちょっと、ガッカリなんだけど」
「……べ、別にいいじゃねぇか、どうでも……」
ここにきて何故だか
しかし、彼女は――
「まさか、前戯のつもり?」
「ぶっ!?」
「盛り上げようとしてくれたんだ? 私のために? ありったけの気持ちを込めて、ぶつかってきてくれたんだ?」
進は何も言わない。しかし、耳まで真っ赤になった彼の顔が雄弁に物語っていた。
「アーハハハ! かーわいい!!!!」
「うるせぇ!! 不完全燃焼だと俺も困るんだよ!」
「あはは、ありがと。君なりに考えてくれたんだね。そういう気づかいが出来る男になっているなんて、予想を超えてきたね。こりゃ一本取られましたな」
「ッチ やっぱてめぇは殺す。殺すに限る」
そう言うや否や、
「ありゃりゃ、もう
「心配しなくてもすぐにぶち込んでやるよ。嫌と言うほどにな」
再び
「うふふ、元気いっぱいね。ビンビンじゃない。今度はちゃんとイカせてよ?」
「ほざいていろ、頭ピンク野郎が」
確かにリオの言う通り、それはまるでいきり
―——いや、実際にそうであったのだ。
「じゃあ、前戯は程々にしてそろそろ本番を始めましょうか? お預けは嫌いなのよね、私」
「奇遇だな、俺もだよ。さっさと始めようぜ」
恐らくというか確実に、二人は敵対関係にあった。でないと、これから殺し合うという事実と矛盾する。
しかし同時に、確実に思いも通じ合っていた。愛し合う間柄と言っても差し支えない関係性でもあった。
「愛しているわよ、ススム」
しかしだからこそ、この二人は殺し合わなければならなかった。 そうすることがまさしく、愛を証明する最大の行為だったのだ。
「殺してやるよ、今度こそな」
―——二人は、殺し合わないと愛し合えないのであるから。
殺し合わなきゃ、愛せねぇ!! arupe @arupe
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