7. 本音の会話と告白

[お兄、今日はちょっと褒められたんやで]

[お、よかったな]

[ちょっと照れながら言ってたのがむっちゃ可愛いかった]

[そいつは可愛い系の男なのか?]

[全然]


今日の夜の報告では進捗があったらしい。

ただ聞いている限り結構ひどい男な気がする。

どうも妹の好意を疑っているらしい。

妹がこれだけアピールしているんだから、

真偽ぐらいすぐ分かるだろうに。


次の日の夕方。

帰る準備をしている時のことだった。


「和馬ちょっといいか」

「なんだ、改まって?」

「ここじゃなんだから屋上に来てくれ」

「わかった」


彰人が真剣な顔をして声をかけてきた。

こいつが真面目な顔をしているのは珍しい。

女関連のトラブルか?

屋上につくと既に彰人は待っていた。


「鈴奈ちゃんと進展はあるのか?」

「あるわけないだろ」

「そうか……」


女がらみなのは合っていたけど鈴奈との話だった。

こいつが女性のことを気にするなんて珍しい。

普段は俺がこういうことを聞く側だからな。


「鈴奈ちゃんとキスした」

「は?」


その告白は青天の霹靂だった。

あの鈴奈が……。

ただ冷静になって考えれば、

俺なんかより彰人を選ぶ方が当たり前のことだ。

仕方ないと思って受け入れようとした、その時だった。


「無理やり唇を奪った」


次の瞬間、彰人を殴っていた。

とはいえ喧嘩の経験もない素人のパンチなので、

彰人は少しよろめいた程度だった。


「どうして!!」

「お前は鈴奈ちゃんのなんなんだ?」

「そんなことどうでもいいだろ、どうしt「どうでもよくない!!」


腹の底から叫んでいるような声で割り込まれた。

怒り交じりで問いただそうとした俺の方が気押される。


「なあお前はなんなんだ、どうしてあそこまで愛されてるんだ?」

「し、知るかよ、出会った時からあんなんだし……」

「どうして相手してあげない?」

「……だっておかしいだろ、あんな子が俺のこと好きだなんて」

「本気だと必死に伝えているだろう」

「信じられるk 


突然視界がなくなって気がついたら空を見ていた。

左の頬がじんじんしてようやく殴られたことに気づく。


「お前が信じなくてどうするんだ!!」


彰人が感情をあらわにして怒っているのを初めて見た。

大体は拗ねたような怒り方で、

「もういい」と言ってどこかに行く感じだったのに。

そこまで俺は彰人を怒らせたのか?


「鈴奈ちゃんの目をしっかり見たことあるか?」

「……ないけど」

「あの目を見て本気じゃないと言うなら目玉を抉り出せ」


そう言って去っていった。

……本気なのか?

でも俺みたいな男を本気で好きだなんておかしいだろ。

長く付き合いがあったとかならまだわかる。

初対面からあの態度だったんだぞ。


「先輩、どうしたんですか!?」


タイミング悪く鈴奈がやってきた。

倒れている俺を見て慌てて駆け寄ってくる。


「腫れてるじゃないですか、すぐ冷やしましょう!!」


バッグからミネラルウォーターを取り出し、

ハンカチにしみこませて頬に当ててきた。


「駄目、ぬるくなってる、氷か何か……、先輩?」


鈴奈の腕を掴む。

思ったより細くて否応なしに女の子であると自覚する。


「どうしてここまでしてくれるんだ?」

「だって先輩が好きだから」

「俺が好かれる要素あったか?」

「顔も性格も何もかも好きです」

「おかしいだろ!!」


鈴奈がびくっと震える。


「彰人がそう言われるなら分かる、でもどうして俺なんだ!!」

「先輩……」

「からかわれてるとしか思えない、騙されているとしか思えない!!」

「……」

「鈴奈みたいな美人にここまでされる理由がわからない」


理由が分からなくてもモテてるんだからいいだろとは思えない。

だって理由不明でモテてるなら理由不明で振られるかもしれない。

好きになってしまった後で嫌われてしまったら耐えられないだろう。


「その気持ちわかります」


そう言って俺を抱きしめた。

うっすらと香る甘い匂いが何か懐かしく感じた。


「私もそうなんです」

「え?」

「私、兄がいるんです」


それは自分の気持ちを確かめるかのような語り口だった。


「兄が無条件に私を愛してくれるのが理解できませんでした」

「家族ならそんなものだろ」

「血は繋がってません」

「……義理の兄ってこと?」

「いえ、戸籍上も含めて兄妹を示すつながりは一切ありません」


どういうことだ?

どうしてそれで兄になるんだ?

疑問をかかえたまま話が進む。


「兄はどんな時も私を助けてくれます」「恩返しを要求されたことなんてありません」「最初はそれを当たり前だと思って何とも思いませんでした」「でも年月が過ぎるにつれて段々疑問に思うようになりました」「この人はどうして私を助けてくれるんだろうって」


条件があり対価を支払っているからこそ、やってもらえると思える。

無条件で対価を支払っていないというのは、

つまり相手の気分次第でいつでも止めることが出来るということだ。

もしそれが止められたら困ることであるなら、

不安にもなるだろう。


「その人とはどうして兄妹の関係に?」

「あの人とは小学生のころ偶然出会ってたまたま仲良くなって兄と呼ぶようになったんです」

「なるほど」

「自分で言っていてなんですがよく納得できますね」

「似たような話を知っているから」


俺の時と同じですごく共感できる。

子どもの頃って本当にちょっとしたことで仲良くなるんだよな。


「出会った時から今まで兄にもらってばかりです」「もちろん私も全力で愛を返しています」「でもいつか兄に見捨てられるんじゃないかとずっと不安に感じていました」


寂しい笑顔をしている。

それはどこかで見た覚えがある気がした。


「それが先輩と出会ってようやく気づきました」

「俺?」

「私は見返りを求めていたんです」

「見返り?」


鈴奈が兄に一方的に愛されるという話だったはずだ。

あくまで受け取るだけの鈴奈のどこに見返りがあるんだ?


「愛を返せば兄は私を愛し続けてくれるという見返りです」

「あ……」

「兄は無条件の愛を与えてくれているのに、私はさらに求めていたんです」


そうだ、お兄さんは別に見返りを求めていない。

なのに見返りを渡したから続けろというのは、

もっとよこせと言っているに等しい。


「私は兄を愛しています」「でもそれは兄が私を愛しているからじゃありません」「たとえ兄に見捨てられても私から兄への愛は変わりません」「ああ、この気持ちこそ兄が私に愛を与えてくれる気持ちなんだと理解しました」


晴れやかな笑顔でお兄さんへの愛を語る鈴奈。

その顔は本当に綺麗で目が離せない。


「私は先輩が好きです、だから先輩がどう思おうと愛を伝えます」

「鈴奈……」

「もちろん嫌なら言って下さい、愛を押し付けたい訳ではありませんから」


泣きそうな顔でそんなことを言われたら、

俺は……、俺は……。


「俺は鈴奈が好きだ」


鈴奈の腕の中から抜け出して真正面に立つ。

そうしないと格好がつかないから。


「え……?」

「一目見た時からタイプだったし話してみるとさらに好きになった」

「でも……」

「鈴奈に好かれていることを認めるのが怖かったんだ」


信じて付き合って裏切られるのが怖かった。

騙されていると思っていれば裏切られても悲しくない。

でもそれは自分の心を守ろうとしていただけだ。


「俺も鈴奈を見習って何がしたいかで行動する」


俺がしたいことはただ一つ。

手を差し出して頭を下げる。


「鈴奈、俺と付き合ってほしい」

「はい!」


差し出した手を両手で握られる。

頭を上げるとそこには花のような笑顔の鈴奈がいた。

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