6. 彰人から見た鈴奈
女に幻想を抱くのは身内に年の近い女がいない人間と相場が決まっている。
「姉貴は男をつまみ食いすぎなのよ」
「あんたこそ根こそぎ食いすぎなのよ」
また始まった。
各々自慢をしあっていたと思ったらすぐにこれだ。
「彰人はどう思う?」
姉は博愛主義者と呼ばれているらしい。
全ての男を等しく雄としか見ないことを博愛主義とはものはいいようだな。
「あ、ずるい、どうせ兄貴は姉貴と同じなのに」
妹は清楚系と呼ばれているらしい。
男から貢がせた額を自慢するような女が清楚系とは笑わせる。
「オレに聞くなよ」
相手する気にもならない。
二人とも男をブランド品のバイブ機能付きATMと思っていて、
どこを優先するかで揉めているだけだろうに。
女の本音なんて皆こんなものだ。
建前では「貴方が好き」と言っておいて、
その実は「貴方の持っている〇〇が好き」というだけ。
いわゆるGive & Take。体を差し出すから〇〇をよこせ。
無条件の愛なんてのは幻想にすぎない。
……ああ、例外がいるか。
和馬は妹に無条件の愛を注ぎ込んでいたな。
よく妹なんぞ相手する気になるなと思うが、
一方であそこまで愛情を注げるのは素直に賞賛する。
・・・
朝は彼女が迎えに来る。
名前は……たしか和香だったか?
「最近友達が鬱陶しくてね、いい男独占しすぎとか」
隣に並んでべらべらと友達の悪口を話している。
誰もお前の話を聞いていないというのが分からないのか。
「嫉妬がひどいにもほどがあるよね、それでも友達かしら」
調子に乗ってきたみたいだしそろそろ切り時か。
オレを優越感を得る道具に使うのは構わないが、
所有権を主張し始めたら危ない。
放っておくとすぐにこちらを束縛し始めるので、
早めの対処が肝心だ。
「なら終わりにしたほうがいいかな」
「ど、どうして!?」
「だってこれ以上君に迷惑かけられないよ」
「全然そんなことない!! すぐにでも縁を切るから」
「友達は大事にしなよ、じゃあね」
ショックで動けない女を尻目にさっさと立ち去る。
しばらくは何か言ってくるだろうがまあすぐ諦めるだろう。
もう少し判断が遅いとストーカーになることがあるからな。
さてまた彼女作らないと。
面倒だが彼女がいないと他の女が煩わしい時の弾除けにならない。
食堂に着いて辺りを見渡すといつもの所に和馬がいた。
そしてその隣には女の姿。
ここ数日ですっかり定番となった光景がある。
「先輩、先輩、先に居る吾輩と書いて先輩」
「それが何になるんだ?」
「先に居る吾輩、つまり先に居る私、ということは私と先輩は一心同体」
「「つまり」と「ということは」で無理やり間違った単語をつなげんな!?」
「そんな、つなげるなんてまだ早いですよ」
「何をだよ!?」
「ただあれはつなげると言うかエントリーするでしょうか?」
「どこの話だよ!?」
「あ、ダミープラグを入れると暴走しますからね」
「初号機かよ!?」
「その場合、先輩に襲い掛かってS2機関取り込みます」
「どこに取り込むんだよ!?」
「先輩、リアクション芸は難しいからやめた方がいいですよ」
「好きでやってんじゃねぇよ!?」
和馬の隣にいるのは時原鈴奈ちゃん。
オレが女の名前をフルネームで覚えるのは初めてかもしれない。
出会った日に和馬に告白して振られた女だ。
それでも懲りずにいろいろなネタを駆使しつつ和馬に交際を迫っている。
そういう女は大抵思い通りにならない苛立ちが、
行動や態度に出るものだがまったく変わらない。
搦手を使わずまっすぐにアタックしていて、
会話の内容も和馬を楽しませようとしているのが分かる。
女の会話を横で聞いていて楽しいと思ったのは初めてだ。
「夫婦漫才か?」
「違ぇよ!?」
「そうです」
助かったような顔をする和馬と少し不満げな顔をする鈴奈ちゃん。
和馬の行動には欠片も不満を見せないのに、
オレの行動には不満をありありと見せる。
これほど分かりやすい態度なのになぜ付き合おうとしないのか。
和馬は本気かどうかわからないとか言っていたが、
あれだけ何度も来ている時点で本気だとなぜわからないのだろうか。
もし騙す目的なら同じことを繰り返すわけがない。
手を変え品を変え迫ってくるはずだ。
「で、付き合うことになったのか?」
「なる訳ないだろ」
「先輩はツッコんでくれるんですが彼女とは認めてくれないんですよ」
「卑猥な意味に聞こえるだろ!?」
「毎日毎日私の穴にツッコんでるのに」
「お前がボケるからツッコんでるんだろ!?」
「ツッコまれると目が覚めるぐらい気持ちいいんですよね」
「ボケな!? ボケにツッコまれてって話な!?」
「他の女にツッコんでると思うと嫉妬します」
「してねぇ!?」
「え、そうなんですか!! じゃあ私だけにツッコんでるんですね!?」
「そう言う意味じゃねぇぇぇ」
これが夫婦漫才じゃなくて何なんだろうか。
和馬もあれだけ激しくツッコミをして嫌がっているように見えるが、
あいつは嫌いな相手だと何の反応もしない。
意外と気に入ってるように見える。
「俺はもう帰るからな!!」
「あ、ああ、行っちゃった……」
和馬は怒って去っていった。
やりすぎたな。
あいつは女に耐性がないから上手く言い返せない。
言葉に詰まると怒り出すから分かりやすい。
それにしても鈴奈ちゃんは献身的すぎて少し可哀そうだな。
和馬は興味ないみたいだし、
オレが少し可愛がってあげるか。
「和馬は君のことなんて見ていないよ」
「あなたに関係ないでしょう?」
こちらを振り向いた鈴奈ちゃんは少し不愉快な顔をしている。
明らかに和馬に向ける顔とは違う。
女からこのような顔を向けられるのは別れる時ぐらいなので、
ますます興味をそそられる。
「今から僕の方に振り向かせるよ」
「振り向く人はたくさんいるでしょうしそちらで満足されては?」
「君を振り向かせたいんだ」
「私、NTRって大嫌いなんですよね」
「相手にされていないのにNTRも何もあったものじゃないさ」
「手ごたえはあります」
ふうん、あんな態度を取られてまだなおそんなことが言えるのか。
普通は諦めてもよさそうなもんだがな。
「それにそもそもあなたの名前知らないですし」
「……彰人だよ」
何度か会話もしているのに、
自分の名前を忘れられていることに驚いたが、
動揺を顔に出さず改めて名乗る。
「そうですか、では彰人さん、あなた女に飽きてますよね」
「他の女は飽きたけど君には可能性を感じるんだ」
「オウム返ししかしない時点でやる気を感じません」
「真剣に答えているけどそうなってしまうんだよ」
「真剣じゃないですよね?」
「……なんだって?」
「女なら誰でも良いってのが伝わってきます」
「……ふーん」
「用件は終わりですか? なら帰りますね」
「まあ待てよ」
片手で鈴奈の体を抑えて、
もう片方の手でおさげのリボンをほどく。
「髪に触んな!!」
今まで一度も聞いたことのない怒声で少し驚いた。
今のは関西弁か?
「……失礼しました、セクハラはやめて頂けますか?」
「ストレートの方が可愛いよ」
「あなたに可愛いと言われても嬉しくありません」
やはり髪を下ろした方が似合っている。
なぜおさげなんて似合わない髪型にしているんだ。
「近くで見ると思ってた以上に良い体してるね」
「先輩のために日々努力していますからね」
この状況でまだ和馬のことを言うのか。
ならオレしか見えなくしてやろう。
「んっ!?」
無理やり唇を奪う。
ふっくらとして瑞々しい唇で何とも感触が良い。
素早く口の中への侵入を試みたが拒否された。
「ふう、いい唇してるな」
「……それはどうも」
表情と言動が一致しておらずオレへの嫌悪感が見て取れる。
今までキスをすればどんな女もトロけ顔になったものだが、
こんな女は初めてだ。
「和馬もどうしてこんな体を放っておくんだろうな」
「それについては同感ですね」
再度キスしようとすると体を押し戻された。
「これ以上はまず先輩の許可が必要です」
「なんであいつの許可なんだよ」
「私の体は先輩のもので次に私のものです」
何をしても先輩、先輩か。
あれだけ拒絶されているのにまだそんなこと言うのか。
・・・
次の日。
「せんぱーい、今日もかっこいいですね」
「やめろ、皮肉にしか聞こえん」
「どうしてですか、事実を言ってるだけですよ」
「お前みたいな美人が言うと嫌がらせだよ」
「美人……先輩が私のこと美人って……すぐ録音するのでもう一度言って下さい!!」
「言葉の綾だよ!?」
「綾でも鈴奈でもいいですからもう一度!!」
「誰だよ!?」
オレといた時とまるで違う態度で和馬と接している。
しかもオレのことは完全に無視と来た。
「興奮してきました、いろいろ準備が整ってきてます」
「変態か!?」
「今ならすぐ使えますよ」
「何をだよ!?」
「そんな、女の口から言わせないで下さい」
「言えないことをするなよ!?」
「つまり言えばやってくれる?」
「やるなって言ってんだよ!?」
……やはり和馬もまんざらではないように見えるな。
だがそれなら今の内だ。
「和馬、先生が補講やってくれるって言ってたぞ」
「お、ラッキー、さっそく行ってくる」
「せんぱいー」
「補講は大事なんだよ」
理由を作ってやると和馬は逃げるように去っていった。
「振られたな」
「まだまだです」
「嫌がってるってわからないのか?」
「先輩は嫌がってません」
そこは否定するのか。
てっきり嫌がってもやりますとでも言うのかと思ってた。
「思い込みで周りに迷惑かけるのか?」
「……本当に迷惑だと思われているならやめます」
「長い付き合いの俺から見て、あれは拒否されているぞ」
嘘だけどな。
実際はかなり脈がある反応だ。
「もうやめた方がいい、どうせあいつは君を愛してくれない」
「愛されないだけならどうでもいいです」
「はぁ? なら何のためにやってるんだよ」
「私が愛したいからです」
「……は?」
何を言ってるんだ、こいつ?
そんなことして何になる。
まだ体だけ欲しいという方が理解できる。
「私の想いが迷惑だというなら諦めます、でも愛されないだけなら構わない」
「それに何の得があるんだ」
「損か得かでしかモノを見れないんですか?」
男と女なんてそんなものだろう。
自分が得な間は捕まえて自分が損になったら捨てる。
姉も妹もそこらの女もみんなそうだった。
「愛に見返りを求めない、私は兄からそう教わりました」
「そんな綺麗事が……」
そんな綺麗事が存在すると思っているのか。
そう言おうとしたのに途中から言葉が出てこない。
まるで存在して欲しいと思っているかのように……。
「私は諦めません、振り向かせてみせます」
「君は和馬の何を愛しているんだ?」
「全部です」
「は?」
「先輩の全てを愛しています」
「正気か?」
「ゲーテ曰く、愛する人の欠点を愛することのできない者は、真に愛しているとは言えない」
一点の曇りもない綺麗な目だった。
そこらの女の欲望にまみれた目とはまったく違う。
……これは建前じゃないな。
まさか本当にそんなことを言う女がいるとは思わなかった。
そして初めて和馬をうらやましいと思った。
だがその和馬はこの想いをないがしろにしている。
どうしてそんな奴がいいんだ。
「どうしてオレじゃ駄目なんだ?」
気づけば口から言葉を発していた。
こんな泣き言みたいな言葉をオレが言うとは信じられなかった。
「先輩はようやく見つけた、好きな人なんです」
少し寂しそうな笑顔で答えた。
好きな人を語るのにどうして寂しそうな笑顔なのか。
その笑顔を見ていると和馬に怒りが湧いてきた。
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