第2話 記憶の中のハーレム
翌朝、沙也加はいつもより早く目を覚ました。机の上に広げたままの本が目に入り、昨夜の読書の余韻が蘇る。「失われたハーレムの記憶」。その中で語られていた、女性たちが過ごしていた空間の描写は、どこか現代の私たちが抱くハーレム像とはかけ離れていた。
本にはこう書かれていた。
「ハーレムは閉ざされた場所であると同時に、女性たちが学び、自己を磨くための場所だった。詩、音楽、礼儀作法、政治的な知識まで教えられ、その中から社会に大きな影響を与える女性たちも現れた」
「ハーレムが……学びの場?」
沙也加は首をかしげた。彼女の中でのハーレムのイメージは、娯楽や欲望の象徴でしかなかった。それが、教育や文化の場だったという記述は驚きだった。
大学の授業が終わった後、沙也加は再び調べ物を始めた。図書館で関連する文献を探し、いくつかの古い書籍を取り出した。その中には、オスマン帝国の宮廷におけるハーレムの具体的な記録も含まれていた。
ページをめくりながら、沙也加は次第にその世界に引き込まれていった。
「ハーレムにおける女性たちは、孤立していたのではなく、共同体を形成し、時に宮廷の政策にも影響を及ぼした。その中心に立つのはヴァリデ・スルタン(スルタンの母)であり、彼女たちは時に宮廷の裏で強大な権力を振るった」
「これって、ただの閉じ込められた空間なんかじゃない……」
沙也加の心の中で、ハーレムのイメージが徐々に変わりつつあった。
その日の夕方、沙也加は大学のカフェで友人のラミーと待ち合わせをしていた。ラミーは中東出身の留学生で、以前からイスラム文化について話を聞くことが多かった。
「ラミー、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……ハーレムってどう思う?」
質問を聞いてラミーは少し困った顔をした。
「うーん、ハーレムか。正直、僕たちの文化の中ではそんなに話題になることはないよ。昔のことだし、それに海外では誤解されてることが多いからね」
ラミーの口調には少し慎重さが滲んでいた。
「誤解って?」沙也加は身を乗り出した。
「例えば、ハーレムがただの男性のための場所みたいに言われること。でも、実際は女性が学び、育ち、時には宮廷政治に影響を与える重要な場でもあったんだよ。もちろん、全てが理想的だったわけじゃないけどね」
ラミーの言葉は、沙也加が本で読んだ内容を補完するようだった。
「ねえ、もし現代にそういう場所があったらどうなると思う?」
沙也加の問いに、ラミーは少し考え込んだ。
「現代に置き換えると……それは単に『女性専用の場所』って意味だけじゃなくて、多様性を受け入れる学びの場になるのかもしれないね。僕たちの社会も、まだそういう空間が必要だと思う」
ラミーの言葉が胸に響いた。「多様性」「学び」「自由」。これらの言葉が沙也加の中で絡まり、新しいアイデアの芽を生み出し始めていた。
その夜、沙也加はノートにこう書き記した。
「ハーレムとは、閉じ込める場所ではなく、新しい可能性を生む空間だったのかもしれない。もしそれを現代に再現できたら、人々の偏見を変えられるだろうか?」
ハーレムの真実を追う旅が、少しずつ動き出していた。
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