第3話

「涼介! 聞いて!」

 なんだなんだ?

「ついに獲ったのよ!」

 なになに?

「今年のグッドデザイン賞!」

 なに!

 グッドデザイン賞といえば業界では知らぬ者のいない権威ある賞だ。赤丸に白抜きでアルファベットの「G」を斜めにしたマークと言えば、一般の人も目にした事があるだろう。

「何のデザインで獲った⁉ ホームページか? 本の装丁か?」

「これよ!」

 葉月はMacのファイルを開いておれに見せた。

 それはある区役所から依頼されたピクトグラムだった。

 老人・目の不自由な人・松葉杖をつく人・車椅子の人等々……。ごくありふれた日常の人々をデフォルメして単純化した図案だ。

「おおおおお! ついにやったな!」

「もうこれで食いっぱぐれないわ!」

 しかしおれは素直に喜べなかった。

 葉月は無茶苦茶な日常サイクルで、家にいる時は大体Macに向かって何かしら描いている。

 その葉月がこんな日常の人々を、よく観察して、よくその特徴をついて、よく図案に落とし込めたものだ。

 おれから見ると葉月の日常は業界の人間とばかり顔を突き合わせているものだと思っていた。

 が、葉月は世の中にどんな人々がいるのかをちゃんと見定めていたのだ。

 特におれの気を惹いたのは……妊婦・家族連れ・赤ん坊を抱いた母親の画だった。

 葉月はおれには子供には興味がない振りをしていたが、やはり子供や赤ん坊をしっかり見ていたのだ。その画からは、気のせいか母性の慈愛を感じた。

 葉月は職業上の観察眼もあったろうが、羨望や嫉妬が入り交じって描いたのではないかと、おれを困惑させた。

 これだけ単純化された図案でも、葉月が何を見て、どう感じて、それをどう描いていったのか、その筆遣い(まあ、Macのマウスだが)までもが見えるかのようだった。

「色々大変だったのよ。審査が通る度に審査料、払わなきゃいけなかったし」

「え? 金とんの?」

「そうよ。応募して一次審査、二次審査を通って、その度にお金、かかってるんだから」

 そういうものだとは知らなかった。

「とにかく、おめでとう!」

「やったあ!」

 おれは口先では喜んで見せた。が、やはり母子を描いた画が気にかかり、全くの全身では喜べなかった。

 そうは思ってもそれを態度や口には決してしなかった。

 葉月は葉月なりに世間にどういう人がいて、何をして、どう動いているのかを既に観察し終えていたのだ。

 となると、おれの性行もお見通しで、おれが心から喜びを分かち合っているとは思っていないのではなかろうか?

 いや、それはないだろう。おれもbetter halfの喜びを一緒に分かちあいたい。それはおれの本心だ。

「さっそく売り込みにかけるわよ」

 葉月も商用グラフィックデザイナーだ。自分の作品が「売れる」と判断すれば、営業をかける。フリーランスとしては極当たり前だ。

 葉月はあちこちのSNSに投稿を繰り返し、その作品と自分を宣伝して廻った。

「受賞記念のパーティーをしてくれるって」

 それは葉月の同業者から話が持ち込まれた。当然、葉月は快諾した。

 話はトントン拍子に進み、今週末の土曜日に秋葉原の居酒屋で葉月のグッドデザイン賞受賞記念パーティーが決まった。

「涼介も来てね」

「ああ。勿論だよ」

「紹介したい人がいるの」

「誰?」

「私のパートナー」

 パートナー? それは夫であるおれじゃないのか? いや待てよ。仕事上のパートナーか。してみると、今回受賞したデザインはそのパートナーとの共作だったのか?

「フリーランスと言えども同業者との顔の繋がりはあるんだね」

「そりゃそうよ。むしろフリーランスは横の繋がりが大事なのよ」

「その辺はサラリーマンと同じなんだね」

「じゃあ決まりね」

 葉月は無邪気そうにそう言った。その笑顔は作った無邪気さなのか、本心からのものなのか、判断がつかなかった。

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