第二章 ぱらみと
金髪の短いスパイキー・ヘア、接ぎをして袖を長くしたTシャツ、安全ピンのピアス、南京錠附の鎖ネックレス、きぶんは1977年、ジョニー・ロットンJohnny Rottenだ。
彼は中学時代からパンクな不良だったが、県指定文化財の古刹、貞観正國寺の倅(せがれ)で、普蕭やイタルと同じ高校の同学年だった。
最初は当時中学3年生だった彝之非无呂(いのヒムロ)が作ったバンド、The Carrion Soldiers(死肉の戦士たち。CS)のベーシストになった。(ちなみに、非无呂もイタル同様に彝之(いの)一族の人間で、幸い存命しているが、現在は活動も消息も不明である)
当時中二だった叭羅蜜斗はパンキッシュな発言やスタイルで話題になっただけで、ほとんど音楽的な功績を残さないまま、わずか2か月で脱退、その後、高一になるまでバンドを転々とし、鴉の死骸(Corpse of a crow CC)に入って、バンドを演る高校生たちの間で再び話題に上るようになった。
CCがアマチュア・パンク・バンドとして県内で名が知られていたからだ。
しかし。
「地元での最後の戦い(ラスト・スタンド)だって」
イデーンIdeenの春慶にそう言われた。
叭羅蜜斗は何も知らされていなかった。その日の夜、彼は薙(なぎ)久(く)簑(さ)町の地下階にあるライブハウス、ブラウン・シュガーBrown Sugar(BS)に行った。
CCの最年少のベーシストは一人の客としてラスト・スタンドを見る。
彼の中で怒りが滾った。
叭羅蜜斗にはアーティストとしてのセンスが根底からなかった。アンサンブルも整わず、フレージングに個性もなく、恐らくはかつて聴いたロック・サウンドの中の、気に入ったフレーズ、もしくは気に入った音触に傾倒してそこから抜けられず、どの曲で弾いても同じ印象を与えることしかできなかった。
「東京進出に、叭羅蜜斗だけ置いて行かれるらしい。
もう後任のベーシスとは決まってるんじゃないか」
ライブ終了後、誰かがどこかでそう言っている気がした。叭羅蜜斗は楽屋に飛び込んだ。
「おまえはまだ二年も学校があんだろ。おれらは卒業だけどなー」
「そーだぜ、同(どう)源(げん)、おまえ、高校ぐらい卒業しろよ」
叭羅蜜斗は眼を剥く。
「うぜえや。ガッコなんざ、辞めてやんよ」
「高校ぐらい卒業しろや」
「ざけんなよ、オレぁ、パンク・ロッカーだぜ。辛気臭え意見言ってんじゃねー」
「あせるなよ、叭羅蜜斗。
卒業してからおれたちを追って東京に来りゃいい」
「ベースなくてどうすんだよ」
「代わりを探すさ」
そんなはずがない。
東京に進出するってのに、ベースが決まっていないなんて。きっと既に・・・・叭羅蜜斗はそう思った。
バンド名の由来はVery Very well-done(非常によくなされた、とても入念に焼かれた)で、略してvvwだが、これをヴィ・ヴィ・ダヴリュとは読まずに、クヮドルプル・ヴィと呼ぶのは、wを二つのv(だからwはDoubleと称される)と見なし、vが4つあって、すなわち4倍、4重のv、Quadruple V(クヮドルプル・ヴィ)であるとするところによる。
またwell-doneという言葉が肉を十分に焼くことであることから、叭羅蜜斗は『ジューシーさのないハードな、地獄の業火に焼かれたように乾涸びた』というニュアンスを勝手に附け加えてこれをバンドの名前にしたいと申し出たのであった。
叭羅蜜斗を誘ったのは普蕭だ。
ある夕、風神雷神というユニットとサージェント・ジョSergeant Joというバンドの演奏がBSであり、普蕭がそのパフォーマンスを見ていたからである。
この日、叭羅蜜斗が風神雷神のベーシストとしてステージにいた。当時の彼は半年以上、バンドを転々としていて、既に自暴自棄の塊だった。イタルと組み合わせてみたい、普蕭にそう思わせた。
幸い風神雷神でその日、ギターを弾いていた彝之〆裂(いれつ)は特定のバンドに属さない、自称「さすらいのギタリスト(笑)」で、普蕭らとセッションしたこともあり、また同じく眞(ま)神(がみ)村の出身で小中も同じ、昔からの友人で、イタルの親戚でもあり、普蕭は〆裂に仲介を頼んだ。
普蕭にとって叭羅蜜斗は畝邨(ほむら)村の出身者で接点も少なく、同じ眞神高校だが、言葉を交わしたことさえない存在だったからだ。
叭羅蜜斗が怪訝な顔で、楽屋から出てきた。
「何でオレなんだ?」
普蕭は笑って応えた。
「それだからさ」
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