第14話 共有
「はっ!」
唐突に目を覚ます満。
辺りはまだ真っ暗で、慌てて時計を確認する。時刻はまだ日の出前のようだった。
すっかり目が冴えてしまったので、今回もこっそりと手洗い洗顔を済ませて部屋に戻ってくる。
それにしても、なかなかに鮮明な夢を見たものだ。ネット上に吸血鬼が封じられていて、自分のもらったアバターを通じて自分の中に入ってきているなんて、普通は信じられたものではない。
だが、さっきの洗顔の時には気が付かなった満だが、ふとパソコンの画面を見て驚いた。
「えっ、これ、僕の目が……」
満は目をこすったりしながら何度も確認する。
「僕の目の色が緑がかっている……」
黒髪黒目の一般的な日本人の顔の満だが、今見た自分の瞳の色は、間違いなく緑色に染まっていた。
この色は、夢の中であった『ルナ・フォルモント』の目の色そのものだった。もっと言えば、自分の使っているアバター『光月ルナ』とも同じである。
「ほ、本当に、僕の中に入ってきてるんだ……」
瞳の色が変わってしまったことに、現実を見なければいけないようだった。
ショックは隠しきれないものの、満はいっその事吹っ切れた。
なぜなら、このまま中途半端な状態で置いておくということは、昨日のように急に変身して他人を襲うかもしれないのだから。
それに、ここでアバター配信者をやめてしまうのは、せっかく機材やアバターを用意してくれた世貴や羽美にも悪い。満は律儀なのである。
「うん、続けよう。僕が僕でなくなる可能性があるのは怖いけれど、これが一番平和だと思うから」
満はパソコンに向かって作業を始める。
夢の中で吸血鬼ルナが語っていた『真祖』という話が、いいヒントになったようだ。もし吸血鬼ルナが出てきた時には、同名ながらも共同配信というのをしてもいいかもしれないと、よく分からない願望まで出てきた満である。
ひとまず、自分の使うアバターである『光月ルナ』の設定を盛り込んでいく。それを元にして、学校までの時間を利用して少し動画を作っておく満。
「満ー、そろそろご飯よ。起きてる?」
「あっ、はーい!」
母親に呼ばれて我に返る満。動画はまだまだ途中ではあるものの、ここまでの作業を保存して朝食を食べに部屋を出ていった。
登校した満だったが、風斗と会った瞬間に急に気まずくなってしまった。なにせ昨日の今日なので、顔が合わせにくいのだ。
「よう、満。おはよう」
「あ、うん、おはよう……」
だが、風斗はいつもと変わらない様子で挨拶をしてきた。それに対して、満はどうも気まずい雰囲気なのだが、どうにも風斗からは逃れられないようだった。
「満、昨日のことだけどさ……」
早速風斗から話題が振られる。これには満は思い切り身構えてしまう。
「昨日のあの姿は、結局なんだったんだ。背中に、その、柔らかい感触があったからさ……」
「あー、やっぱりそうかよ!」
ざわっと、満の大声に反応してクラス中が視線を向ける。満は慌てて口を押さえながら、なんでもないといったように手を振っている。
その作ったような笑いに、クラスメイトたちは次々と視線を逸らしていく。
「悪いな、風斗。この事はちょっとここじゃ言えないんだ。昼休み、屋上への階段でどうだろうか」
「分かった」
満の提案に、風斗は短く答えていた。
昼休み、満と風斗は屋上へと続く階段を登っていく。最上段まで登ると、二人揃って腰を下ろしている。
風斗は腕を組んで黙っているし、満も言いづらそうにして下を向いている。黙り込んだまましばらく時間が過ぎていく。
「あのさ、風斗……」
「なんだ、満」
正直なところ、吸血鬼ルナに黙ってどこまで話していいか悩んだものだ。しかし、風斗にはやっぱり隠しごとはできないと、沈黙に耐え切れなくなったこともあり、満はいよいよ覚悟を決めて話し始める。
すべてを聞いた風斗は、信じられないといった表情で満を見ている。
それもそうだろう。電脳世界に封じられた吸血鬼がいて、それがアバターを通じて入り込んできたなど、一体誰が信じられるというのか。話を聞いていた風斗はふざけているのかといった表情をしている。
しかし、その表情にも満は必死に訴えた。
「僕のこの目を見てよ。黒かった瞳が緑色に変わっているんだ、誰も気が付かなかったけど。僕が変わっていっているのは間違いないんだよ」
満が主張すると、風斗ががしっと満の顔をつかんでじっと目を見る。
「た、確かに色が変わってる……」
「え、そんなに近付かないと分からないの?」
「ああ。普段見ている距離じゃ、まったく変化はない。だから、お前がおかしなことを言い出したと思ったんだよ」
風斗の言い分を聞いて、ようやくここまでの態度に納得がいく満。
「しかし、お前はこれからどうするんだ」
風斗からの質問に、満は目を丸くして瞬きをする。
「このままだと、その吸血鬼とやらに体を乗っ取られかねないんだ。そんなリスクを冒してまで配信者を続けるのか?」
「うん、やるよ。夢の中で話したかぎり悪い人じゃないし、嘘を言っているようにも思えなかった。それに、ここでやめたら僕に投資してくれた風斗のいとこたちに悪いからね」
風斗が確かめるように問い掛けると、満はしっかりとはっきりと答えていた。
その満の姿に本気を感じた風斗は、頭をかきながらため息をついた。
「だったら、俺もしっかり応援してやるか。困ったらいつでも相談してくれよな」
「もちろんだよ、風斗。頼りにしてるよ」
話がまとまった二人は、こつんと拳をぶつけ合ったのだった。
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