第32話

「草津さん。貴方が、いまここで、自ら命を落とされても、部外者である自分は痛くも痒くもありません。それどころか、どうぞ! 勝手に死ぬなら死んでくださって構いません」

 ※持ってきた黒百合は、テーブルの上に置いてる。

「えっ?」

 睡眠薬を飲んで自殺しようとしていた男の言葉に、思わず男性の顔を見る。

「どうかされましたか? 自分の顔になにか?」

「いいえ。あぁの?」

「はい」

「あの? 泉石とは、その……友達なんですか?」

「いえ。自分は、ただ頼まれただけです。バカな同期が、山奥で、それも服毒自殺しているので止めて欲しいと。しかも、自殺の理由が、自分の恋人が上司と逢瀬を重ねていたたったそれだけ。確かに、彼の言う通り、そんな理由で、被害者である草津さん。いやぁ? 草津くん。きみが自殺するのは馬鹿げてる。きみも本当は、自殺とか馬鹿げていると思ってるだろう?」

「……」

 泉石は、この人に一体なにを吹き込んだ。

 そして、この野口と言う人は一体何者なんだ。

 明らかに、草津が今まであった人は、まるで雰囲気が違う。

「なんて? 草津くん。君にとっては、自殺するぐらいの問題なんだよねぇ? だけどねぇ? これだけは言わせて。君が今、ここで、自ら死を選んだら悲しむ人間が必ずいるよ? 僕の友人がねぇ? 昔? 自殺ではないんだけど、それに近い形で2人同時に亡くなった」 

「えっ?」

 野口からのまさかの告白に、草津は手に持っていた睡眠薬が入った瓶を床に落ち、中身の錠剤が床にこぼれる。

※もしもの時の予備の睡眠薬。

「大丈夫? 怪我がない」

 大きな音に気がついた野口が、草津に声を掛けてくる。

「あぁはい! 大丈夫です」

「よかった。ここ、箒あるかな?」

 野口は、割れてしまった瓶の欠片と錠剤を掃除する為に箒を捜し始める。

「あの?」

「ん?」

 箒を捜していた野口は、草津の呼びかけに、後ろを振り返る。

「箒なら……野口さん? どうして、初対面の自分にここまでしてくれるんですか?」

 知り合いの泉石なら、ともかく、自分は今日が初対面だ。

 それに、自分は、さっきまで自殺しようとしていた。

 まぁ? 結局、未遂で終わったけど。 

「似ているんだよ? 昔……いやぁ? 2年前に亡くなった僕の友人に」

「えっ?」

 それって、この人がさっき言っていた自殺じゃないけど、それに近い形で亡くなったその2人も自分みたいに誰か、大切な人から裏切られってこと?

 だとしたら……この人は……

「草津くんは、どうして、探偵になろうと思ったの?」

「えっ?」

「あぁ! ごめんねぇ? 草津くんって、凄く頭よさそうに見えるから」

「……」

 確かに、探偵になる前は、教師を目指していた。

 けど、大学3年の時、教育実習で、母校の中学校に行った時、恩師で、自分が教師を目指すきっかけにもなった担任から……

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