第20話

探偵事務所「黒薔薇」 

「お疲れ様です」

 渚が、事務所に現れると自分のデスクで、電話を掛けていた茉莉川杏奈がま渚に気づき駆け寄ってきた。

「泉石先輩! すみません! 折角お休みなのに」

 渚は、今日、久しぶりの休みだ。

 その為、仕事関係者から、仕事の電話が来ない様設定していた。

 なのだか、草津からの例のメール(自殺)が送られてきた直後、その恋人である茉莉川杏奈から、電話が掛ってきた。

「気にしないで。それより、草津と連絡がつかないってどうい事? あいつ、今日、出勤していないの?」

※草津千里が、いまから自殺しようとしていることは知っている。但し、杏奈に言打ち明けるつもりはない。

「それが……」

 なにかいたそうな杏奈。けど、途中で言葉に詰まる。

「ん? どうかしたの?」

「実は、今日、13時から、草津先輩と二人で、依頼人と会う約束になってたんです。応接室で」

「えっ? 13時!」

 渚は、事務所の壁に掛けてある鳩時計(所長の趣味)を見る。

 現在の時刻は、14時。

 杏奈が、口にした時刻から1時間も過ぎている。

「けど、約束の13時になっても、草津先輩が事務所に戻ってこないです。それどころか、突然草津先輩と連絡がつかなくなったんです」

「突然? それって、何時くらいまで?」

 草津が自分にメールを送ってきたのは、13時20分ごろ。

 そして、今は、14時10分。

 あいつが俺に、例のメッセージを送ってきた1時間。

 今の所、まだ草津千里は死んではいないようだ。

「えっと……せん……いやぁ? 草津先輩と最後の連絡をしたのは、11時3分だったかな? 外出中だった先輩から、今日の依頼人との約束の時間を訊かれました」

 そして、その電話を最後に、千里さんと連絡が途絶えた。

 あの時、私が、千里さんの様子に気がついていれば。

 杏奈は、渚に気づかれない様に呟く。

「茉莉川さん!」

「あぁぁはい!」

「茉莉川さんに1つ、確認したいことがあるんだけど?」

「はい」

「勘違いだったらゴメンねぇ? 茉莉川さんって? もしかして、草津と付き合ってる?」

「えっ?」

 手に持っていた携帯を床に落とす。

「ぁぁ!」

「茉莉川さん?」

 杏奈が落としてスマホを拾い、彼女に手渡す。

「大丈夫?」

「ありがとうございます」

 受け取ったが、表情は固まったまま。

「先輩? どうしてわかったんですか? 私達がつき合ってるって」

「さぁ? ねぇ? けど、あいつも隅に置けないねぇ? 自分だけこんなかわいい彼女作って?」

 にやにやしながら、ここにいない草津の事をからかう。

「泉石先輩は、彼女いないですか?」

「俺? いないよ!」

 渚は、首を左右に振る。

「えっ? いないですか? 先輩、カッコイイのに」

 杏奈は、渚の腕を思わず掴む。

(へぇ、そうやって、二人の男と肉体関係持ってたんだ! 流石、悪女!)

「……泉石先輩?」

 心配そうに杏奈が渚の名前を呼ぶ。

「ごめんごめん。けど、俺はいいけど、草津が嫉妬しちゃうよ?」

「!? ごごごめんなさい」

 渚の言葉に、杏奈は慌てて掴んだ腕を離す。

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