セピア色の緋色

浅葱優

セピア色のスターターピストル

時刻は夕暮れ。校内には最終下校を知らす放送が流れていた。

ボールの音も、応援する声も、管楽器の音も全てが徐々に小くなっていく

 教室に入ると夕焼けに照らされた机が眩しく輝いて

 まるでドラマのワンシーンの様にすら思えた


 ――ただ一つ。

 ――たった一つ

 ――全裸の女子高生が体育座りしている事を除けば

 

 全裸だ。あられもない。見事なほど。

 折れてしまいそうな程細い手足、陶器のような白い肌

 それらを際立たせる漆黒の髪には白い埃が一つ乗っていた

 

「君に問いたいんだが」

「ボクは裸を見られた訳だ」

 少女が口を開いた。気怠そうな声だが

 どこか落ち着いており芯のある声だった。


「つまり君には責任がある……それに対して異論はあるかい?」

 

「異論どころか納得すらできないんだが」

「ここは高校の教室だろ?なんで全裸になってるんだよ!?」

 今になってようやく状況を把握してきた

 俺はただ忘れ物を取りに帰ってきただけなのに

 なぜか全裸の少女が体育座りをしていた。

 控えめに言って意味が分からない。


「とりあえず俺のブレザーでも着ろ!」

 俺は自らのブレザーを少女に投げて背を向ける

 「着替えなら持ってるから必要ないけど…………」

スルスルと衣擦れの音がやけに脳内に響く

 誰も居ない放課後の教室で裸の少女と二人きり

 少し前に感じた俺のセピア色の心情がピンク色に犯されていく


「別にそこまで距離を取らなくていいじゃないか」

「ボクだって裸を見られたからといって金銭を要求するなんて事はしない」

「むしろ君もこの事を黙ってるだけで美少女の裸を見られて幸運と思いたまえ」


「うるさいわ!俺の青春の1ページを週刊誌の袋綴じにしやがって」

「明日2年の学年主任にチクってやるからな」


 

「――――ボクのことを知ってるのかい?」

さっきまでの軽口とは違って真剣な声色で

 少女は俺に問いかけた。

「知らないけど」

「じゃあ何故ボクが2年生だと知ってる?」

「君とボクは初対面で、学年を表すネクタイの色も身につけてない」

「なのに何故君はボクの事を2年生だと知ってる?」


 

――――やってしまった

 ――――最悪だ。またバレた。

 ――――あの時と同じ過ちをした


 歪んだ顔を悟られないよう、慎重に言葉を選ぶ

「――――俺は1年生だけど同学年の顔は全員覚えてる」

「それにお前の髪に埃がついてる」

「最終下校のチャイムが鳴ったのは少し前だ。

 だから部活帰りで真っ先に来たとしても」

「全裸になって埃がつくほどの時間が経つはずがない」

「つまりお前は最終下校の数十分前までどこかの教室にいた」

「教師に見つかっても何も言われず、自分の好きな時間で帰れる場所」

 

「――――聞いた事がある」

「2年生の中で一人だけ保健室で自習しながら全国模試で10位以内に入った天才がいるって」


「確か、名前は楠木美鈴」


「大世界。100点だ。花丸をあげてもいい。」

「じゃあボクの本当の目的にも心当たりが?」

「当たり前だ。」

「全国模試で10位以内に入る女子が全裸で教室に居る理由……」


 

俺は振り返って少女を見る

「楠木美鈴。お前がここに居る理由は――――」

「部活帰りの彼氏とイチャイチャするのが目的だろ!?」

夕暮れの教室を静寂が支配する。やけに空気が重たい。

 

「全く笑えない冗談だ。寒気がする」

 驚く程冷たい声で少女は俺に向かってくる

「笑えないのに、笑ってはいけないのに、あまりにも滑稽で」

 その声は徐々に熱を帯びていく

「つまるところ、最高だね。君」

 唇が触れてしまいそうなほど近い距離で少女は俺に囁く


「そこー誰かいるのー?」

 遠くから教師の声が聞こえた

 逃げようとする俺の腕を少女が掴む

「そっちの扉から出ると多分見つかる」

「こっちから出るよ」


 2人で教室を飛び出し

 階段を駆け降りる

「君!名前は?」

 運動はあまり得意ではないのか

 息を切らせながら少女は問いかける

「家達 蓮」

「聞こえなかった!もう一回!」

「いえだちれん!」

「いえだちって呼ぶの語感悪いからさ!」

「だからさ!ホームズって呼ぶね!」

「家達だから!」

「センス0だろ!」


 2人で廊下を駆ける

 

 この学校に入って女子と手を繋いだ事もなく

 

 廊下を走って教師に叱られたこともない

 

 そんな俺に周回遅れで

 セピア色のスターターピストルが響いた

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