「明日の文化祭も絶対に女装して来てね。じゃないとみんなにバラすよ?」
真夜ルル
第1話
文化祭に僕はワンピースを着てウィッグを被って行った。
僕に“そういう”趣味があることは学校の誰にも言っていないし、自慢じゃないけれどクオリティも高いから正体に気づく人なんていなかった。そもそもこっそり家の中で着替えて写真を撮るだけの自己満な趣味で落ち着いていたから知られる可能性もないけど。
それでも回数を重ねるごとに自己満じゃ満足できなくなっていき、次第に周りからの反応も気になってきた。だからと言って学校に女装をしていくとなるとかなりの覚悟が必要だし、クラスで地味な僕なんかが突然そんなことをしてきたら絶対に好奇な目で見られるだろうから出来そうにない。
そんな時に文化祭がやってきた。一年生だったから初めての文化祭。僕のクラスではお好み焼きを販売するらしかったけれど、大抵の面白そうな仕事はクラスの有力者たちが決めちゃって、せいぜい残された仕事は宣伝役程度だった。宣伝役とは言っても特に決めごともないからほぼ自由に動ける。だったら家で残してたゲームしたりとか読みかけのラノベ読んだり可愛い服とか買いに行ったりしたかったけど、なんだかんだ前日になればそれなりにわくわくしていた。
だからなのかは分からないけど、いい案が浮かんだ。どうせ宣伝するだけならサボっちゃって女装した状態で遊びに行ってもいいんじゃないかって。漫画家とか小説家はお風呂上りや就寝前のふとした時にネタが思い浮かぶらしい。多分それと同じような感じで思いついたと思う。女装した姿なら会話さえしなければ誰にもバレないだろうし、反応も伺える。
ただ一応文化祭と言えど点呼は取るわけだから女装したまま文化祭を楽しむためには着替えたまま向かわなくちゃいけない。だからその日は休みの連絡を入れて形としては僕は休んだことにしておく必要がある。別に授業をするわけでもないから一日くらいサボってもいいはず。と言うわけで“ボク”は着替えて文化祭に向かった。
「やっぱ緊張する……」
多分、一番緊張したのは学校に行くまでの道だったと思う。
一応サングラスに帽子、あとマスクをつけて家を出た。ドアを瞬間に知り合いに鉢合わせする可能性だってあったし廊下で家族に見られる危険もあった。ワンピースの上からズボンを履くことも視野に入れていたけどしわが付くと嫌だったから仕方がなかった。
でも運が良くて誰にもバレずに外に出ることが出来た。もしも今度やる機会があるなら、どこかに専用の更衣室を作って置くべきかもしれない。流石にこのやり方は危険が過ぎる。
ボクが学校に着いた頃には既に賑わっていた。うちの高校ではここの生徒だけじゃなくて部活関係の他校の生徒も来たり近所の人も来たりするので当然と言えば当然。——だからこそこの姿のボクがいても何ら変じゃない。
ただ気づかれるんじゃないか、なんて心配にならないわけがない。校門まで来たのに、この期に及んでやっぱり帰ろうかとも本気で思った。周りから向けられる視線が全部いちいち気になってまるで擬態している最中に天敵に出会っているかのような感覚だった。
ああ、やっぱり家でゲームしてればよかった、そう思った時だった。
「あの子、知ってる?」
二人組の女子のうち一人がこちらの方を指さしていた。ボクのことを気にしているみたい。もしかしてバレた?
どうしようか。いや、考えるまでもない。逃げるべき。逃げの一択しかない。何かを思い出したかのような振りをして平然を装いながらも速足で逃げるように走り去る。今はまだ疑惑だけど確信に変わればきっとボクの学園生活が脅かされるに決まっている。
「え、めっちゃタイプなんだけど!」
「あんたってああいう子好きそうだもんね、話しかけてみれば?」
「うん、でも、怖がられないかな?」
「下心を隠せればね」
「……」
急にボクの足が止まった。想定外の事態にボクの身体は時間が停止したみたいに動かない。あの女子たちはボクの正体に疑問を持ったんじゃなくて“この見た目”に引きつられていた? てか、タイプって言った⁈ ボクが! さっきまで天敵のような感じがした彼女たちの目がチワワのように思える。女子たちが駆け寄ってくる姿を眺めながらボクは立ち尽くす。
——いや、駄目!
たとえ見た目は女の子になっているとはいえまじまじと見られればバレるに決まっている。やっぱり逃げるべきなんだよ。そうボクの頭は判断した……のだけれどどうも不思議なことに体は硬直したまま微動だにしなかった。女子たちの目が普段の僕を見るような無色じゃなくて明らかに興味を持った鮮やかな色をしている。
「あ、あの今、暇ですか?」
「ナンパか」
話しかけられてしまった。
彼女たちはボクの目の前に立っている。指を指していた方の女子はなんだかもじもじと照れたような反応をしていて、そのとなりの女子はその様子を見て呆れているみたいな顔をしていた。グッと近づかれたときにふわりとなんだかいい匂いが鼻を掠める。一体いつ振りだろう、女子に話しかけられるのは。やっぱり可愛いな。
あ、そのヘアゴムは……
ふとボクは指をさしてきた女子に見覚えがあることに気づく。彼女の腕に巻かれたそのヘアゴム。
確かそれは同じクラスメイトの……西渡、西渡翼が付けていたやつじゃなかったけ? てことは、この人。西渡翼なんじゃ……?
西渡翼はうちの高校でもたびたび話題なっている美少女。黒くしなやかな長い髪を猫のヘアゴムで結び、雪のように白い肌を持った陸上部のリーダー。確かついこないだも何かの大会で準優勝をしたとか言われていたっけ。運動をしている時はクールで普段はゆるふわなギャップがあってファンもいるってよく聞く。でも今、ボクの目の前にいるのはショートヘアのかっこいい系な髪型をしている。
普段から周りを注意深く見てないから覚えていないのがここで露見した。でもその切れ長の目は多分、西渡翼な気がする。つまり、あの西渡翼から可愛いと思われているってことになる。あの美少女の西渡翼から可愛いって思われるほどにちゃんと出来ているなんて、それだけでも今日来てよかった。
「ちょっと忙しい…かも?」
声を絞って聞こえるか聞こえないかのギリギリを狙って口を開いた。ここまですれば大丈夫なはず。いつになく僕は気分が高ぶって調子に乗ってしまっていた。もはやアイドル気分。とりあえず女子たちの様子を伺う。
「そうなんですか、えっと、えっと」
「動揺しすぎ」
呆れていた女子につっこまれる西渡翼。友達とはこんなふうに話しているんだ。新発見。こんな身近で会話しているところなんて初めてだな。できればもう少し聞いていたいけど、多分、このまま受けてに回っていると面倒なことになりそう。やっぱり逃げよう。ボクの心は西渡翼という話題の美少女に褒められたことだけでこれ以上ないくらいに満たされていた。
「ごめんね、もう行かなくちゃ」
とりあえずボクはその場から走って離れることにした。後ろから「あっ」とまだ物足りないと言わんばかりの声が聞こえたが無視して人混みを突っ走った。
墓穴を掘るよりも先に逃げるが勝ち。トイレに逃げ込んでまずは落ち着こう。
ボクは男子トイレに逃げ込み、ドアに施錠して籠った。
まずは心臓を落ちつける。ここまでは順調過ぎるがゆえに帰りはそれ以上に警戒しないと。なにせ一番大事なのは家の中に入ることなんだから。最後の最後にやらかしたら今日の出来事が黒歴史ルートに直行してしまう。
せっかく楽しんだんだからそれだけは絶対に嫌だ。
ふとさっきの西渡翼のキラキラした瞳を思い出す。あんな風に見られたら辞められない。明日の文化祭二日目もこの姿で行けばまた話しかけてもらえるかな。でも話しかけられたらそれで困るんだけどな。でもなぁ。いやーどうしよ。
まぁ、いいや。とりあえずそれは明日考えよう。今日は家に帰ってゲームとか漫画とか読んでパラダイスを満喫しよう。今日なら何でも楽しめる気がするし。
そんなわけでボクはトイレのドアをルンルンで開けた。
ドアを開けた先に一人の女子が唖然とした表情で立っていた。雪のように白い肌にかっこいいショートヘア、そして腕には猫のヘアゴム。
今思えばトイレに駆け込んだ時点でボクは明確なミスをしてしまっていた。
というのも、今ボクは女の子の見た目をしている。だと言うのに男子トイレに入っていった。傍から見れば女子が男子トイレに入っていくと言う極めて怪しい状況が出来上がってしまっていた。テンションの上がったボクは心を落ち着けるために入った場所で詰んでしまった。
男子トイレの中に西渡翼という美少女と二人きり。
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