第24話 飲み会の後に一人暮らしの女性の家に行ったらそういう雰囲気になるのは当たり前のことでしょうが
「う~ん、ちょっと飲みすぎちゃったかも」
店を出た後、大通りの端を歩いている最中。
僕の腕を抱きかかえ、体重の大半を僕に預けながら道を進んでいたシェルファ先生が気の抜けるような声で言った。
「お酒も料理も美味しかったし、楽しかったし……ついつい、進んじゃったなぁ」
「だとしても、流石に一人で25杯は飲みすぎですよ。僕の五倍じゃないですか」
「いや~、ゼファル君と一緒にいるから気分が乗っちゃって」
「よく吐きませんでしたね」
「凄いでしょ? もっと褒めて」
「はいはい、凄い凄い」
「心が籠ってないよ~」
「籠める気ないので。というか、歩きづらいのでちゃんと自分で立ってください」
「無理~」
言って、シェルファ先生はさらにもたれかかってきた。
酔っ払いは本当に面倒くさいな……。
溜め息を吐きつつも、僕はそのまま問うた。
「この状態だと、二軒目は無理ですね。解散でいいですか?」
「えー!? もっとも飲もうよ!」
「これ以上飲んだら確実に吐いて、迷惑をかけることになります」
「吐かないって……あ、じゃあうちで飲もうよ。それなら最悪吐いても大丈夫だから!」
「え、いや、それは……」
僕は躊躇った。
既に夜も遅くなりつつある。こんな時間に女性の家に上がり込むのはよくないだろう。エイザにも事前に忠告されているし……。
「え、もしかして……嫌、だった?」
「……わかりました、いきましょう」
悲しそうな目で見られ、僕は思わず首を縦に振ってしまった。
間近であんな顔をされたら断れない。つくづく、僕は甘い。
自覚はあるが、それでも拒絶できなかった。
まぁ、大丈夫だろう。
僕とシェルファ先生は見知った仲だし、変なことにはならないはずだ。少し飲んだら、帰るとしよう。
何処かで『そっちでしたか!!』という聞き馴染んだ声が聞こえたような気がしたが、幻聴だろう。いや、幻聴であってもらわないと困る。
「こっちだよ」
シェルファ先生に案内され、街中を歩くこと十数分。
到着したのは、学院からほど近い場所にあるマンションだった。
十階はあるだろうか。それなりに高く、またセキュリティもしっかりしている。
王都でこれだけのマンションであれば、それなりに値は張るはず。若くしてこれだけ良い場所に住むことができているのは、学院の高い給与のおかげか。
「はい、どうぞ~」
エントランスを抜け、階段を上がり、四階にあったシェルファ先生の自宅に到着。先に入った彼女に続いて、僕は『おじゃまします』と一言告げて上がり込んだ。
「……意外に綺麗でしたね。物も少ない」
「意外とは失礼な。私はそんなにだらしない女に見えるの?」
「いや、そういうわけではなくて……」
ゴミや埃は見当たらず、物も綺麗に整頓されたリビングを見回して、僕は弁明した。
「一人暮らしって、何かとだらしなくなりがちじゃないですか。特に若い人は。だから、意外だと思ったんです」
「あー、そういう。私は結構綺麗好きだから、普段から掃除とかしてるよ」
「立派ですね」
心からそう思った。
僕は家事の全てをエイザに任せてしまっているので、一人でやることができるシェルファ先生を本当に凄いと思う。
部屋の隅に置かれていた間接照明と、窓の外から差し込む月光が照らす、やや薄暗い室内。ソファに並んで座った僕とシェルファ先生は、度数の低いカクテルが入った小さな酒瓶を片手に、二次会を開いた。
「いやぁ、今日は本当にありがとね、ゼファル君。とっても楽しかった」
「こちらこそ。また今度、飲みましょう。一ヵ月後とかに」
「いいね。月に一回こういう楽しい飲み会があるって考えると、仕事も頑張れる気がする」
「学院の教師は激務ですからね。何か、羽目を外せる楽しみがないと」
「確かに。生徒たちは良い子が多いし、仕事自体は楽しんだけど……それ以上に大変で、苦労も多いもんね」
酒瓶の飲み口に唇をつけ、シェルファ先生は天井を見上げた。
「授業の準備に職員会議、学院祭とかの催しものがあればそれの申請に、安全管理や予算管理。問題を起こした生徒たちの指導とか、揉め事の仲裁もあるし……まぁ、大変だからこそ、給与は高いんだけど」
「幾ら給料が高くても、不満はありますもんね」
「うん。平日はプライベートの時間が全然取れないし、それに、学院には異性がほとんどいないから、色恋を楽しむこともできない。あ、でも──」
シェルファ先生はこちらに視線を向けた。
「去年からゼファル君が来てくれたし、同性ばかりっていう不満はなくなったかな」
「僕なんかで不満が解消できたんですか?」
「できるよ~。自覚あるだろうけど、ゼファル君はカッコいいもん。生徒たちからモテモテなのが、その証明」
「周りに僕以外の異性がいないことと、僕の種族的なことも関係していると思いますが」
「それらを差し引いても、だよ。それに異性がいないっていうけど、街を歩けば男の人はたくさんいるわけだし。それでも生徒たちは君に一筋だからさ。……ここだけの話をしよっか」
テーブルに酒瓶を置き、シェルファ先生は僕の肩を指先で突いた。
「生徒の中に、気になっている子とかいないの?」
「シェルファ先生、酔っていてもそういう質問は……」
「大丈夫。私しか聞いてないし、誰にも言わないから」
「……いませんよ」
僕は呆れつつも答えた。
「確かに、うちの学院には綺麗な生徒が沢山いますけど……彼女たちはあくまでも、守るべき生徒です。邪な気持ちを抱くことはできません」
「真面目だね。じゃあ、過去に付き合っていた子……は、いないか。種族的に、誰とでも付き合えるわけでもないし」
「残念ながら」
「じゃあ、私と一緒だ」
「え? 交際経験とか、ないんですか??」
「フ、フフ……」
シェルファ先生はとても綺麗なので、それくらいあると思っていたのだが。
意外に思って尋ねると、彼女は少々怖い笑みを浮かべ、口の端をぴくぴくと震わせながら言った。
「私の両親は結構過保護でね。異性のいる学校は何が起こるかわからないからって、初等教育校から大学まで、ずっと女子学校に通っていてね……交際どころか、異性と話す機会だってほとんどなかったんだぁ」
「そ、それはまた……」
「しかも、社会に出てからも異性との関わりが少ない女子学院に勤務して……私の人生に春はなかったんだよ。学生時代の友人たちも、社会に出た途端に恋人作って幸せそうに……私だけ、私だけぇ……」
「お、おー、よしよし」
自分の人生を嘆いて顔を覆ったシェルファ先生の背中を擦った。
「はぁ……いつになったら、私の人生には春が来るのでしょうか……」
「だ、大丈夫ですよ。シェルファ先生は綺麗ですし、性格も良い。きっと、良い人と巡り合えます」
「良い人と、巡り合える?」
「はい。いつか、きっと──え?」
ドサ。
自分の顔から両手を離したシェルファ先生は、突然僕の肩を押し、僕をソファに押し倒した。
何を?
あまりにも唐突なことに唖然とする中、僕は視線でシェルファ先生に問う。
と、彼女は僕の上に覆いかぶさったまま、僕の頬に触れた。
「いつか、じゃないよ。私的にはもう──巡り合ってるつもりなの」
「巡り合ってる、って」
「君のことだよ、ゼファル君」
僕?
「それ、は……」
「私は君に、運命を感じちゃってる。一緒にいると楽しいし、いつまでも一緒にいたいって思うし、何より──傍にいると、胸がときめくの」
「……っ」
「ごめんね、ゼファル君。私……最初からそのつもりで、君のことを家に招き入れたの。逃げ道をなくして……ずるい女で、ごめんね」
でも。
シェルファ先生は乾いた唇に舌を這わせ、湿らせ、言った。
「どうしても、我慢ができなくて」
「シェルファ、先生……?」
「私は君が好きだよ。強欲だけど……君の全部が欲しいと思ってる」
君は?
真っ直ぐに僕を見下ろし、彼女は問うた。
「私のこと、どう思う?」
「ど、どうって──」
「君が求めて、望むなら、私は……私の全部を君にあげる。その代わり──私の人生に、春を頂戴」
酔っているとは到底思えない、力強く、確かな意思を感じる言葉。
それを発したシェルファ先生の美しい顔が、月明かりに照らされる。
月光に当てられた彼女の表情は──覚悟を決めた、乙女のそれだった。
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