第21話 聖なる愛の騎士たちによる尾行はストーカーとは異なるらしい

 エイザによる謎の安全講習を受けた後、慌てて家を出た僕がシェルファ先生との約束の場所──王都中央広場に到着したのは、17時50分のこと。


「こっちだよ、ゼファル君!」


 小走りで広場に入った僕が周囲を見回していると、中央にある噴水の傍から声がかけられた。

 顔を向けると、シェルファ先生がこちらに向かって手を振っていた。

 黒を基調といたワンピースを身に纏っており、普段よりも大人っぽく見える。元々綺麗だとは思っていたけど、いつも以上だ。


 探す手間が省けた。

 僕はシェルファ先生に片手をあげ、彼女に駆け寄った。


「すみません。お待たせしましたか?」


「うぅん。私も今来たところだから、丁度いいタイミングだったよ」


「なら良かった」


「フフ、何だか今のやりとり、デートみたいだったね」


「確かに。まぁ、僕は元々そういうつもりで来ていますけどね。服、とってもお似合いです」


「ありがとう。でも、元からデートのつもりだなんて……そんなことがサラッと言えるあたり、もしかしなくてもゼファル君は結構経験豊富?」


「さぁ、どうでしょう」


 正解は男女間の経験はほとんどありません。

 が、それを言うのは何だか恥ずかしいので、誤魔化すことにした。


「じゃあ、早速行きましょうか。お店はここから近いんですか?」


「うん。歩いて、十分もかからないくらいかな。予約もしてあるから、待ち時間もないよ」


「何から何まですみません」


「いいの。私から誘ったんだから」


 言って、シェルファ先生は背中の蒼い翼を僕の肩に触れさせた。


「じゃあ、短い距離ではありますけど、エスコートさせていただきます」


「それは普通、男の役割なんですけど……よろしくお願いいたします」


 微笑みと共にそう返し、僕はシェルファ先生と並んで歩き、広場を後にした。



     ◇ ◇ ◇



「ターゲットが広場から移動しました。目的地は恐らく、件の店です。見失わないように、追跡をお願いします」


『──了解』


 王都中央広場を見下ろすことができる建物の屋上にて。

 私は噴水の傍から移動を始めた二人──ゼファル先生とシェルファ先生を双眼鏡で覗き見ながら、手元の通信機で指示を送る。

 了解の返答を受けて口元から離し、次いで……ギリ。親指の爪を噛んだ。


「背中の羽で身体を覆って……まるで自分のものだと周囲に誇示しているようですね。実際、ゼファル先生のことを見ていた女性たちは多くいましたから、彼女の行動は正しいのでしょうが……腹正しい。誇らしげな顔をして。あんなの、これから彼とにゃんにゃんしますと公言しているようなものですよ。発情した表情……おのれっ」


 バキ。

 手元の通信機に亀裂が入ったが、気にすることなく、私は立ち上がった。


「余裕でいられるのも今の内です、シェルファ先生。最後に笑い、ゼファル先生の貞操を奪うのはこの私です。さぁ、行きましょうか、No.3!!」


「ちょっと待ってくださいよエフェナちゃん」


 私が呼び掛けると、少し後ろに座っていたNo.3……もとい、パシェルが、まるでドン引きしたような目を私に向けた。


「何か、秘密組織のエージェントみたいなことやっていますけど、やっていることはストーカーですよ! 頭のネジが幾本も外れた変態さんがやることです!」


「ストーカーではありません。聖なる愛の護衛騎士ホーリーラブスイートナイトです」


「言い方変えてるだけじゃないですか! バレたら怒られちゃいます。今ならまだ間に合いますから、やめましょうよ!」


「No.3。私を説得しようなど、無駄なことです」


 私は自分の胸に手を当てた。


「もし、仮に私たちが彼らを見守っていなかったら……ゼファル先生はお酒を飲んだことで良い感じに緩んだ雰囲気と気分に流され、そのままシェルファ先生に貞操を奪われてしまうことになるのです。ゼファル先生は清らかな身でなくてはならない。万が一の事態を防ぐために、私たちは行動しなくてはならない」


「ま、まだお二人がエッチなことをすると決まったわけじゃ──」


「いいえ、やります。絶対に二人はセックスをします!」


「大きな声で言わないで……」


「何故なら私がシェルファ先生の立場だったら我慢できないから!」


 私は想像し、パシェルに問う。


「普段とは違い、お酒を飲んだことで雰囲気が柔らかくなったゼファル先生。柔和な笑顔と、覇気のない声。ガードが緩くなり、露わになる鎖骨……どうぞ召し上がってくださいと言わんばかりのゼファル先生を前にして、常人が我慢できるわけがない。そうでしょう?」


「そ、それは、そうですけど……でも、ゼファル先生が拒否したらそれまでで──」


「できると思いますか? ゼファル先生が」


「う……」


 パシェルは沈黙した。

 彼女はわかっているはずだ。ゼファル先生が、どういう人なのか。


「彼は押しにとても弱い。少し強く押されたら、すぐに押し倒されてしまう。私たちに抵抗できないほど力も弱い」


「そう、ですね」


「彼が押しに弱かったからこそ、貴方は彼の腕の中で産卵するという、愛しの先生親衛隊ファンクラブの全員が羨む体験ができたのです」


「……」


「この際、白状してください。貴方、産卵した時イキましたか?」


「……少しだけ」


 パシェルは正直に頷いた。

 よろしい。正直者は好きです。


「つまり、シェルファ先生が少しでもその気なら、ゼファル先生は簡単に食べられてしまいます。お酒も入っているので、普段以上にガードは緩くなっている。それに、サシ飲みをした男女が交わる確率は九割九分九厘と言われていますからね」


「何処のデータですか、それ」


「根拠なんてどうでもよろしい」


「大事なことですよぉ」


 私はパシェルの問いを無視した。


「今現在、私の護衛を四十名、各所に配置して監視に当たらせています。勿論、店の中にも数名、一般客を装って潜入させています」


「うわぁ……」


「また、私たち以外の一桁会員シングルナンバーも、所定のポイントで待機しています」


「集団ストーカー……」


「パシェル。ここまでついてきている時点で、貴女も共犯者ですよ」


「私の首根っこ掴んで無理矢理つれてきたのはエフェナちゃんじゃないですか!」


 目尻に涙を浮かべて叫んだパシェルの口を塞ぎ、私は二人が向かった方角を見た。


「とにかく、こんなところでウダウダしている時間はありません。私たちも、次のポイントへ移動しますよ。全てはゼファル先生の──童貞を守るために」


「最低な意気込みですよ」


「さぁ、行きますよッ!」


 今一度気合を入れ直した私は背中の両翼を広げ、星の瞬く夜空を飛んだ。

 振り返ると、渋々と言った様子ではあるが、パシェルも翼を広げて私の後ろを追従した。

 なんだかんだ言いながらも、ついてきてくれる。

 流石は一桁会員です。


 振り返った私は少し笑い、ほど近い場所にある、所定のポイントへ向かった。

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