【鑑定その7 大魔術師の拠点調査 前編】


 ダンジョンの奥にはいろいろな異界の代物がある。

 さいきんルブラが見つけてきたものだと、簡単にお湯が沸くポットが実に便利だった。水を入れて作動させるとすぐにお湯が沸くのだ。まるで魔法のポットである。

 問題は、その動力となる「電気」をわたしたちの技術で作り出すには、ものすごく複雑な錬金術設備と素材が必要なことだが……。つまり薪で湯を沸かした方が結果的に楽である。


 そんなわけで、お湯を沸かしてうちの工房でのんびりお茶を飲んでいると、来客が現れた。

「ごめんあそばせ」

「あ、エデュリスだ……」

「あいかわらず不機嫌そうなおツラですわね」

 彼女は工房にずいずい入ってきて、お茶をしているわたしの顔をのぞき込む。

「そうやってむすっとしているから、ひとりでお茶をすることになるのですわ。私がご一緒しましょうか?」

 べつにわたしはつねに不機嫌そうな顔をしているわけではない。彼女に対してつねに不機嫌に接しているだけである。


 エデュリスは王都魔法学院の研究者で、助教授の職を奉じている。片眼鏡をつけた細面の女で、お高めのローブを着ていかにも魔女っぽいつばの広い三角帽をかぶっている。インテリぶっているが、そのファッションは王都ではいささか時代遅れだ。

「よくも仕事を増やしてくれたわね」

 とエデュリス。とはいえ、その言葉には字面ほどのとげとげしさはない。彼女がこのあいだリッチの研究ノートの束を送りつけた相手だ。


 わたしはわけの分からない異界の文書はとりあえず彼女に送りつけることにしている。

「ま、あれほどの文献ともなると解読できる人もそうはいないでしょうから、貴女が私を頼るのもしょうがないでしょうけど」

「で、あのぐちゃぐちゃのノート、読めたの?」

「だいたい解読できましたわ」

 胸をはるエデュリス。彼女は言語能力は高い。とくにぐちゃぐちゃに書かれたような手書き文献を読むのには格別の才能がある。個人的には彼女をライバルだと思っているが、この点では負けを認めざるを得ない。


「それで、ダンジョンのある地点にさらなる研究資料があることがわかりました。それで実地調査に向かうことにしましたのよ」

「エデュが実地調査?! 大丈夫?」

 わたしは本気で心配する。

 大丈夫と聞いておいてなんだが、たぶん大丈夫ではない。

「今度こそ大丈夫ですわ、優秀な冒険者が護衛についてくれることになりましたから」

「前回もそう言ってなかったっけ」


「気のせいですわ。座らせていただきますわね」

 エデュリスは勝手に座り、つんとすました顔をしている。

「もう少ししたら、その有能な冒険者と待ち合わせの時間ですの、少し時間をつぶす必要があります。私にもお茶をくださらない。きっと有意義な会話ができますわよ」

 わたしは彼女のぶんのお茶をそそいでやる。

「どうも」

 彼女はお茶を一口飲んで「香りが抜けてますわね」とかなんとか言った。エデュリスはなにかと一言多いのだ。


 その一言にむっとしたわたしは、あるものを持って、エデュリスに近づく。

「エデュ、これどうぞ」

 渡したのは工房に置きっぱなしにしていたリッチの頭蓋骨だ。頭蓋骨は内側からほのかに青い光を放ち、ぶつぶつと何かを言い続けている。

 エデュリスはそれを受けとり、しばし硬直する。


「ハローワールド……」

 リッチの頭蓋骨が意味不明な言葉をしゃべる。

「ひいっ」

 エデュリスはリッチの頭蓋骨を放り捨てる。

 床に転がった頭蓋骨がわたしの足元に転がってきた。

「ナゲルナ」

 文句を言う骨。いっぽうエデュリスは反対側に逃げ、身をちぢこめている。

 そう、エデュリスは怖がりなのである。魔道の研究者のくせに怖いのがダメなのだ。虫もダメ、爬虫類もムリ、コウモリもダメ、動く死者もダメ、暗闇恐怖症、閉所恐怖症、その他いろいろ。


「ふう……あと少しで漏らすところでしたわ」

 エデュリスは深呼吸しながら言う。

「調査、ほかの人に代わってもらったら」

「そういうわけにもいきませんわ」

「わかるけど……」

「あ、これお土産ですわ」

 落ち着きを取り戻したエデュリスは、小さな包みをわたしに手渡す。わたしが好きな王都の砂糖菓子だった。

 ちょっと悪い事したかな……。




今回の鑑定品?メモ:


【王都の砂糖菓子】

 砂糖の殻にお酒を含めた木苺のコンポートが入っている。最近王都で人気のお菓子。おみやげにもおすすめ。エデュリスはなんだかんだこういうところはマメだ。ライバル視してるのはわたしだけで向こうはあんがいわたしのことが好きだという説もある。

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