第18話 ある日スライムを拾った⑥

 スーラを拾って六日目になろうとしていた。

 あのビジネスマン風の男が苦しむ顔を思い出すと痛快な気分になる。

 あの男は自業自得だ。

 悪いことをすればそれは自分に帰ってくる。因果応報である。

 僕は悪くない。もちろん、スーラも悪くない。


 その日はスーラに絵本を読み聞かせたり、クラシックなんかを聴いて過ごすことにした。明後日にはこのアパートをでなければいけないのだが、もちろん何のあてもない。でも、スーラがいればそれでよかった。


 スーラの体積はますます大きくなっていた。

 ペッドボトルにははいりきらないので、ホームセンターで灯油なんかを入れるポリタンクを購入し、そこにスーラを入れた。四リットルのポリタンクが満タンになった。

 行くあてもなく、ぶらぶらと夜の住宅街を歩く。

 月夜の下、歩く散歩は気持ちがいいものだ。

 将来の不安なんかを一時的に忘れさせてくれる。

 肩に食い込む紐もそれがスーラだと思うとさほど気にならない。

 もう僕にはスーラしかいない。きっとスーラにも僕だけのはずだ

 そうして一日を過ごし、夕ご飯を食べた僕はスーラを連れて夜の散歩にでかけることにした。ポリタンクをボストンバックに入れ、肩に担ぐ。ボストンバックの紐が肩に食い込んで痛い。痛いけど、それがスーラだと思うとさほど気にならない。

 僕にはスーラしかいない。きっとスーラにも僕しかいないはずだ。


 街中をぶらぶらと行くあてもなく、歩いていると女の人の悲鳴が聞こえた。

「やめてください、私はあなたなんか知りません」

 女性の声が夜道に響く。

 気になった僕はその声のほうに向かう。


 その場所にいたのは、あの可愛らしい黒髪のコンビニ店員だ。

 彼女の正面に黒いパーカーを着た背の高い男が立っている。

「どうしてだ。僕たちは愛し合っていただろう」

 その男の声はくぐもっていて、聞きとりずらい。たぶん、そんなようなことを言っていた思う。パーカー男の手にはキャンプなんかで使うサバイバルナイフがにぎられていた。

「あなたなんか知りません。もうついてこないでください」

 コンビニ店員の声には悲痛な色がついていた。

「おまえは俺のものだ」

 低い声でパーカー男は言うと手に持つサバイバルナイフをコンビニ店員の豊かな胸につきさした。

 ぐはっと濁った声を上げるとコンビニ店員は真後ろに倒れる。

 パーカー男がサバイバルナイフを引き抜くとどっと血があふれる。

 すぐに血の海が広がり、コンビニ店員は何度か痙攣したおあと、動かなくなった。

「これで麻由まゆは俺のものだ」

 パーカー男はそでだけ言い残し、その場を立ち去った。


 僕は血の海に寝転がるそのコンビニ店員のもとに近寄る。

 死んだ彼女は人形のようだ。ある種の美を僕は感じた。

 かわいそうにこんな姿になってしまうなんて。

 僕がそのコンビニ店員の死体を見つめていると、ポリタンクの蓋が勝手に開き、スーラが外に出た。

 ぬるぬるとスーラがアスファルトの地面を這う。

 血の海を泳ぐように這い、スーラはコンビニ店員の顔におおいかぶさった。


 僕はその様子をだまってみつめる。

 なんとなくだけど、スーラの行動が読めた。

 スーラはそのコンビニ店員の体をのっとるつもりだ。

 血の気の引いたコンビニ店員の口をこじあけるとスーラは口腔内に侵入した。あっというまにスーラの全身がコンビニ店員の体内に吸収された。

 どくどくといまだに流れていた胸の出血がとまり、傷口がふさがる。豊かな胸の白い肌が見えた。

 ぱちくりと閉じられていたまぶたが開く。

 うーんと彼女は背をのばし、僕を見る。

「やあ、おはよう。私はスーラよ、ご主人」

 にこりと血だまりのなか、そのコンビニ店員にとりついたスーラは微笑んだ。


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