第5話 陽キャの幼馴染がミニトマトのように赤くなった

「でもさ。早川とかはともかく、蒼空と初音は、他のみんなとはちょっと違うんじゃねえか?」


 高校で唯一と言っていい男友達の青柳あおやぎ蒼空そらと、蓮の隣に座る初音はつね心愛ここあは、どちらもギリギリ登校常習犯だ。

 それゆえに大翔の「ご挨拶」を見ていないため、凛々華の言う「見て見ぬフリ」には当てはまらないだろう。


 それに、二人とも天然だからか、周囲の目なんて気にせずに普通に話しかけてくる。

 それでいて、他のクラスメイトともうまくやれているのだから、やはりコミュ力は大事だと痛感する毎日だ。


「確かに彼らは例外かもしれないけれど、青柳君は女の子からも人気でしょう? 面倒ごとは避けたいわ」


 さらりとした口調だが、その言葉には実感がこもっていた。内面はともかく、イケメンでスポーツ万能の幼馴染なんでいたら、色々言われることもあったんだろう。

 他人と壁を作る今の性格も、一種の自己防衛術なのかもしれない。そう思うと気の毒な気もするが、そこを深掘りされることなど望んでいないだろう。


「じゃあ、初音は?」

「彼女は彼女ですでに友達がいるし、家の方向も逆だもの。そもそも、徒歩通学のほうが少数でしょう」

「確かに、他の人はほとんど見かけねえよな」

「……えっ?」


 凛々華から、間の抜けた声が漏れた。


「ん、どうした?」

「もしかして、黒鉄君も徒歩なの?」

「おう。たぶん、方向も同じだぞ。帰り、何回か見たことあるから」


 なんとなく追い越すのは躊躇われて、少し速度を落とした記憶がある。


「……私は一度もないのだけれど」


 凛々華が箸でコツンと弁当箱の角をつつく。何やら不満そうだ。


「単純に、柊のほうが帰るのが早いってだけだろ。帰宅部エースの座は譲るよ」

「あなたが支度にもたついているだけでしょう。いつもなにやらゴソゴソしているじゃない」

「なんで知ってるんだよ」

「斜め前なのだから、いやでもわかるわよ。どのあたりに住んでいるの?」

「えっと……ここだ」

「本当に通り道じゃない」


 蓮が地図アプリで自宅を表示させると、凛々華が目を見張った。


「でも、中学は違うわよね?」

「高校から引っ越してきたんだ」

「ふーん……。いつもは何時ごろ家を出てるの?」

「八時前くらいだな。でも、なんでだ?」

「いえ、朝も見かけたことがなかったからよ。深い意味はないわ」


 凛々華は早口で言い切ると、そそくさと弁当のふたに指をかけた。

 何かを誤魔化そうとしているようにも見える。


(まさか……いや、それはねえよな……)


 そう思いながらも、心が少しざわつく。

 蓮は思考を逸らすようにご飯をかき込み——案の定、むせた。


「ゴホッ、ゴホ!」

「……あなたの弁当を奪いにきたわけではないのだけれど?」

「わ、悪いっ……」


 蓮は水筒をかたむけ、ゴクゴクと喉を鳴らした。

 喉を通るひんやりとした感触が、やけに心地よかった。




◇ ◇ ◇




「にしても、柊の弁当すげえな。色合いも綺麗だし、栄養バランスも良さそうだ」


 ふと凛々華の弁当が目に入り、蓮は思わず感嘆の声を漏らした。

 一段目には梅干しの乗ったご飯が詰められており、二段目には色とりどりの食材が並んでいる。とりあえず、ほうれん草、卵焼き、トマトで信号機は作れそうだ。


「大したことではないわ。冷凍食品を組み合わせれば、三十分もかからずに作れるもの」

「えっ、自分で作ってんのか?」

「親は忙しいから」

「マジか、すげえな」


 黒鉄家は父子家庭であり、蓮も自身と父、妹の分を作っている。冷凍食品を組み合わせたとしても、これだけのおかずを作るのは大変だ。

 現に、朝食の残り物を利用した自分の弁当は、彼女のものと比べると、いささか質素と言わざるを得ない。


「別に、これくらい普通よ」


 凛々華の口調はそっけなかった。どう考えても普通ではないが、蓮はそれ以上言葉を重ねなかった。

 これだけハイスペックなら、男からの称賛の言葉なんて、耳にタコができるほど聞かされているはず。あまり褒めすぎても、逆に面倒くさがられるだけだろう。


「でも、よくこんな場所を見つけたわね。私もずっと、静かな場所を探していたのだけれど」

「体育のときに、たまたまな。そっからずっとお気に入りだ」

「確かにいい場所だと思うわ。風も気持ちいいし」


 そう目を細める凛々華の横顔が、どこか柔らかくて。

 蓮は考えるより先に、自然と問いかけていた。


「じゃあ、明日からもここで食うか?」

「……えっ?」


 言葉の意味を咀嚼するように、凛々華はパチパチと瞳を瞬かせる。


「あっ、いや、柊が嫌じゃなければ、だけどさ」

「そ、そんなことはないけれど……あなたこそ、いいの?」

「話し相手になってくれると助かるって、言っただろ?」


 他意はないことを示すように、あっさりとした口調で告げる。

 凛々華はスッと視線を外し、箸を持ち直した。


「まあ、変なことをしないなら、別に構わないけれど」


 手元が狂ったのか、ミニトマトが彼女の膝を滑り落ち、小さく跳ねて地面を転がる。


「俺だって、柊の弁当を奪おうとはしてねえぞ」

「黙ってもらえるかしら」


 凛々華の口調は冷え切っていたが、その頬はミニトマトに負けず劣らず赤くなっていた。

 きっと、氷のような言葉を溶かすには、十分な熱を持っていることだろう。


「く……っ」


 胸の奥が震える。ここで笑ったら、確実に機嫌を損ねてしまうだろう。

 凛々華からの刺すような視線には気づかないふりをして、卵焼きを箸でつまみ、あえてゆっくりと口へ運ぶ。

 うまくできたと思っていたが、まったく味が感じられない。


「……蛇に睨まれたカエルがどんな気分か、全身で理解できた気がする」

「失礼ね。踏み潰すわよ」

「一部の男子は、嬉々として受け入れそうだな」

「冗談でもやめてくれない?」


 凛々華が嫌そうに顔をしかめた。

 蓮は今度こそ込み上げてくる震えを抑えられず、軽やかな笑い声を立てた。


 ふと見られている気配がして横を向くと、凛々華がハッとしたようにこちらを見ていた。


「ん、どうかしたか?」

「い、いえ、なんでもないわ。……やっぱり子供っぽいなと思っただけよ」

「そうか。俺も、柊がミニトマトを落とすようなおっちょこちょいだとは思わなかった——いてぇ⁉︎」


 足を踏まれ、蓮は思わず悲鳴を上げた。


「うるさいわね」


 呆れたようにそうつぶやいた凛々華は、くすりと笑い声を漏らした。

 ——じんわりと鈍い痛みを味わっていた蓮の耳には、届かなかったが。




◇ ◇ ◇




 弁当箱を片して腕時計に視線を落とすと、昼休み終了が迫っていた。なんだかんだ、人と食べるのは楽しいものだ。

 凛々華の片付けが終わるのを待って、立ち上がる。


「じゃあ、戻るか」

「えぇ。あっ、でも、別々に戻るべきなのかしら? 一緒にいるのを見られたら、また大翔が黒鉄君に絡むかもしれないわ」

「まあな。けど、それが嫌なら最初から追い返してるよ」

「っ……」


 凛々華が小さく息を呑む。


「それに、ここで変に俺らが別々で動いたら、大翔のヘイトがそっちに向く可能性もあるかし」


 可愛さ余って憎さ百倍、とも言うしな。


「でも、それじゃあなたが危ないじゃない」

「リスクの話だよ。単純な体格として、柊よりは俺のほうが安全だろ」

「それは、そうだけれど……」


 凛々華が言葉を詰まらせる。

 合理性を求める彼女とは、議論ができるのでありがたい。大翔もそうだったらいいのだが、両極端な幼馴染だ。


「だから、そこは気にすんな」

「……何かあったら、些細なことでもいいから報告しなさいよ。あいつの考えは私のほうが読めるだろうし……仲間、なのだから」

「おう、頼らせてもらうよ」


 まさに、一蓮托生だな——。

 自分の名前にちなんだくだらないボケを飲み込みつつ、蓮は凛々華とともに歩き出した。




 彼らが教室に入った瞬間、教室は凍りついた。


「お、おい、大翔。あれっ……!」

「あっ? ——なっ⁉︎」


 弁当箱を片手に言葉を交わす蓮と凛々華を見て、大翔は絶句した。


(なんで、あのクソ陰キャと凛々華が……⁉︎)

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