ダークファンタジー世界の〝闇祓い〟すなわち光のハッピーエンド!
所羅門ヒトリモン
第1章
第1話「光属性」
「いま、僕の前で曇ったな? ──救う」
我ながら、覚悟の決まっている眼差しだった。
凄絶な敵意すら、覗かせたであろう誓いの言葉でもあった。
ぐらん、ぐらん、ぐらん。
意識は白みかけている。
視界は揺れて、
きっと全身、至るところに
皮膚と筋肉の断裂した箇所からは、赤色もぬらぬらおびただしいか。
油断すると、すぐさま何処かに
「す──ッ」
だから、アリオンは必死に歯を食いしばって、吐きそうになった血反吐をゴクンと飲み込んで。
剣を握り直して、杖のようにして、体を支えて立ち上がろうと力を入れる。
力を入れた途端、全身のあらゆる部位から悲鳴がほとばしっても、頑として立ち上がる。
──すると、すぐ側からいくつもの声がした。
「! アズフィールドさん!? 貴方、まだ──って、ダメですわ! 動いちゃダメ! ──血が、血がこんなにッ、ダメです! ダメですわっ!」
「ヒッ! く、来る。来る! もうダメ……ああ、ああぁあぁあぁぁ……もうダメもうダメもうダメ……!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「イヤァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!」
ギ リ ッ !!
歯軋りを、つい堪え切れなかった。
食いしばった歯を、思わず噛み砕くかと思うほど、痛すぎて苦しくなった。
もちろん、肉体の損傷や欠損なんかが原因なんじゃない。
そんなものは、痛みや苦しみを覚える理由にはなり得ない。
少なくとも、自分自身のものに限って言えば、アリオンはいつ何時だろうと無視できた。
何故なら、腕が引きちぎられ半身が吹っ飛ぼうが、こんなものは
時間があれば、普通に治療したって癒すことができる。
そういう医療施設が身近にあるし、治療師や薬師を頼らなくても時には問題ない。
ゆえにアリオンは、気にしない。
自分自身の肉体的損傷や欠損を理由に、痛苦を覚えない。
だって、そのように生きると決めているからだ。
アリオンが歯を食いしばり、胸を痛め、心の底から耐えられないと思うのは。
(誰かの顔が曇るコト──)
恐怖に歪み、悲嘆で涙し、絶望で諦める。
そんな誰かを想像するだけで、アリオンは胸を掻きむしって身を引き裂きたくなる。
(──ああ、何故だ? 何故なんだ?)
だというのに、この世の中には存外、〝曇りしモノ〟が多い。多すぎる。
いまもそうだ。
現にいま、この状況もそう。
意識が飛びそうなため、あまり詳しい経緯が何だったのかはすぐに思い出せないが。
同級生の少女が泣いていて、その友だちの女の子たちも、それぞれの理由で顔を歪めていて。
アリオンが駆けつけた時には、すでに時遅く被害者も出ていて。
たしかこの子たちと同伴していたはずの、男子生徒数人が姿を消していて。
「────ぁぁ」
ぐるり、と回る視界がようやく焦点を復活させて、前方の『敵』を捉え直した。
赤黒い触手。
体表は軟体生物じみて柔らかそうで、しかしブヨブヨとした弾力も持つ筋肉質の塊。
今回の個体は
見かけは普通のテンタクルスや、ローパーと変わらない。
特徴だけ挙げるのであれば、雑魚の部類に入る怪物の一種。
剣を振り下ろせば刃は通るし、槍で突き刺せば命も奪れる。
けれど、今回のそいつは単純にデカすぎた。
目測で、十メートル以上はありそうな巨大な肉のうねり。
触手の一本一本が、丸太一本分にも相当するのに、最低でも三十本以上はある。
しかも、そのどれもが投石機の振り子運動並の速さで動く。
絶えず香ってくる腐肉に似た悪臭は、まさに人間を好んで食らって溜め込んできた臭害に他ならないだろう。
人は云う。
下等で奇怪なその威容から、通常のテンタクルスやローパーとは別名を与えて、コイツらを〈カリオン〉と──
「名前が似てるのが、すごく嫌だ……」
「アズフィールドさん! もういいから! 逃げましょう!? 早く治療しないと、貴方まで──!」
同級生が何をパニクっているのか。
人喰いの怪物がすぐ近くにいるというのに、わざわざ背中を向けるような隙を晒してアリオンの前に来た。
(──いや、これは僕を助けようとしてるのか……)
少女の目には、焦りと恐れ。
それと辛うじて繋がった細い希望の糸。
まだ助かる見込みのあるアリオンと自分たちを、触手の怪物から一刻も早く遠ざけるため、必死に声を張り上げている。
恐らく、ふらついているアリオンがまだ半覚醒状態と見て、意識をしっかり覚醒させようとしているのだと思われた。なんて優しい。
「ありがとう」
「!? え? アズフィールドさん、何が……いやっ、それよりもしっかり! このままじゃ貴方も──」
トン、と騒ぐ同級生の肩をどけて、前に出た。
直後、怪物の触手が少女のいた場所を通り抜けて、アリオンに到達する。
到達した触手は器用に人間のカラダに巻き付いて、勢いよく空中へと引っ張り上げた。
「グゥ……ッ!」
「ッッ!? そんな──イヤァァァァァッ!!」
嘆きの声が響き渡った。
その声色に、悲痛な甲高さに、心から申し訳ないと思いつつ。
アリオンはしかし、
強烈な締め付けと慣性力に、バキバキと肉体を傷つけられつつ。
それでも──
「──救うッ!」
未だ自由である両腕を使って、剣を構えた。
アリオンが持つ剣は、長直剣。
黒色のロングソード。
敵は愚かにも、自らこちらの攻撃を招き寄せている。
体勢はやや厳しいが、このまま突き入れるように顎の中に入り込めば、内側から脳を貫けるだろう。
触手系の怪物は、触手の根元に主要な臓器を備えている。
無論、その代償としてこちらは肩や腕周り、上半身の何割かをさらに牙でズタズタにされるだろうが、なぁに構いはしない。
ここは学院が保有する〈
出口まで戻らなくとも、表層付近にさえ戻れれば学院側が用意した治療師たちもいる。霊薬を用意した錬金術師もいる。
怪我をしても、心配は無い。
(だから問題は──)
この、突如として湧いて出てきた巨大触手。
学院の歴史で、『肉の扉』にこんな怪物がいる事実など、一度として記録されていないはずなのに。
何故か、急に現れた謎の〈カリオン〉──
「──オマエを、生かしておくワケにはいかない」
放置すれば、必ず悲劇を生むだろう。
撤退すれば、要らぬ混乱と騒擾を招くだろう。
死人が出た事実を以って、多くの者がその顔を曇らせるだろう。
ゆえに退く選択肢は無い。
引き寄せられる──
腐臭に混ざり死臭も濃くなる──
〈カリオン〉が大口を開けて、またひとり餌を貪ろうとヨダレを垂らす。
その瞬間、不潔な牙や肉襞が、ザグリ! ベタァッ! と不快な衝突と感触を予感させ、
「────!」
アリオンは剣を、真っ直ぐに
◇◆◇◆◇◆◇
そのとき、いつものように思い出した。
「ンンンンンン! いけないなァ! いけないよキミィ! ──いま私の前で曇ったね?」
救わせてもらおう。
「は?」
アリオン・アズフィールド。十七歳。
自分に特別な能力や運命が備わっていると知ったら、皆ならどうする?
「キミは魔法使いになれる! それも世界で最高の、選ばれた者だけがなれる闇祓いに! しかもただの闇祓いじゃない! 誰もキミには敵わない! そんな闇祓いだ!」
すべてが失意に呑まれかけた極刑前夜の真夜中だった。
アズレア公国、アズフィールド公家一家毒殺事件。
犯人は長男。
つまりはアリオンであるとして、次期アズフィールド公だろうと言語道断だと。
許されざる凶行に裁きを求める声が強まり、アリオンは無実の罪で処刑台に送られる寸前だった。
冤罪。
アリオンは家族を愛していたし、父も母も妹も、毒を盛って殺すような理由はない。
当たり前だ。どうしてそんな酷い真似ができる?
何も分からなかった。
牢屋の中でひとり、何も分からないままどうするコトもできなかった。
臣下の誰かにハメられたのか?
敵国の陰謀?
妹の誕生日を祝う宴で、なぜ毒酒などが振る舞われた?
家族に酒杯を献酌したのは、たしかにアリオンだった。
けれど、だからこそ分からない。
家族が飲んだのと同じ酒を、アリオンも飲んでいたから。
なのに、アリオンだけが助かって、家族は死んでしまった。
アリオンひとりだけが。
月明かりの差し込む石造りの獄中で、ワケも分からず。
──何かの間違いだ。
──僕は何も知らない。
──犯人はきっと別にいる!
叫びは無視された。
衛兵すらも眉を顰めて扉から離れ、誰もアリオンを信じてくれない。
誰もアリオンを助けない。
そんな、失意の底に絶望し、打ちひしがれかけたときに。
「おやおや。おやおや。こんなところに、珍しくも哀れな『白馬』がいるね!?」
「──え?」
彼は、いた。
月の光の精のように、いつの間にか同じ牢屋の中に現れていた。
どうやって、入ってきたのか。
どうやって音もなく、アリオンの前に現れたのか。
それもまた何も分からなかったけれど、どうあれアリオンの目の前に銀の長髪が立っていて。
彼は、薄く紅い色眼鏡を、真夜中だというのにかけていた。
純白のコートを着て、洒脱な帽子もかぶって、とにかく異様な風体の背ぇ高のっぽ。
アリオンを白馬と呼んで、彼はしきりに繰り返した。
「失くすには惜しい才能だ!」
「オイオイオイオイ! 曇るな曇るなァ!」
「私が来たぞ? ホゥラっ、もう怖くないだろ!?」
「というか諦めるな。地に膝を着くな」
「泣くな蹲るな潰れるな腐るな諦めるな死ぬな!」
「希望はある。キミには特別な才能がある」
「だから立ち上がれ! そして私のように、今日から人助けをしよう!」
返す言葉を探す暇さえなく。
一方的で命令口調で、徹頭徹尾、様子がおかしい。
にもかかわらず。
どうしてか、耳を傾けたくなるような言葉の羅列だった。
どの言葉も、すべてが前向きだったからか。
彼は言った。
曰く、この世界には〝クモラー〟がいるのだと。
「ク、クモラー……?」
「そうだ! いまのキミのように、不当な理不尽によって曇らされたモノ! あるいは曇りしモノたち! キミや彼、彼女らを見て、どこかでほくそ笑んでいるクソったれな運命とかを私はそう呼んでいる!」
クモラー。
つまりそれは、この世にありふれている悲しい事件や残酷な出来事。
および、それを許容してしまう世界そのものや人の運命を指して、彼は憤っているらしかった。
「とりわけ魔物や怪物、呪いなどに端を発する超常現象全般。これらに狂わされ、地獄に突き落とされる誰かは本当に哀れで仕方がない! 救われるべきだとは思わないかい? そして、自分にもしも救える力があるのなら? 絶対に救うべきだろ? そう思うよねェ!?」
「は、はい!」
アリオンは魔法や神秘的な事物に関して、あまり詳しくはなかった。
生まれてからこれまで、世界にはそういったものがあるらしいとは聞き知っていても。
田舎の山間の小さな国では、人々は御伽話や物語でだけ超常現象を知っていて。
勢いに呑まれて、つい「は、はい!」なんて頷いてしまったけれど。
頷いた後から、「え?」と困惑した。
様子のおかしい彼は、気にせずに捲し立て続けた。
「つまりはそういうコトさ! キミは犯人じゃなーい! 毒酒というか
「──は? え、えっ?」
「よく、白馬の王子様みたいだと言われたコトはないかい!? この美少年! 白雪の肌に黒檀の髪、蒼玉の眼! 乙女を惑わす耽美寄りの顔かたち! 同じ男として羨ましいねェ!?」
「な、なにを……なにを言ってるんですか?」
「自覚がないのは仕方ない! 『白馬の王子の加護』は、超常現象と出くわさなければ何の奇跡も起こさない非常に稀な
祝福。
加護。
呪業。
「すなわちは天からのギフト! キミにはありとあらゆる呪いを無効化し、闇を祓う天性の才能が備わっている!」
「え、えぇ……? 急に、そんなコトを言われても……」
「戸惑うかい? だが事実だ! アリオン・アズフィールド! すでに犯人は始末したよ」
「──いま、なんて?」
「アズレア公国を乗っ取ろうと企んだ、外道の魔術師は死んだと言ったんだ! 私が殺した! 朝になればキミが吊るされるはずだった処刑台では、別の死体が発見されるだろう!」
「なっ……!」
いったい誰だったんです!?
いや、それよりもなんて勝手なコトを!
アリオンがそう大声を出すより先に、彼が言葉を続けるほうが速かった。
不思議と、嘘をつかれている気にはならなかったからか。
銀色の不審者は言った。
「そこで、選択肢だ。キミには特別な才能がある。誰かを助け、誰かを救い、この世にごまんとのさばるクモラーの悪意から、多くのモノを守れるチカラがある!」
「──っ、僕に、本当にそんなチカラが……?」
「ある! ゆえに訊ねる! キミはこのまま、自分を助けなかった者たちに囲まれた薄暗い生涯を望むかい?」
「──それ、は……」
「魔術師の企みが巧妙だったという情状酌量の余地はあるかもしれない。けれど、この国の人間は誰ひとりとしてキミの無実を信じなかった」
田舎ゆえの、思い込みと集団圧力。
そんな場所で今後も生きていくのか。
「それとも、闇祓いとして新たな人生を望むか」
「──!」
「後者を選ぶならば約束しよう! キミは必ず偉大になれる! 魔法使いとしての道行きは、必ずや花開いたものになる! だってそれが闇祓いだ! 魔法使いの世界において、最高に名誉ある立場と権威だ!」
闇祓いになれば、誰もがキミを尊敬し礼儀を尽くすだろう。
「普通の魔法使いと違って、闇祓いには様々な特権も許されている!」
「と、特権……」
「そうだ! 闇祓いになれば、どこかの国の法や規則には縛られない! それどころか闇祓いは、ひとつの国と同等以上の待遇で扱われる!」
ある者は王侯貴族のような暮らしを手にし。
ある者は酒池肉林のハーレムを築き上げ。
またある者は、英雄として歴史に名を残す。
「富、名声、力! 俗物の欲望甚だしいけれど、キミは特別な才能に相応しい人生って、何だと思うかい?」
「え、あ、えっと……」
「ああ答えなくていい! 今のはただの前振りだ! 私の持論を述べるための!」
男は大仰に両腕を広げると、狭苦しい牢獄のなかでスポットライトでも浴びたみたいに虚空を見上げた。
月明かりが銀色を、妖しく照らし出していた。
「──たとえば。そう、たとえば。ここにどんな物をも斬り裂く最強の剣があったとしよう。と同時に、どんな攻撃をも防ぐ最強の鎧もあったとしてだ」
アリオンは疑問符を浮かべた。
最強の剣と最強の鎧。
いったいどんな例え話をするつもりなのか分からなかったが、男の言葉には矛盾がある。
検と鎧が同時に最強なら、その剣で鎧を攻撃したとき。
どちらが最強の証を立てるのか?
剣が勝てば鎧は最強ではなかったコトになるし、鎧が勝っても剣が最強ではなかったコトになる。
男もそこは察しているのだろう。「疑問はもっともだよねェ」とウンウン頷いて、
「バーカ!」
「──え!?」
アリオンを簡潔に罵った。
「おいおいおい。おいおいおい。キミはバカですかー!?」
「なっ、ど、どういう……!?」
「分からないのかよ失望しちゃうなぁ! キミは肝心なコトが分かっていない!」
「か、肝心なコト……?」
「そ・う・だ・よ! 最強の剣と最強の鎧! それらが同時にもしも目の前にあったなら、私たちが考えるべきはたったひとつの真実だけだ! すなわち! 剣と鎧を装備して愛するものを守れ!」
「────!」
断言に、アリオンは雷に打たれたような愕然を得た。
天啓。
神からの啓示。
あるいはそれは、まさしく蒙が啓かれた瞬間に等しく。
勢いに騙されている気もしないでもなかったけれど、騙されていいとも思える魅力的な考え方で。
「言うなれば、それが相応の対価ってヤツさ。闇祓いとしてこの世の悪意に立ち向かう私たちには、ささやかな幸福が与えられる。誰かの顔を晴れやかにしようってヤツらが、身を粉にして働いて擦り減るだけのアンハッピー人生? 逆に顔を曇らされてしまうなんて、バカらしいにも程があるだろう?」
誰かを救うには、まず自分がハッピーになってからじゃなきゃいけない。
「そんなワケでだ! キミは魔法使いになれる! それも世界で最高の、選ばれた者だけがなれる闇祓いに! しかもただの闇祓いじゃない! 誰もキミには敵わない! そんな闇祓いになれるチャンスが今この瞬間!」
選ぶのはキミだと。
アリオンはその言葉に、強く心を動かされてしまった。
まだ自分を取り巻く状況の重大性を、きちんと理解できていたワケではなかったけれど。
この男の言葉に乗ってみたい。
自分にもし男の言うような才能があるのなら、魔法使いになって闇祓いになってみたい。
アリオンと同じような境遇で、超常現象によって時に命すら奪われてしまう誰かがいるのなら。
その悲劇は、防がれるべきだ──
その絶望は、切り払われるべきだ──
銀色の男の言葉で、アリオンの顔がいつしか前を向き始めていたように。
自分も誰かを救いたい。
アリオンは心からそう思って、後に師となる彼の手を取った。
「素晴らしい! では手始めに、キミをこの牢獄から出すためプレゼントを与えよう!」
「プレゼント、ですか?」
「今のままではキミは、この国を出られない。アリオン・アズフィールドという少年のままでは、さすがに国外脱出までに面倒が多すぎる!」
「? さっきの話だと、闇祓いには特権が与えられるって……」
「私の庇護を望むかい!? けれど残念、さっきのは誇大広告なんだ!」
「え?」
「ハッハー! 闇祓いの特権が効くのは、エルダース魔法魔術賢哲学院の栄光が届く場所まででね? こんな田舎じゃ、闇祓いなにそれ美味しいの? ってな具合でさ!」
だから、はいこれ。
アリオンは一振りの剣を手渡された。
どこから取り出し、いつから握っていたのか、まるで分からない手品のような仕草で。
黒色のロングソード。
「その剣は魔剣だ。銘はクリフォミレニア。中にはTSの悪魔が宿っていて、認められればキミは女の子になれる」
「……はい?」
「あらイケメン。合格」
「そして認められたね。では性転換だ」
アリオンは気がつくと、女の子になっていた。
「え、あ、あれ? え!?」
服のサイズが大きくなった。
視点の位置も低くなり、手足や腰の輪郭が滑らか且つ柔らかな変化を遂げて。
タイミングよく差し出された鏡で確認すると、そこには黒髪ボブの綺麗な美少女が写っていて。
「ええええええええええええッ!?」
「アリオン・アズフィールドちゃん。それじゃ、ちょっとお着替えして、この国とはお別れの挨拶をしよう! キミは今日から、晴れて魔法使い見習いだ!」
「ちょ! これ、聞いてませんが!?」
「大丈夫! ちゃんと男の子にも戻れる! クリフォミレニアの意思次第で!」
「ハァァ!?」
「ふふ。いいじゃない。女の子の姿もイケてるわ」
──そうして、ドタバタとした
アリオンは生まれ育った故国を脱出した。
誰もアリオンが、女の子になったとは想像もしないから、脱出は非常に簡単だった。
ただし。
それ以降、アリオンは人間の性別を自由に変えられる妙な魔剣に取り憑かれたし、白馬の王子の加護という解呪体質とも向き合わなければならなかった。
師の紹介に従って魔法学校に入学したのは、まずは基本的な知識を修めて、一人前の魔法使いになるため。
そしてゆくゆくは、師のような闇祓いとして、誰かの顔を晴れやかにできる人間になるためだった。
──ゆえに。
◇◆◇◆◇◆◇
「GYEEEAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA──!!??」
「ッッッ!」
アリオンは剣を、真っ直ぐに突き刺した。
腕と肩と脇腹を、ザグザグ引き裂かれながらも。
触手の怪物の脳髄に、口の中から刃を抉り込んで。
自身は激しく出血しながらも、背にした少女たちの曇りし顔を晴らすため。
「僕は、〝闇祓い〟になるんだ……ッ!」
知れば知るほど、何かと暗くなりがちな陰鬱な魔法世界。
沈んだ顔、憂いた顔、思い詰めた顔、引き攣った顔。
そうした〝曇り顔〟は思っていた以上に多いから、目につく端から救い出さなければ。
──アリオン・アズフィールドは、〝光〟の眩しさに目を灼かれている。
エルダース魔法魔術賢哲学院が保有する〈
その日、ひとりの
醜くのたうつ肉の海の断末魔の中で、彼女/彼は同級生の少女ら数名を救助し、表層へ帰還。
学院の治療師や錬金術師に保護され、後日、通称〈エリクサー漬け〉と呼ばれる処置を施されることになった。
なお、その処置は彼女/彼の入学以来、およそ三ヶ月の間ですでに二桁を超えている。
「うわぁぁぁぁぁぁんっ! アズフィールドさん、アズフィールドさぁんっ!!」
「ありがとう! 本当にありがとう……!」
「うぅっ、ううっ! 良かった、良かったよぅ……!」
「ひっぐひっぐ! この恩は、一生忘れませんッ!」
「ああ、泣かないで。綺麗な顔が台無しだ。君たちの方こそ、無事で何よりだと僕は思っているよ」
「「「「──!」」」」
看護室に訪れる一瞬の静寂と、息を飲む音。
しばらくすると、少女たちの泣く声はさらに大きくなって止む気配を遠ざけた。
しかし、静寂を挟む前と後とでは、少しばかり種類を変えて……
──こんな光景が、短期間で十回以上。
学院は彼女/彼を、問題児の再来と認識している。
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